1212 おじさんはつい感情的になってしまうのかい?
「か、かかか、格好いいですわ! お母様ってば!」
おじさんは興奮していた。
勢い余って立ち上がってしまうほどには。
ぎゅっと拳を握り、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
そんな孫娘の様子が珍しくて、ハリエットは苦笑していた。
ふんすふんすしていても超絶美少女なのだから。
おじさんは。
「うちのヴィーちゃんは格好いいでしょう?」
うふふ、と笑うヴァネッサである。
そうですわね、とおじさんは席についた。
「ま、うちはうちでやることがあったからねえ」
「そうなのですか?」
「そりゃあそうだよ。うちに頭ごなしにナめたことしてくれたんだ。それ相応の責任はとってもらわなくちゃね」
「確かに……いったい何が原因だったのです? そもうちに連なる伯爵家なのですから、そこまでするのはあり得ないと思うのですが……」
おじさんが真っ当な疑問を発する。
「まぁ端的に言えば、だ。スランが公爵家の跡継ぎなのが気に入らないって話さね」
んん? と首を傾げるおじさんだ。
カラセベド公爵家の実子、跡継ぎは夭折したと聞いている。
なら、誰かが跡継ぎにならないといけないはずだ。
でなければ断絶してしまうのだから。
そうなったら大変だ。
なにせ王国の一角を治める大貴族がなくなるのだから。
となれば――信用のおける筋から養子をとるのは当たり前だと思うのだ。
それを否定してなんになる、とおじさんは思う。
「リーは恐らくこう考えているんだろう? スランを否定してどうする気なんだって?」
「そのとおりですわ」
無垢なおじさんの答えに、にやりと笑う二人の祖母である。
「野心を持っている輩ってのはね、物の道理をねじ曲げても我欲を通そうとするもんなのさ」
ハリエットの言葉にヴァネッサも頷いていた。
「スランの代わりに誰がなる? それが身内なら……と考えるわけさ」
「んん? 余計にわかりませんわね。そもそもお父様はもう正式に臣籍降下されていたわけでしょう? 仮にですわ、そのザリオとかいうのが代わりになろうとしても……」
「ま、それが真っ当な考え方さね。ただヴェロニカを娶って、ラケーリヌの力を借りる。加えて、自分が誰よりも優秀だと見せつけるか自信があったか。あるいはスランを排除する策謀を練っていたか」
おじさんの目がスッと細くなった。
さっきとはちがう意味で、ぎゅううと拳が握られる。
「……潰しますか」
ぼそりと言うおじさんだ。
カタカタとテーブルの上にあるカップが音を立てて揺れる。
ガタガタと調度品が大きく上下に動く。
まるで地震でもきたようだ。
だが――目の前のおじさんは澄んだ魔力のままである。
荒ぶっている様子はまるでないのだ。
しかし、その圧は確かにあった。
静かに、確実に、這い寄ってくるなにか。
なにかを幻視でもしたのだろうか。
ひぃと小さくヴァネッサが悲鳴をあげた。
同時にパリンと音を立てて、カップが割れる。
だが、中に入っていたお茶はこぼれない。
なぜなら、カップの形を保ったまま揺れ続けていたから。
「リー!」
ハリエットがおじさんをぎゅっと抱きしめた。
その頭をなでながら言う。
「落ち着きな。もう決着がついた話なんだから」
「でも、お祖母様! 許せませんわ、お父様を排除しようとするなんて!」
もう過去の話だ。
頭ではきちんと理解できている。
だが――おじさんにとって身内を傷つけられるのは逆鱗なのだ。
辛いことばかりだった前世。
だが、今生では多くの幸せを与えてくれた両親がいる。
だから――許せないのだ。
例え、それが過去の話であったとしても。
排除すると聞いて、落ちついていられるわけがない。
ほろりと、アクアブルーの瞳が濡れる。
頬を伝って、雫が落ちた。
「うう……わたくしがいたら、絶対に手出しなんてさせませんのに!」
うっうっ……と軽い嗚咽をあげながら、祖母の胸の中に顔を埋めるおじさんだ。
「ま、そりゃそうかもしれないけどね。今さら過去に戻ろうたってムリな話さ」
おじさんの頭を優しくなでるハリエット。
その姿にちょっとばかり嫉妬するヴァネッサである。
ただ、同時に思ったのだ。
さっき悲鳴をあげたのは失敗だった、と。
だが、あのときは思ったのだ。
どうしようもないほどに怖い存在が近くにいる、と。
それはおじさんのことではない。
得体の知れないなにか、だと思ったのだ。
いや、ただの言い訳か。
軽く息を吐いて、ヴァネッサは侍女を見た。
ふよふよと宙に浮いたままのお茶を、自ら発動した水魔法で囲ってしまう。
これで床を濡らすことはないだろう。
新しいお茶を淹れてもらって、一息。
おじさんも少し落ちついたようだ。
「それじゃあスランのことでも語ろうかね」
なにも言わず、こくんと頷くおじさんであった。
カラセベド公爵家タウンハウスにも激震が走っていた。
頭ごなしに婚約の話など、しかも陛下に裁可を仰ぐ。
その報せがきたとき、激怒したのはセブリルだった。
公爵家の暗部を任せているアドロスを呼ぶ。
後の家令である。
「急ぎ背後を調べよ! 絶対に許さん!」
ハッと短く返答をしてアドロスが姿を消す。
しばらく落ち着きなく、部屋の中を歩くセブリルだ。
そこに妻であるハリエットが姿を見せる。
「セブリル、ちょおっといいかい?」
「フィルノートは潰す」
「もちろんさね。ただね、ひとつだけいいかい?」
実に悪い顔をするハリエットである。
「ん? なんじゃ?」
「スランはどのくらい仕上がってる?」
「まぁそんじょそこらの輩には負けんだろうな。我が子ながらよくやっている」
「ほおん……なら、引っかき回してやろうじゃないか」
そこへきて、ハリエットの言いたいことが理解できたのだろう。
セブリルの顔にも悪い笑みが浮かんだ。
「じゃな。いずれ命を賭けることもあろうが……ふふ、楽しみじゃの」
「ああ! フィルノートのことはあんたに任せるよ。あっちの打ってきそうな手はわかっているね? 仕込みは私がやっておく」
「もちろんだ。任せたぞ」
――カラセベド公爵家は敵に回してはいけない。
そう貴族たちに改めて思わせた事件の幕が開ける。




