1177 おじさんはやっぱり物語を壊してしまう
カプコム製のヘリコプターは墜落する。
炭酸飲料を飲めば、げっぷがでる。
それと同じくらい、洋館は燃える。
誰がなんと言っても燃えるのだ。
おじさんはそう思う。
だから、ヴァネッサがなにを言おうとも気にしない。
火はカーテンを焼き、天井へ。
他の家具にも飛び火し、その熱気が部屋を包む。
少し、おろおろとするヴァネッサだ。
どう見てもこの状況で語るのはおかしい。
それは常識的な判断だろう。
だが――孫娘であるおじさんはちがう。
泰然自若として、笑みまで浮かべている。
「……くそう! 消えろ、消えろ!」
エドガー老が半ば焼け落ちたカーテンを引きちぎった。
燃えているカーテンを踏み、火を消そうとする。
がごん、となにかが崩れる音がした。
「こんなことで! こんなことで私の夢が! 夢が!」
夢とはなんです?
そう聞きたかったおじさんだ。
しかし、その口は閉じたままであった。
聞いたところで、それを口にはしないだろう。
その余裕もなさそうだから。
「ああ! クソ、私は! 私は……!」
そのときであった。
天井の一部が崩れて、エドガー老が押しつぶされた。
「ん~どうにも後味が悪いですわね」
そんなことを口にするおじさんだ。
「リーちゃん! これ以上は危ないわ! 早く逃げましょう!」
慌てているヴァネッサだ。
しかし、おじさんは微笑んで言った。
「お祖母様、どこにも逃げ場なんてありませんわ。だって、ここがフォリオが作った迷宮ですもの」
「え? あ?」
どういうこと? と理解をする前に、おじさんがさらに言った。
「……ということで。そろそろよろしいでしょう?」
語りかけたのは、ヴァネッサではない。
おじさんの視線はラルフの白骨死体にむいていた。
ぼふん、と効果音が鳴りそうな煙とともに、フォリオが姿を見せる。
ラフルの白骨死体に化けていたのだ。
「……お見事です。お客様」
その言葉とともにおじさんたちは転移していた。
最初の水晶球がある場所だ。
「あう! ……良かったわ」
ホッと一息といった感じのヴァネッサだ。
「これまで幾人ものお客様が、あの物語を攻略いたしました」
ヴァネッサが頷く。
ですが、とフォリオは続ける。
「あの答えにたどりついたお客様は、あなただけです」
ふむ、と頷くおじさんだ。
恐らく、ゼスが犯人で終わるのがノーマルエンド。
そして――今回の大炎上がトゥルーエンドといったところだろう。
「敬意を表します」
なんとも後味の悪いエンドだとは思う。
おじさんはひとつの世界を壊した。
うたかたとは離れ、嘘で作られた物語の世界を。
登場人物の全員が死亡。
物語の舞台は炎上。
正しく、それはデウス・エクス・マキナだ。
物語を破壊する人造の神。
「そうですか。どちらにしろ、フォリオ。あなたもご苦労様でした。急遽といったところでしたが、巧くのってくれましたわね」
「私も楽しかったですから」
おじさんの言葉に、少し恥ずかしそうに身をすくめるフォリオだ。
「え? どういうことなの?」
ヴァネッサが声をあげる。
「ああ――ラルフが途中で話をしたでしょう? あのことですわ」
「んん? あれってリーちゃんが魔法を使っていたのでは?」
「確かに魔法は使いました。ですが、わたくしがしたのはフォリオへ指示を出すために、風の魔法で声を届けただけですわ」
あ、と小さく声をあげるヴァネッサ。
おじさんが使っていた魔法はそういうことだったのか、と。
なら、白骨死体が動いていたのは――フォリオがやっていたのか。
「……ってことは、あの死体がそこの司書さんだとわかっていたのね?」
こくんと頷くおじさんだ。
「初めて目にしたときからわかっていました。ですから、フォリオ。わたくしの前に姿を見せるのは悪手ですわよ?」
「……と言われましても」
困るのだ。
物語の中に、フォリオがいなければ成立しないものもあるから。
「ま、いいですわ。あまり干渉はしませんから」
ニコッと微笑むおじさんだ。
「さあ! フォリオ、次の物語を始めましょう!」
「だめえええええ!」
おじさんの提案に間髪入れず、声をあげたヴァネッサだ。
こてん、と首を傾げているおじさんである。
「だって、まだ時間はあるでしょうに」
「もう帰ります。おばあちゃん、疲れちゃったの」
肉体的にではない。
精神的にである。
「う? そうなのですか? それでは仕方ありませんわね」
こういうところでは自重できるおじさんだ。
同時にホッと息を吐くヴァネッサである。
「では、フォリオ。わたくしたちは帰ります。また、近いうちにきますので」
「畏まりました。こちら、お客様の閲覧記になります」
定期券くらいの大きさのカードだ。
最初に渡されたものだが、今は模様が変わっている。
なにも装飾がなかったところに、大きな円と小さな円が刻まれていた。
二重丸といったところだろうか。
「次回、お越しの際にはそちらの閲覧記をお持ちくださいませ」
では、とフォリオが腰を折ってから言った。
ごきげんよう、と。
おじさんたちは図書大迷宮の外にいた。
転移したのである。
「はあ! 楽しかったですわね!」
満面の笑みをヴァネッサにむけるおじさんだ。
そうね、と返すのが精一杯である。
娘であるヴェロニカもにも振り回されてきた。
いや、自分も娘を振り回してきた自覚がある。
だが――この孫娘は次元がちがう。
翻弄されるだけだったのだから。
そのことがおかしくて、ヴァネッサは笑った。
なんだか、とても愛おしく思えたのである。
ある意味ではすごく新鮮だったから。
ぎゅうとおじさんをハグするヴァネッサだ。
「急にどうしましたの?」
「なんでもないわ。さ、帰りましょうか」
「そうですわね。では、帰りましょう」
同時に指を弾くおじさんだ。
行き先はカラセベド公爵家タウンハウスである。
「あら? リーちゃん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。お母様!」
「もしかして攻略してきたの?」
「二つほど」
ホッと胸をなでおろす母親だ。
もちろんそんな仕草は見せないけれど。
「ねえ、ヴィーちゃん」
ヴァネッサが母親に声をかける。
「なんでしょう?」
「ちょっとお話しましょう。リーちゃんのことで」
「ん? わたくしの?」
おじさんはヴァネッサに視線をむける。
「リーちゃんはうちの子。どこにもやったりしないわよ?」
「そういう話じゃないの。リーちゃんのことを知りたいのよ」
……なるほど。
理解したのだ、母親は。
ヴァネッサの考えを。
「そういうことならいいわよ」
「じゃあ、お茶にでもしましょう」
ラケーリヌの親子が話を進めていく。
おじさんは思っていた。
むぅ……なんのことだかさっぱりわかりませんわ、と。




