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強制的に転生させられたおじさんは公爵令嬢(極)として生きていく  作者: 鳶丸
本編

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311 おじさん間に合うのかい? 間に合わないのかい?


 ――苦戦。

 家令の経験でもすぐに思いだせないほどの苦戦であった。

 こちらの攻撃は通じない。


 だが、相手の攻撃は強力で回避するのにも限度がある。

 宰相という心強い後衛がいてもこのザマだ。

 

 もう長く戦っているような気もする。

 反面でまだ短い時間しか経過していないような気もするのだ。

 明らかに矛盾した感情を抱いたのは、家令にとって初めての経験であった。

 

「ふぅ……邪神の信奉者たち(ゴールゴーム)もとんだバケモノを喚んだものですね」


 もう魔力が限界に近いのだろう。

 宰相の顔は土気色になっている。


「……仕方ありません。こういった分の悪い賭けは好きではないのですがね」


 宰相が自慢の杖をくるりと回す。

 水平に構えて、叫んだ。

 

「アドロス!」


 と同時に詠唱に入る。


「ベルゲ・ルダー・フーリ・クション・ヤ・プーズ・エドワールーダ・バーチカブリ・カツ・レイ・ゾア! 混沌からあらわれし新しき者ども、古きものどもを駆逐せん、我ここに宣す、華の色は枯れども懊悩は深く尽きぬ! ディーディー・サ・ディサッズ!」


 そこで膝をついてしまう宰相である。


黄泉へと誘う古き沼メート・ローファールス!」


 その広域魔法はバケモノを中心に直径五十メートルの範囲を底なしの毒沼に変えるものだ。

 宰相は魔法を発動させた時点で気を失っていた。

 地面に倒れ伏している。


「ほう。このような術を操るか」


 バケモノが脛まで沼に浸かりながら言う。

 

「人の力を舐められては困りますな」


 そこへ家令が立体的な動きをしながら近づいていく。

 最中、おじさんの言葉を思いだす家令だ。

 

「奥の手を見せるのなら、さらなる奥の手を持つものです。ということで三つの奥の手を作りました!」


響音閃光弾スタングレネード!】


 術者以外を圧倒的な音と光が包む。

 その音圧は周囲の邸をビリビリと震わせる。

 窓ガラスというガラスが割れていく。

 

「ぐあああああ!」


 初めてバケモノに一矢報いることができた。

 決定的なダメージを与えたわけではない。

 だが、家令はほくそ笑む。


 今は追撃をかけるときである、と。


超弩弓(バリスタ)!】


 もはや暗器でもなんでもなかった。

 家令の前に巨大な弩弓が出現して、ごんぶとの矢が装填されている。

 

発射(ファイヤ)!】


 トリガーワードに従って、ごんぶとの矢がとんでもない勢いで発射された。

 なぜこんな攻城兵器を奥の手だとするのか。

 家令は思わず、苦笑を漏らしていた。

 

 一発の矢を発射したことで巨大な弩弓が消えていく。

 この辺が奥の手たる所以なのだろうか。

 

 バケモノの腹に突き刺さる、ごんぶとの矢。

 

噴火(エクス・プロージョン)!】


 さらなるトリガーワードを発する家令だ。

 その瞬間、先ほどの響音閃光弾に負けないくらいの爆音が響いた。

 

「ごあああああ!」


 家令は見た。

 バケモノの腹の一部が吹き飛んでいるのを。

 

 最後の一枚。

 本当の切り札を見せるか。

 一瞬だが逡巡する家令であった。

 

 明らかな好機だ。

 だが、次を使えば奥の手はもうない。

 倒しきれればいいが、そうでないのならば……。


「ゆるさんぞ、キサマら! 一匹残らず生きて帰れると思うな!」


 八臂の内、四臂が印を結ぶ。

 

「出でよ、金剛鈴(ヴァジュラガンター)


 バケモノの手に三鈷剣と似たデザインの鈴が顕現する。

 場違いなほど澄んだ鈴の音が響く。

 印の効果か、はたまた金剛鈴の効果か。

 逆再生をするようにバケモノの腹の傷が塞がっていく。

 

「…………」


 もはや笑うしかなかった。

 多大な犠牲を払ってまで、バケモノの腹に開けた穴がきれいさっぱりなくなってしまったのだから。


 そう、聖女が知るラスボスが厄介なのもこの点である。

 残りHPが一割を切ると、完全回復してしまうという鬼畜仕様だったのだ。

 たださえカタいボスを削りきれないと倒せない。


 だが、ゲームと違って勝機がないわけでもないのだ。

 宰相が作った底なしの毒沼があるのだから。

 先ほどは脛まで浸かっていたのが、今は膝辺りにまで浸かっている。

 

