1176 おじさんは物語の結末を見届けようとする
「ちょっと!」
金切り声をあげるマーガレットだ。
「なにをしてくれてんのよ! この超絶美少女は!」
ん? となるおじさんだ。
「超絶美少女だからって調子にのってるんじゃないわよ! 責任とりなさいよ、責任!」
けなされてるのか、褒められてるのか。
どうにもよくわからないおじさんだ。
ただ、彼女が真剣に怒っていることは理解できる。
「リーちゃん、なにか考えがあるの?」
ヴァネッサだ。
おじさんの耳元で囁く。
返答はせずに、こくんと頷くおじさんだ。
そして――ヴァネッサの手に触れる。
魔力を同調させたのだ。
『お祖母様、聞こえていますか? 聞こえているのなら頷いてくださいな』
ヴァネッサは目を丸くさせながら、こくんと頷いた。
おじさんの声が直接聞こえてきたからだ。
念話である。
『これは罠ですわ! あの程度の仕掛けがされたドアなんて開けるのはかんたんですもの。ですからご心配なく』
『そ……そうなんだ。うん、わかったわ』
前回、ヴァネッサが訪れたときにはドアを調べた。
本当にそんな仕掛けがあるのかどうか。
そして――話は本当だった。
うんともすんともいわなかったのだ。
どうがんばっても開かなかったのである。
『で、どうするの?』
『どうもしませんわ。少し煽ってから、待っていればいいのです。わたくしの考えが正しければ――』
「そうだぞ、客人。いくら超絶美少女だからといってやっていいことと、悪いことがある!」
ドミトリもマーガレットに追従した。
その目は真剣である。
「お客人……」
絶句するエドガー老が続ける。
「先ほど、このドアを開けられると仰せでしたな。ですが、内側からは開きませんぞ。ラルフが持つ本物の鍵がなければ」
「それが封印の鍵ですか?」
「さて……私にはなんとも。いかに共同経営者といえども……」
その瞬間であった。
カタカタカタとラルフの白骨死体から音が鳴る。
顎をかみ合わせているのだ。
「あ……あ……」
声帯がないはずなのに、声がでる。
それは生前のラルフとはまったくちがう声だ。
しゃがれた老人のようで、聞き取りづらい。
「ふふ……ようやく集まってくれたか」
「……ら、ラルフ……」
マーガレットが手で口を押さえている。
心底、信じられないといった表情で。
「あなた、アンデッドになったの?」
カタカタと顎を鳴らして、ラルフは言う。
「さてな、気づいたらこうなっていたよ」
「ラルフ! 私を愛しているのよね!? だったら、すべての権利は私のものだとここで宣言してちょうだい! さあ!」
マーガレットが一歩だけ詰め寄る。
だが、それ以上は近づかない。
彼女の言う愛の距離だ。
ふっと笑うラルフの白骨死体。
「なら、私を殺したやつを殺してくれないか?」
「だ、誰がやったのよ!」
なんだかガンギマリの目になっているマーガレットだ。
そこでドミトリが割って入った。
「犯人を殺した者に遺産の相続権があると認めるのか!」
ドミトリもガンギマリの目になっている。
ちょっと血走っているくらいだ。
「では、客人であるご婦人と超絶美少女を除いて、全員を殺せば自動的にオレのものだな!」
いや、そりゃそうだろう。
相続権を誰にするかで集まっているのだから。
ちょっとおかしなことになってきている。
おじさんはそう思うのだ。
「ちょっと! なに言ってんのよ! 言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」
と、マーガレットが太ももに隠していた短剣を抜いた。
「やるのか、この私と!」
ドミトリも懐に短剣を隠していたようだ。
さっと抜いて、構えている。
「うわあああああ!」
叫んだのはゼスだ。
跪き、許しを乞うように祈りのポーズをとっている。
「ゆ、許してください師匠!」
「なにを許して欲しい?」
「……あなたを! あなたを殺したことです、師匠!」
「……あんたが犯人だったのね!」
「ゼスの命は私がもらったああああ!」
「させないわ!」
ドミトリとマーガレットがもみ合っている。
おじさんが思っていたのとちがう。
まぁ概ねあってはいたけれど。
「……リーちゃん。あなたって子は……」
ヴァネッサが口をようやく開いた。
しっかり気づいていたのだ。
ラルフの白骨死体が喋っているのはおじさんの魔法だと。
