214 おじさんのいない薔薇乙女十字団は強敵と戦う
「いや、止めるだろ、ふつう」
聖女の哮りに、冷静に返答するシャルワールである。
「じゃあ、この魔法はどうしたらいいのよ!」
「……しらんがな」
冷たく突き放すシャルワール。
その言葉に聖女はいたく傷ついた。
傷ついてしまったのだ。
【聖光の鎮魂歌!】
「え? おれえええええええええ!」
シャルワールは天から降りそそぐ光の帯に包まれる。
「ッアアアアアアあああ!」
「成敗ッ!」
勝ち誇ってポーズをとる聖女であった。
“副会長にも容赦なしかよ……”と観客がざわつく。
そのざわつきに聖女が、ビシっと指をさす。
「うるっさいわね! 文句があんなら舞台にあがりなさいよ! 片っ端から相手をしてあげるわ!」
その言葉に観客たちが静まりかえる。
薔薇乙女十字団は、想像以上にやべえ。
そんな思いを抱いたからである。
「エーリカ、交代ですわよ」
アルベルタ嬢である。
彼女もまた目が据わっていた。
「しょうがないわね」
やれやれといったポーズをとって、聖女はおとなしく舞台から降りた。
「さぁ最後の戦いとまいりましょうか」
アルベルタ嬢は真っ直ぐに対戦相手を見る。
二年生三人組の最後のひとりは、首を横に何度も振っていた。
「おらぁ、お前も覚悟を決めろ!」
復活してきたシャルワールが最後の一人に声をかけた。
それでも相手は立ち上がることすらできない。
「私、怒っていますのよ、センパイ。リー様を侮られたのと同じなのですから。あなたにやる気があろうとなかろうと、相応の報いというものをうけてもらいますわ」
タン、とアルベルタ嬢が足を一歩踏みならす。
「さぁ! お立ちなさいな、センパイ!」
「ひぃ」
その迫力に押されて、じゅんじゅわぁとどこかが濡れてしまう上級生なのであった。
「ちぃ」
激しく舌打ちをするアルベルタ嬢である。
「ここはワシの出番じゃな!」
観客席から飛び降りてきたのは学園長であった。
シャルワールとアルベルタ嬢の二人は頭をさげる。
呵々と大笑した学園長が、白鬚をしごきながら言う。
「魔法戦術研究会は戦意喪失とみなす。よって此度の勝負は薔薇乙女十字団の勝ちとする。が、アルベルタにエーリカ、パトリーシアの三人は不満であろう」
そこで学園長が少しだけ間をとった。
「なのでワシが相手をしようぞ。さぁ思う存分にやってみせよ!」
「ちょ、学園長!」
シャルワールがツッコむが、聞く耳を持たない学園長である。
「誰からじゃ? 三人まとめてでもいいぞ!」
「私がまいりましょう。リー様の名にかけて、学園長相手と言えど無様はさらしません」
と言いつつも、不意に魔法を放つアルベルタ嬢だ。
しかし、その魔法はすべて相殺されてしまう。
「ほっほ。狙いは悪くない。だが、まだまだ甘いぞ」
学園長から風弾が放たれる。
それはパトリーシア嬢の放ったものよりも、力強く精密な魔法だ。
弾幕と言えるほどの数を見て、アルベルタ嬢も覚悟を決める。
一瞬で込められるだけの魔力で結界を展開して、被弾を覚悟で前へ。
「ぐぅ……。予想以上ですわね」
一発当たっただけで、既に結界が壊れそうなのだ。
それでも進む。
一発、二発と被弾しても怯まない。
「クーガー・アーギトゥ・リュキ・ファーイーズ・ブーレイド!」
移動しながらの詠唱はまだ不慣れ。
「太古の契約に従い、敵を穿て。偉大なる騎士たちよ、目覚めよ!」
それでもアルベルタ嬢は詠唱を続ける。
【逆なる騎士の碑文!】
アルベルタ嬢の前方に灰色の墓碑が五つ出現する。
そこから仮初めの生を得た、金属鎧の騎士が姿を見せた。
「ほう。フィリペッティの相伝魔法ではないか」
フィリペッティ。
アルベルタ嬢の実家である。
想定していたよりも上の魔法を見せられて学園長は涼やかに笑う。
「ちと強めに行くぞ!」
【氷弾・改二式!】
おじさんの得意魔法を学園長が放つ。
地竜討伐のときに練習していたものだ。
あれからしっかりと身につけていたのである。
「そ、その魔法は!」
アルベルタ嬢もおじさんの魔法であることは知っていた。
ただ原理を説明されても、再現はできなかったのである。
逆なる騎士の碑文で出現した騎士たちが崩れ落ちていく。
学園長の氷弾・改二式の前には、騎士たちの誇る防御力も役に立たなかったのだ。
「くっ。さすが学園長ですわね! リー様の魔法を再現なさるなんて」
「生徒にできてワシにできん魔法はない!」
断言したものの、学園長の脳裏にはアクアブルーの瞳をした美少女の姿があった。
心の裡では“きっと、たぶん、いや無理じゃろうな”と苦笑する学園長である。
「もう終わりか、アルベルタ!」
「まだ、ですわ!」
とっておきを見せたことで、魔力の消耗が激しいアルベルタ嬢であった。
さらに言えば、学園長が初手に放った魔法で体力も削られている。
それでも何もできずに負けるわけにはいかない。
薔薇乙女十字団の名にかけて。
どのみち学園長相手に小技など通用しないのだ。
ならば、今できる最大限を。
アルベルタ嬢は腹を括った。
「マリリオ・デエフガイアの果てよりきたれ、トハヌーア・キュララ!」
アルベルタ嬢は額に汗をにじませ、膝をつきながらも最後の詠唱を終える。
【白夜の失効!】
白色の炎が数十の槍となり、学園長を襲う。
しかし、アルベルタ嬢は結末を見届けることができなかった。
なぜならそこで意識が途切れてしまったのだから。
薄れゆく意識の中で、アルベルタ嬢は確信していた。
“やっぱり、リー様のようにはいきませんでしたわね”と。




