409 おじさんケルシーと再会する
おじさんがダンジョンを作ってから三週間ほどの時間が経過していた。
あの後……ダンジョンを楽しんだ父親が王城で報告をした。
その報告の内容を確かめるべく、すぐさまに調査隊が派遣され、新しいダンジョンができたことが王国中に知れ渡る。
一部の貴族は膝をつき、涙を流した。
あの夜を徹して行われた議論はなんだったのか、と。
経済的なことのみならず、様々な観点からの議論だった。
死力を尽くすほどがんばったのに。
それがすぐに覆されてしまった。
奇しくも母親が会議の冒頭で宣言したとおりだ。
なんとかなったのだ。
ただ打たれ強い貴族は前向きに捉えていた。
この議論の記録は残るのだ。
将来的に崩壊するダンジョンがあったときのひな形になる、と。
そんな貴族たちの思いとは裏腹に、一部の者たちはダンジョン攻略を楽しんでいた。
「ぬわぁ!」
学園長が偽の浮石を踏んで池に落ちる。
「だーハッハッハ! 爺様がそんな罠にハマるなんてな」
「ぶはっ! やかましい! この忌々しい称号をなんとしても返上せねばならんのだ!」
ちらりと学園長の脳裏に称号のことがよぎる。
名前:ウナイ=コージケ・サムディオ=クルウス
攻略中の階層:アスレチック階層
攻略済み階層:なし
称号:負け犬大貴族
時間がなかったのだ、とは本人の弁である。
攻略をせずに帰ったところ、この称号がついた。
なので学園長は必死になっているのであった。
そんな折りのことである。
おじさんの下に一通の手紙が届いた。
手紙の差出人はイトパルサの代官であるイッジアだ。
父親宛ではなく、おじさん宛である。
そのことを訝しみながら、おじさんは手紙を開封した。
中を見れば、なぜ父親宛ではなかったのかに納得するおじさんである。
代官であるイッジアはケルシーからの手紙を転送しただけだったのだから。
もちろん貴族であるからして時候の挨拶などは、きっちりしている。
ケルシーからの手紙とは要するに準備が整ったとのことだった。
おじさんは聖樹国を発つ前にケルシーに告げておいたのだ。
準備がすめば、自分に連絡するように、と。
すぐに側付きの侍女を呼ぶ。
今日のおじさんも暇というわけではない。
だが、絶対に外せない用でもなかった。
なので、すぐに聖樹国に行くことを決める。
その準備を侍女にしてもらったのだ。
腰の軽いお嬢様として有名なおじさんである。
母親に一声かけてから、さっさと聖樹国に転移してしまう。
「バベル、いつもありがとう」
『なに、気にするほどのことでもない。主殿のためとあらば麻呂は火の中水の中を厭わんでな』
と、狩衣姿のバベルが姿を消した。
おじさんと侍女の二人でダルカインス氏族の村へと入る。
いきなり歓迎ムードの村中だ。
「リー! 久しぶりね!」
ケルシーが駆けよってくる。
少し逞しくなっているのは気のせいだろうか。
おじさんは首を傾げる。
「お久しぶりですわね、ケルシー。なんだか少し成長しましたか?」
おじさんの言葉にケルシーが勢いよく頷いた。
「ふっ! 宿敵に出会ってしまったのよ。あたしが成長したと言うのなら強敵との戦いによってだわね!」
ケルシーが胸を張る。
「妖精さんたちと遊んでいたのですよ」
クロリンダが真相を告げる。
「遊んでたんじゃないわよ!」
「そうですか? 端から見れば追いかけっこをしていたようにしか見えませんでしたけど」
クスクスと笑うクロリンダだ。
「ちちち、ちがうわ! あの羽虫どもを狩ってたのよ!」
「一回も成功しませんでしたけどね」
クロリンダが動揺を見せるケルシーに追い打ちをかける。
「きぃぃいいいい! クロリンダ、ちょっと口がすぎるわ!」
「まぁまぁ。そのお陰で基礎体力はつきましたし、魔法の精度も上がったと思いますよ」
「ふふん! 初めからそう言えばいいのよ、まったく」
「で、準備は整ったのですよね?」
「うん! いつでも出発できるわよ!」
元気よくおじさんに返答するケルシーだ。
「お嬢様、大事なことを忘れてますよ?」
「ん? そんなことあったっけ?」
首を傾げるケルシーだ。
おじさんと侍女は見た。
ケルシーの背後で、コメカミをヒクヒクとさせる氏族長ハルムァジンの姿を。
「この粗忽者が!」
ごちん、と派手な音を鳴らすケルシーの頭だ。
「みぎゃあああああ」
「御子様。わざわざ御足労をおかけしまして申し訳ありません。拙女のことをよろしくお願いいたします」
しゃがみこむケルシーのことは放置して、おじさんにむかって挨拶をするハルムァジンであった。
「いえ、お気になさらず。急かす気はありませんが、出立の準備が整ったと聞きまして」