念動で口を動かし、声は風の魔法で作っているのだ。
「ゼスさん、あなたはなぜ師匠のラルフさんをその手にかけたのですか?」
ヴァネッサの言葉をスルーして、おじさんが声をかける。
「そ、それは……師匠の借金の肩代わりをしていたからです」
「ほおん。そうなのですか。それは辛い思いをしましたわね」
おじさんだって前世で経験がある。
製造責任者たちが似たようなことをしたのだから。
「そ、それで……借金の返済が厳しくなって、師匠に相談したんです。妻と子どもは借金のせいで出て行くって言うから相談したのに……」
ろくでもない師匠である。
心の底からそう思うおじさんだ。
「つい、カッとなってしまったと」
おんおんと涙を流すゼスだ。
――これで事件はまるっと解決。
そう、ここで終わるはずだったのだ。
少なくともヴァネッサはそう思っていた。
「先ほどの幽霊はあなたが作った幻影の魔道具ですわね?」
「うおおおん。ぐふ……ぐふ。そ、そうです……」
「と、言うことですわよ。エドガー老」
さっきから気配を消していた存在がいたのだ。
おじさんはしっかり気を配っていたけれど。
「死ね! ゼス!」
エドガー老は機敏な動きで、ゼスを蹴り飛ばした。
そして、馬乗りになって首を絞める。
「ぐ……が」
「ちょっと! なにしてんのよ!?」
先に気づいたのはマーガレットだった。
いや、ドミトリは床でうずくまっている。
恐らくはもみ合っているときに、短剣で刺されたのだろう。
もしかすると偶然そうなったのかもしれないが。
髪は乱れ、ドレスは半ば破れ、汗で化粧が落ちているマーガレット。
だが、そのことには気づいていないようだ。
「ゼスを殺すのは私よ!」
短剣を広い、首を絞めているエドガー老にむかって体当たりをする。
場は大混乱だ。
「ぐあ……きさま、マーガレット! このあばずれが!」
「あばずれじゃありませーん。私は愛に生きる女なのよ」
腹に刺さった短剣を引き抜く、エドガー老。
まずはゼスの首を横に掻ききる。
「え? ちょ! なんでそんなに元気なのよ?」
「備えあれば憂いなし」
服をぺろんとめくるエドガー老だ。
その下には、恐らく防具をつけているのだろう。
ブリガンダインと呼ばれるものだ。
表面は革製で、裏には金属片や革の小片をつけたものである。
金属音が鳴らなかったところを見ると、革の小片がついているのだろうか。
それが致命傷を防いだのだ。
「死ね! あばずれ」
ぎゃああとマーガレットが叫ぶ。
生き残ったのはエドガー老だ。
「さあ、ラルフ! 私こそが正当な継承者だ!」
血走った目で白骨死体に言うエドガー老。
「く、道連れよおおお!」
まだ絶命していなかったマーガレット。
彼女は隠していた切り札を使ったのだ。
それは火が吹き出る魔道具。
カーテンに燃え移り、めらめらと燃えだす。
「な、マーガレット!?」
「あははははは。ラルフの遺産が手に入らないのなら、ぜんぶ燃やしてやるつもりだったのよ、あははははは……あは、あ……」
マーガレットの口が動かなくなった。
「ら、ラルフ! は、早くしろ、私が、私が……」
白骨死体をがたがたと揺らすエドガー老だ。
その動きで、ラルフの頭蓋骨がぼろんと床に落ちた。
「まったく。ちょっと予想していたことと違いますが……仏様は大切に扱わないとバチが当たりますわよ」
おじさんだ。
「黒幕はあなたですわね! エドガー老!」
「な、なにい!?」
「わたくし、まるっとお見通しですわ! 借金をゼスに背負わせたのもあなた、そして――今回の件もゼスに言って裏で糸を引いていたのもあなた」
「なにを証拠に!」
「ここまでの立ち回りすべてですわ!」
どどーんと宣言するおじさんであった。
「ね、ねえ。リーちゃん」
ヴァネッサはおじさんの肩を軽く掴んで言う。
「お屋敷がものすごく燃えているのだけど……。そんなことを言っている場合じゃなくって?」
「お祖母様……」
おじさんの目は残念なものを見るような光を宿していた。
「洋館は燃えるものですわ!」
ダメだ。
この孫娘が何を言っているのか、まったく理解できないヴァネッサであった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。
一部は誤字ではなく、あえてそう表現しているものですので、そのままにしてあります。
申し訳ありません。