 時間さえ稼げれば……。

 家令がそう考えたときであった。

 

 先ほどの四臂が印を組み替える。


「出でよ、金剛鉤(ヴァジュラーンクシャ)


 お次は三鈷剣の剣部分が鉤になったものだ。

 先端が弧を描いて、引っかけやすい形状になっている。

 

 振りかぶった。

 あの位置からでは沼の外に届かない。

 

 そう判断した家令だったが、バケモノの表情を見てその意図を汲んだ。

 宰相を担ぎあげて、手近な邸の中に退避する家令である。

 

 次の瞬間、泥濘を思いきり打ちつける音がした。

 毒を含んだ汚泥が周囲を穢す。

 と、同時にバケモノは上空に跳んでいた。

 

 その姿が家令には小さく見えるほど高く。

 

 となれば、あの質量が落ちてくるのだ。

 それを想像して家令は、再び宰相を担いで退避する。

 

 邸を潰し、大穴を開けるバケモノ。

 それだけ大きな衝撃があったのだ。

 

 家令は爆風で飛ばされつつも、鋼糸で石塊をガードする。

 既に満身創痍であった。

 背にした宰相も似たようなものである。

 

愚者たちの三位一体(フール・トリニティ)!!!】


 有無を言わさず消し飛ばす禁呪が発動した。

 もちろん使ったのはおじさんの母親である。

 

「アドロス、兄を連れて退きなさい。南門を抜けた先で聖女が救護所を作っているわ」


「承知しました。奥様、前衛は……」


 と家令が口を開きかけたところで口をつぐむことになった。

 おじさん付きの侍女が、こちらにむかっているのを目にしたからである。

 

「ではしばし離れさせていただきます。御武運を」


 家令が宰相を背に、鋼糸を使って空中を駆けていく。

 

「ええい! 次から次へと面倒なカトンボどもめが!」


 母親の放った禁呪でさえ、バケモノにはさしたるダメージを与えていない。

 

「ふん、端っから倒せるなんて考えてないわ!」


【メイド・セイバー・フェノメノン】


 からの

 

無慈悲なる鉄槌(バルバルバルバル)!】


 鉄板のコンボを侍女が放つ。

 狙いは膝裏。

 一撃で倒せないことは百も承知である。

 ならば、大きな隙ができる部位を狙うしかない。

 

「おう」


 肉体の構造上、膝裏を押されれば膝が曲がる。

 片膝をついてしまうバケモノだ。

 

「とう!」

 

 メイドが跳ぶ。

 狙いは腰部。

 

【ほっぱああああきぃいいいいっっっく!】


 片膝になったところで、腰をどんと蹴られて前のめりになるバケモノ。

 侍女はこのタイミングで魔力の回復薬を飲む。

 ツーンと鼻につくえぐみに顔をしかめてしまう。

 

「コーブ・ラ・ポゴ・ニュウ・ロティカ! 腐り果てた醜悪なる怪異の息吹よ!」


獄悪華の吐息メスカリーン・ドライヴ!】


 バケモノの鼻先から地面が割れ、強酸性のガスが噴出する。

 

「ぐわぁ!」


 顔を焼かれるバケモノが悲鳴をあげる。

 

【ほっぱああああきぃいいいいっっっく!】


 重力を無視した蹴りがバケモノの後頭部に炸裂した。

 その勢いで、さらに地面へと顔が近づく。

 

「ラピュタ・ル・アージュ! 神亡き楽団よ、クーロの夢を奏でよ!」


地に伏す獣の断頭台ファナティック・クー・ライシース!】


 大地が渦を巻き、一瞬にして巨大な獣の口へと変わる。

 その口がバケモノの顔を丸呑みにした。

 

「うぬぬぬ!」


 ジタバタとするバケモノである。

 その余波だけで貴族街の邸が半壊していく。

 

「リーちゃんは?」


「転移陣は開通済み。お嬢様の御学友が既にむかわれたとのことです。御裏方様よりこちらを」


 それは魔力の回復薬であった。

 あんまり美味しくないやつだ。

 

 と言うか、おじさんお手製の物以外がマズいだけである。

 味にこだわったのはおじさんだけだったのだ。

 

 だから、母親は自信満々で言った。

 

「イヤよ。私はリーちゃんの作ってくれたのでなきゃ飲まない!!」

 

 ぷい、と顔を背ける母親であった。

 この期に及んで、余裕がある。

 おじさんの母親らしい頼もしさに感心する侍女であった。


誤字報告いつもありがとうございます。

本当に助かります。

感謝!

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