「はい。御子様にはお手数をおかけしますが、こちらを公爵閣下と奥方様にお渡しいただきたいのです」
ハルムァジンが足下に置いていた木箱を目で示す。
先ほど彼自身が抱えてきた物である。
「中に入っているのは礼状と、こちらからの対価となります。不足があればいつでも仰っていただきたく」
「なるほど」
と、おじさんはハルムァジンの言いたいことは理解した。
要するにただで世話になる気はないと。
「そちらのお気持ちは理解いたしました。よしなに計らいましょう」
と、侍女に目配せをするおじさんだ。
氏族長が木箱を抱えて、侍女に渡すも宝珠次元庫に手早く仕舞う。
「では、お別れの会と参りましょうか。べつに今生の別れとなるわけではありませんが、しばらくは会えませんからね」
侍女が宝珠次元庫から、お酒の樽をいくつもだす。
もちろんエルフお気に入りの、ルートビア風味のお酒もだ。
「いやっふぅううう! あのお酒がいただけるのですか!」
クロリンダが目の色を変えた。
「バカか! お前はケルシーとともに行くのだろう。宴席での酒はなしに決まっておるだろうが!」
ハルムァジンの一喝に、クロリンダが崩れ落ちた。
「御子様。ありがたくちょうだいいたします。では、皆で楽しむぞ!」
おおーとエルフたちから声が返ってくる。
そして、あっという間に宴会の準備が整ったのだった。
おじさんと侍女は特等席に座らされて給仕を受けていた。
前回の宴会でも出された料理だ。
「ねぇリー」
おじさんに絡んでくるケルシーだ。
「どうしたのです?」
「学園ってどんなとこ?」
「どんなところ……ですか。同じ年頃の皆が集まり、勉学や課外活動に励む場所ですわね。……不安なのですか?」
おじさんはケルシーの目を見る。
その目が揺れているのがわかった。
「う……不安ってほどじゃないわよ。でも……」
そのときであった。
集落の皆がざわつく。
おずおずと進んでくるのは二人の女性だった。
「お姉ちゃん! お母さん!」
ケルシーが声をあげて走り出す。
二人の女性に抱きつくケルシーだ。
「ああ……そういうことだったのですか」
ケルシーの姉は巫女として大精霊に仕えていると聞いた。
その姉に付き添って母親も離れていたのだろう。
ケルシーにとっては会いたくても会えない相手なのだ。
だから、出発前に弱気が顔を覗かせたのかとおじさんは考えた。
ひとしきりケルシーとの時間を過ごした二人が、おじさんの前へと進みでて膝を折る。
「御子様。お初にお目にかかります。大精霊様にお仕えする巫女、カルメリアと申します」
「カルメリアの母であるマカレンツァでございます」
おじさんも挨拶を返す。
「此度は愚妹ケルシーを留学させていただくとの話を耳にし、挨拶に参上した次第です」
ケルシーの姉とは思えないほど、しっかりとした口上を述べるカルメリアだ。
「こちらも思惑のあってのことです。お互いのために行なうことですの。そんなに畏まらなくてもいいのですわ」
深く頭を下げる二人である。
その姿を見て、おじさんは声をかけた。
「お二人ともケルシーと会うのは久しぶりなのでしょう。ここは水入らずでお話しなさってくださいな」
「御子様のご配慮に感謝を」
と、ケルシーを含めた三人で下がっていく。
「御子様、私からもお礼を」
ハルムァジンも頭を下げる。
「あの子はカルメリアに懐いておりましたからな。五年前、カルメリアが巫女に選ばれたときは大変悲しんでおったのです。母親とも離れねばならん、その境遇を思えば、私もあまり強くは言えませんでした……」
色々な思いが交錯しているのだろう。
ハルムァジンは遠くで話をする三人を見ている。
「ハルムァジン殿も混ざってこられては? 五年ぶりなのでしょう? 寂しいのはケルシーだけではありませんわ」
ニコッと微笑むおじさんだ。
その気遣いに、思わずハルムァジンの目頭が熱くなる。
「では、御言葉に甘えまして。御前を失礼いたします」
その後ろ姿を見つつ、おじさんは侍女に言う。
「どんな理由であれ家族が離れるのは寂しいものですわね」
「お役目とあれば仕方ありませんが。まぁそうですわね……」
「久しぶりにあなたもご家族と会いたくなりましたか?」
おじさんが侍女を茶化す。
「私はべつに。と言うか、顔を見せれば結婚しろ、結婚しろとうるさいですから。私はお嬢様の側付きなのです!」
「そう言われると、わたくしが悪いように聞こえますわよ」
「ええ、お嬢様が悪うございます。こんなに楽しい日々を過ごせているのですから」
うふふ、と笑い合うおじさんと侍女であった。




