1172 おじさんはフォリオとお話する
きらきらと輝く氷の欠片が、淡い雪のように消えていく。
それは残酷なまでに美しい光景だった。
いや、そもそも迷宮で作られた存在ではあるのだ。
だが――なにもできなかった。
与えられた物語の役割も、なにもかも。
すべてはおじさんの掌の上である。
物語を破壊してしまった。
始まる前に終わらせてしまったのだ。
「はわあ……」
村を中心にきらきらと輝き、消えて行く氷晶。
ヴァネッサは思わず、見惚れていた。
おじさんとの会話の最中であるというのに。
「ま、こんなものですわね」
ふんす、と鼻息を荒くするおじさんだ。
何度か百鬼横行を殲滅した経験をもって開発した魔法である。
そう。
氷を使うのはいいが、魔物の死体が大量に残ってしまう。
その問題を解決するために、超広域で殲滅するものを考えた。
『主よ、予想していたよりも巧くいったな』
トリスメギストスも興奮しているようだ。
口調からそれが伝わってくる。
「そうですわね。良い感じにできました」
『それにしても……前から聞きたかったのだが、主はなぜ氷にこだわるのだ? 主なら氷にこだわる必要もあるまい』
人には得手不得手というものがある。
なので、使う魔法の属性が偏るケースも少なくない。
顕著な例がケルシーだ。
風の属性魔法なら得意だけど、他はからっきしみたいな。
ちなみに、この世界においてはどんな属性の魔法だろうが使える。
もちろん使えるのなら、だが。
「そうですわね。氷だと周囲の温度を下げることができるでしょう? 生き物は基本的に寒いのが苦手ですから」
変温動物はもちろんとしてだ。
恒温動物ですら、寒いと動きが鈍る。
「それに凍らせると素材丸取りですわ!」
にかっと微笑むおじさんだ。
『……なるほどな。そういうことか』
「強いて言えば……あまり無残なことにならないというのも氷を選ぶ理由ですわね」
例えば火。
燃やすと、残った死体がだいたい酷いことになる。
火傷とか色々と。
そこまで無慈悲になれなかったのだ。
おじさんは。
ただ余裕があるからこそできることだとも理解している。
火の魔法以外は不得手であったら、有無を言わさず使うしかないのだから。
『……ま、そうとわかればこれからも協力しようではないか。偉大なる氷の女王になるといい』
「ん~なんだか微妙な響きですわね」
くすりと笑うおじさんだ。
一方で、ヴァネッサは思っていた。
孫娘であるおじさんが使った魔法。
もし、あれは使うのなら、どのくらいの頭数がいるのだろうか、と。
とうてい単独ではなしえないものだ。
いや、効果範囲を絞ればできるだろう。
だがどこまで絞らないとダメなのか。
逆に威力を落として使うのはどうだろう。
出力を落とせば範囲を広められるはずだ。
だが、出力を落として意味があるのか。
ぐるぐると頭の中で、ああでもないこうでもないと考えが巡る。
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
村人が言った。
まだ物語が始まっていない以上、こうなるのだろう。
おじさんはくすりと笑う。
昔のゲームを思いだしたからだ。
何度話しかけても、ようこそ、はじまりの村へ、しか答えないキャラとか。
そういう類いと同じだもの。
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
あら。
と、おじさんはトリスメギストスを見た。
トリスメギストスの宝石が明滅している。
「これはバグったのかもしれませんわね」
『む。主よ、それはどういう意味だ?』
「想定外の行動があったことで不具合を起こしたのですわ。だって、ここは物語の世界という設定でしょう?」
『……そういうことか。なるほど理解した!』
トリスメギストスは冒険の書を作成している。
TRPGだ。
故に、想定外のことで不具合を起こるというのを、なんとなく理解しやすかったのかもしれない。
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
さすがにうるさい。
「リーちゃん。どういうこと?」
ヴァネッサはおじさんたちの話がよくわからなかったようである。
いや、そもそも聞いていなかったということもあり得るだろう。
「ま、こういうことですわね!」
ぱちんと指を鳴らすおじさんだ。
すると、村人の一人がフォリオへと変わった。
「あえええ! 化けていたの?」
「この村人が物語の進行役をしていたのでしょう? そうなるときちんと判断できる意思がないと務まりませんからね。村長役といったところでしょうかね」
そのとおりであった。
フォリオは無言である。
じっとその丸い目でおじさんを見ていた。
「お客様、少しよろしいでしょうか?」
「伺いましょう」
フォリオが両腕を翼に変えた。
ばさりと羽ばたいて、おじさんの近くへ。
転移したのだ。
二人きりで。
「なぜ、あなた様から母上の香りがするのでしょう?」
フォリオが真剣なまなざしで問う。
「やはりあなたがコアでしたのね」
噛みあわない返事をするおじさんだ。
ゆるりと微笑みながら、言う。
「さて、わたくしにその理由はわかりません。が――」
『ちょっと待てえい! 主よ』
「トリちゃん!?」
おじさんの使い魔なのだから、後を追うことくらいはかんたんなのだ。
『まったく、すぐにやらかそうとする。フォリオと言ったか、我は万象ノ文殿トリスメギストスである』
「……その名は存じております」
ぺこりと腰を折って、頭を下げるフォリオだ。
『うむ、話が早くて助かるな。我が主は主上の神子だ。それでわかるな?』
「……は?」
『神子だ!』
「はあああああん?」
よほど驚いたのだろうか。
フォリオの身体が棒のように、しゅっと細くなった。
フクロウだ。
おじさんはそう思った。
動画では見たことがある。
だけど、実際に目にするとは思わなかった。
本当にこんなに細くなるのだ、と。
ちょっと面白い。
『ということで、だ。フォリオ』
トリスメギストスが言う。
『契約したいのならしてもいい。ただ、主はこの迷宮の攻略を望んでおる、わかるな?』
「……そういうことですか。では、今はまだ契約をしないでおきましょう」
ぼふっと身体が元のサイズに戻る。
いや、今度は身体が大きくなっているのだ。
威嚇するかのように。
恐らくは興奮しているのだろう。
「神子様……いえ、今はまだ一人のお客様。ひとつだけよろしいですか?」
フォリオが居住まいをただす。
「伺いましょう」
「次の物語からは、そうかんたんにいきませんので。またのお越しをお待ちしております」
「え?」
おじさんは素直に驚いてしまった。
だって、まだ帰るつもりはなかったから。
「え?」
フォリオはおじさんの返答に戸惑っていた。
あんな大きな魔法を使ったのに帰らないの? と。
『カカカカ。フォリオよ、我が主が神子たる力、まだまだこんなものではない。その目でしかと見よ!』
だーはっはっはと豪快に笑うトリスメギストスだ。
「……なぜ、トリちゃんが威張るのです?」
ぼそりと呟くおじさんであった。
一方で残されたヴァネッサである。
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
目の焦点があっていない村人たちが大合唱している。
その姿にたじたじとなっていたのだ。
「もうわかったってばあ! リーちゃん、早く帰ってきてえええ!」
ものすごく怖い思いをしているのだった。




