236 おじさん聖域に赴く
おじさんが帰還すると、母親と祖母に抱きしめられてしまう。
よほど心配したようだ。
その点は素直に申し訳ないと謝罪するおじさんと使い魔であった。
「で、禁呪は使えたの?」
落ちついたところで母親が問う。
それに対しておじさんはサムズアップで応えた。
「ばっちりですわ、お母様! お祖母様!」
“そうかい”と祖母もニッコリである。
「まぁ今日のところはこの辺で切り上げようか。ヴェロニカもそれでいいね?」
「承知しましたわ、義母上」
「ではリー自慢の温泉にでも入ろうか。色々と用意してくれたんだろう?」
祖母の問いにおじさんは嬉しそうな顔で頷く。
ウキウキとしながら温泉にむかう三人である。
おじさんはお酒のあれこれや、料理についても話す。
浴場に到着したところで、声が聞こえた。
「リー!」
父親と祖父である。
まだ浴衣のままだ。
「どうかなさいましたの?」
「ついさっき水精霊が姿を見せたんだ」
ユトゥルナのことだと当たりをつけるおじさんである。
「で、どうかなさいましたか? 悪い御方ではないのですよ」
軽くフォローをいれておく。
「いや、よくわからんがソニアたちに自分の弟妹だと言ってな。次の瞬間、飛ばされていったのだ」
心底わけがわからんという表情の父親と祖父だ。
「事情はよくわかりません。が、件の水精霊には心あたりがあります。そもそもこの地に住まわれていた御方なのです。初めてお会いしたときに、名づけをしてほしいと頼まれましたの」
「名づけ? それは契約ということかい?」
「いえ、ただ名前が欲しいと言われまして。“ユトゥルナ”と名づけました。その名を随分と気に入られたようで、わたくしのことを妹だと」
大事なところだけはぼかす。
そのくらいの嘘ならおじさんは得意なのだ。
「ああ。それでリーの弟妹なら、自分の弟妹だということか」
「恐らくは。お父様、わたくしちょっと聖域に顔をだしてきますわ」
「この館の近くにあるって聞いたね。入れるのかい?」
「水の大精霊様から許可をいただきましたから」
おじさんは自分の左耳についているアクアブルーの飾りを示す。
「お母様、お祖母様、少し失礼いたしますわね。ごゆるりと過ごしてくださいな」
と残して、おじさんはアクアブルーの飾りに魔力を流す。
そして聖域に転移するのであった。
「大精霊って……ヴェロニカ、リーは大丈夫かな?」
父親の言葉とは裏腹に母親は微笑みで返す。
「問題ないわ。今のあの子なら大精霊にだって負けないわ」
「いや、勝つとか負けるとかそういう……」
父親はちらりと祖母を見る。
祖母は祖母で母親の言葉に大きく頷いているのであった。
こりゃあダメだと思った父親は祖父の方に目をやる。
「うむ。まぁハリエットとヴェロニカが太鼓判を押しておるのだからどうとでもなるじゃろ。いざとなれば精霊相手にケンカをすればいいだけじゃ」
うわあはっはと大笑する祖父であった。
どうやらこの場で、覚悟がなかったのは自分だけだと気づく父親である。
だから父親は大きく息を吐いて、気持ちを切り替えることにした。
この切り替えの速さこそが、カラセベド公爵家にきて最初に学んだことである。
「じゃあ、私と義母上はお風呂に入ってくるわね。あなたと義父上はどうなさるの?」
その問いに応えるように、浴場へと足をむける四人であった。
一方で聖域へと転移したおじさんは、その賑わいぶりに驚いてしまう。
なにせあちこちに精霊たちがいるのだ。
精霊たちからしても、おじさんは珍しい存在だ。
そもそもなぜ聖域の神威にあてられないのか。
中には心配そうにおじさんを見る精霊もいるほどだ。
「わたくしはリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと言いますの」
“ユトゥルナお姉さま”と言いかけたところで、おじさんの前に姿を見せた精霊がいた。
『あなたがリーね。ミヅハから聞いているわ。まずは聖域を作ってくれたことに感謝を。永く生きている私たちにとっても、こんなに心が躍る場所は初めてよ。本当にありがとう』
澄んだ蜂蜜色の髪と褐色の肌をした、とんがり耳のお姉さんである。
服装が踊り子っぽいからだろうか。
どこかオリエンタルな雰囲気を感じる美女であった。
『私もミヅハと同じ大精霊、属性は風だけど。で、リーちゃんがきたのはユトゥルナのことよね?』
おじさんはこくんと頷いた。
『あの水精霊、リーちゃんの弟妹たちにちょっかいかけようとしてたのよ。だから私が風で吹き飛ばしたんだけど』
そのときであった。
上空から、“ぁぁぁあああああ”と声が大きくなりつつ近づいてくる。
ざっぱぁんと音を立てて、温泉に落ちた。
「ユトゥルナお姉さま?」
『なぁにぃ! りーちゃあん!』
鼻血をたらしながら、温泉からでてくる水精霊。
なんだか色んな意味でドン引きしてしまう精霊たちであった。




