164 おじさん船上で思い悩む
港町ハムマケロスで随一の商会というのは、言い過ぎではなかった。
そこで食料から衣料品、お土産その他もろもろの爆買いである。
貴族がお金を使うことで、経済の流通を促す。
そのくらいの知識は、おじさんにもあるのだ。
と言うか、である。
おじさんの懐にはかなりの金銭が貯まっていた。
だからどこかで使おうとは考えていたのだ。
港町での一日を買い物で満喫したおじさんたちである。
明けて翌日。
おじさんたち一行は、代官から盛大な見送りをうけた。
顔を真っ赤にさせた代官は、言葉を詰まらせながら感謝を述べる。
代官の秘めたる思いに気づかないおじさんは、若干だが引いてしまう。
そんなこんながありつつ、現在おじさんたちは船上の人になっていた。
海ではないのだから、さほど揺れないかなと考えていたおじさんである。
しかし海だろうが、川だろうが、水の上に浮いているのだ。
揺れないはずがない。
念のために作っておいた酔い止めの薬があってよかったと思うのだ。
弟妹たちには事前に飲ませておいた効果がでている。
三人が甲板の上ではしゃぐ声が、その証拠だろう。
で、おじさんはと言うと、ものスゴく豪華な部屋にいた。
そもそもこの船はカラセベド公爵家が所有するものだ。
つまり家族が利用するための部屋が設えてあったのである。
ちなみに室内にあるテーブルは床に固定されていて、椅子も床とロープでつながれていた。
正直に言えば、おじさん前世も含めて船に乗ったのは初めてのことだ。
なので転倒防止用に、こんな仕組みが使われているのかと思ったのである。
そんなおじさんであるが、今は昨日購入した衣類を手にとって眺めていた。
なぜなら編み物があったからだ。
ふだんおじさんが着用しているのは織物の生地である。
絹や、魔物素材と言われる高価な糸を使ったものだ。
服にも権威を求めた結果であろう。
ただあまり服については興味がないおじさんである。
いつも侍女たちが、しっかりとお世話をしてくれるのだからそれでいいのだ。
だって服装のセンスなんてないのだから。
ではおじさんは何を思っていたのか。
織物と編み物の大きな違いのひとつに伸縮性がある。
織物は縦糸と横糸を織ることで生地を作るため伸縮性はあまりない。
しかし編み物は糸をループさせて、そこに糸をとおすことで生地を作る。
つまり引っぱると伸びるのだ。
おじさんが手にしているのは綿のカットソーである。
平たく言えばTシャツっぽいものだ。
騎士たちのアンダーウェアとして使われている、とおじさんは聞いた。
庶民の間では普段着や作業着として、日常使いされている服だ。
これをどうにかこうにか貴族用にできないか、と考えていたのである。
シルクを使ったカットソーなんてあったっけ? などと思いながら。
おじさんの前世にはもちろんある。
ただしお高いのだ。
前世では苦労していたおじさんである。
それこそ作業着用の量販店で売られている物を愛用していた。
要するに高級品の存在を知らなかったのだ。
「お嬢様、その肌着がどうかなされましたか?」
侍女がおじさんに問う。
「この服をわたくしが着ることはできませんか?」
おじさんの問いに侍女は首を横に振って応えた。
「着心地がいいのは確かですが、お嬢様にはもっとふさわしい物があります」
「だって動きやすそうなんですもの」
そこで侍女が大きく息をはいた。
「お嬢様。御令嬢は動きやすさなんて服に求めてはいけません」
快刀乱麻を断つ一刀両断であった。
「確かにそうなのですが……こういう服があってもいいと思うのですわ」
それでも諦めきれないおじさんなのだ。
「どうしてもと仰るのなら、魔物素材などで作ってみてはいかがです?」
基本的に侍女たちはおじさんのファンである。
困り顔をされると弱いのだ。
「やってみましょうか!」
ぱぁっと花が咲くような笑顔になるおじさんであった。
誤字報告ありがとうございます。
いつも助かっています。
感謝。




