172 おじさん女傑と騎士たちの戦いを観戦する
女王豚鬼人と親衛隊が、フレメアにむけて声をあげた。
言葉は通じなくても意味はわかる。
“殺せ”という内容だ。
だが、フレメアは怯まない。
速度を落とさず、むしろ加速しながら剣の切っ先をむける。
「放てええええ!」
護衛騎士たちが魔法を、苦手な者は矢を放つ。
殺傷力の高い火球が、矢が一斉に女王豚鬼人へむかう。
どん、と着弾して火の手が上がった。
「るおおおおおうううう」
叫び声。
だが、それは女王豚鬼人のものではない。
咄嗟にかばうようにして前にでた豚鬼人のものだ。
さらにそこへ矢が刺さっていく。
蜂の巣だ。
それをしっかりと見ていたフレメアは、火炎に紛れるように進行方向を変える。
騎士たちから次々と放たれる魔法を躱しつつ、横手に回ったのだ。
どさり、と音を立てて倒れる豚鬼人たち。
その後ろで女王豚鬼人は、またしても怒りの声をあげた。
そして、好色そうな目を騎士たちにむけたのである。
「ひぃ。なんでこっちを見るッスか!」
おじさんちの副長が声をあげた。
「もう男あさりかい? それは気が早いってもんさ!」
横合いからすれ違いざまに斬りつけるフレメアである。
フレメアの剣は女王の腹をいともたやすく切り裂いたかに見えた。
しかし、斬ったのは皮膚とその下の脂肪のみ。
女王豚鬼人は戦意を喪失していない。
その巨椀を振り回して、フレメアを攻撃する。
だがフレメアは巧者であった。
迫りくる女王豚鬼人の巨椀に怯まず、逆に踏みこんだのだ。
そして伸びきった腕を切りつけた。
女王豚鬼人の手首から先が飛ぶ。
切り上げた剣を振り下ろし、脛も斬りつける。
「ぐもおお!」
声をあげて、さらに暴れる女王豚鬼人。
一足跳びで退きながら、フレメアは魔法を放つ。
【水弾】
フレメアの魔法が、騎士たちが放った火球で熱くなっていた石にあたる。
派手な音を立てて、水蒸気がたちこめた。
一瞬の目くらまし。
だが女王豚鬼人の鼻は鋭い。
目で確認できなくても、敵の位置は捕捉していた。
「ごあああ!」
女王豚鬼人が狙いを定め、腕を振り上げたその瞬間である。
再び、フレメアの横薙ぎの剣閃が腹を裂く。
最初の一振りは油断を誘うもの。
本命の二撃目は剣に魔力をまとわせて、威力と切れ味を上乗せした一撃であったのだ。
「ぬほほおおおおん!」
でろりと中身がこぼれる。
それに女王豚鬼人が気をとられた瞬間であった。
「男あさりはあの世でしな!」
フレメアの一閃が女王豚鬼人の首を落とす。
鮮やかな立ち回りと連携に、思わずおじさんはパチパチと拍手をしていた。
騎士たちの統率のとれた行動だけではない。
フレメアの熟練した魔物狩り。
その手際の良さには目を見張るものがあった。
「消火! 森に火の手が回らないようにしっかりするんだよ!」
大物に勝利した余韻に浸るまでもなく、フレメアは次の指示を飛ばす。
そして絶命したと思われる豚鬼人の首を落としていく。
「手の空いている者は周囲を探索してきな。生き残りがいないか確認!」
矢継ぎ早にだされる指示に、騎士たちは一糸乱れぬ動きを見せた。
「勉強になりますわね」
おじさんは感心していたのだ。
しっかりと騎士たちとコミュニケーションをとりながら戦う余裕。
そして意図をしっかりと伝える指示。
昨夜から彼女の醜態を見続けたせいで誤解していたようだ。
フレメアはお手本にできる貴族であると、再認識したのである。
ただ……ギャンブルはまるでダメだが。
と、おじさんは小鳥の式神を召喚する。
索敵ならこちらでした方が早いのだ。
二羽の小鳥を飛ばして、上空から偵察してみる。
小さな魔物や肉食の動物はいた。
しかし《《生きている》》豚鬼人の姿は、どこにも見当たらなかったのだ。
恐らくは女王豚鬼人との情交で搾り取られた結果であろう。
「嫌なモノを見てしまいましたわ」
と呟きながら、おじさんは遠隔にて小鳥の式神から魔法を放つ。
腹上死したであろう豚鬼人の死体を消滅させておく。
これにてミッション・コンプリートである。
「リー!」
いいタイミングでおじさんを呼ぶフレメアの声が聞こえた。
見れば、中身を抜かれた女王豚鬼人が転がっている。
「こいつを仕舞ってくれないか。アタシも持ってるが、入れる余裕がないんだ!」
フレメアの要請に頷くおじさんである。
そして、一歩踏みだそうとして気づいた。
先ほど、おじさんが魔法で開けた大穴。
その奥から何かが湧き上がってくるのを。
「フレメア様っ! そこから離れて!」
おじさんが声をかけるのと同時に、大穴の底から透明な液体が噴きだした。
「フレメア様っ!」
おじさんは叫んでいた。
が、場所が少し離れていたこともあり、回避が間に合ったようだ。
「大丈夫だっ! お前らも迂闊に近寄るなよ」
おじさんは大穴から噴き上がった液体に近づきながら、トリスメギストスを召喚した。
「トリちゃん! あれを分析できますの?」
『召喚されたかと思えば、まったく。ふむ……主よ。問題ないぞ、あれは地下水のようであるな。いや泡がでている? ……なるほど。主ならこう言えばわかるか、炭酸泉だ』
「……炭酸泉」
おじさんの脳裏にぴこんと閃くものがあった。
“げええ! 本が喋ってるううう!”
そんな騎士たちの声は聞こえないふりをするおじさんであった。




