1170 おじさんの図書大迷宮体験記
――図書大迷宮。
ラケーリヌ領都に隣接する迷宮である。
領都の歴史は古い。
なにせ王国建国より以前からあった町なのだから。
いや、正確に言えば、半ば廃墟になっていた町なのである。
そこを再建したのだ。
人が増えるに従って、拡張に次ぐ拡張が行われて原型を留めてはいない。
そんな領都はレ・パルナという名称だ。
本来は――レスラ・ドル・パルナード。
古き言葉で、失われた叡智が眠る町という意味らしい。
ラケーリヌ家領都の東側には小さな森がある。
その森の奥には泉があり、この畔に図書大迷宮の入り口があるのだ。
「ほおん……」
おじさんとヴァネッサは泉の畔にいた。
傍らには執事の格好をしたランニコールがいる。
小さな泉ではあるが、湧水で満たされているのだろう。
透明度が高いのだ。
あまり深くもないので、湖底の水が揺れて見える。
かげろうのように。
「静かで……良い場所ですわね」
ちょっと癒やされるおじさんだ。
ここにロッキングチェアでも置いて、読書でもしたい。
そんな気分にさせてくれる。
「そうね。この辺りは公爵家の私有地にしているのよ」
「そうなのですか……ということは迷宮も一般公開していないのですか?」
おじさんの問いに頷くヴァネッサだ。
「ちょっとね、図書大迷宮は特殊なのよ」
「特殊? よくわかりませんわ」
首を傾げるおじさんだ。
「そうね……一般的に迷宮と言えば、色んな資源が取れるでしょう?」
魔物からの素材であったり、階層ごとにある素材などがそうだ。
主に植物や鉱物などが採取できる。
他にも、宝箱からでるアイテムなども該当するだろう。
「だけど、この図書大迷宮は資源が採取できないのよ」
「……魔物も出ませんの?」
ヴァネッサが首を横に振る。
「魔物もでるのだけどね……うふふ。まぁ行けばわかるわ。こっちよ」
と、先導して歩くヴァネッサだ。
泉から少し離れた森の奥。
そこに騎士たちの詰め所があった。
小さな詰め所である。
というよりも猟師が利用する小屋のようだ。
「これは奥様!」
歩哨に立っていた騎士が敬礼を見せた。
「ご苦労様。異常は見られないかしら?」
「ハっ。問題ありません」
ひとつ頷いて、ヴァネッサがおじさんを紹介する。
「こちらはリーちゃん。ヴェロニカの娘よ」
会釈するおじさんだ。
「御尊顔を拝する栄誉をいただきまして光栄です」
大仰な挨拶をする騎士だ。
おじさんは少し苦笑いである。
「ちょっと二人で迷宮に潜ってくるわね」
「畏まりました。ご武運を」
詰め所を離れて、さらに奥へ。
そこには大きな扉だけがあった。
不思議だ。
おじさんからすれば、どこまでもドアみたいな。
そこに扉だけが立っている。
「ほおん……不思議、ですわね」
ファンタジーだ。
重厚な金属でできた観音開きの扉だけ。
後ろを見ても、同じデザインだ。
「さ、行きましょうか」
ヴァネッサが扉に触れた。
すると、その姿が消えてしまう。
おじさんも同じようにする。
一瞬で、景色が変わった。
長い長いアーチ型の回廊である。
天井がやけに高い。
飴色をした木製の書架が無数に並んでいる。
おじさんたちの目の前には、円柱状の台座があった。
その台座の上に、淡い光を放つ水晶球が浮かんでいる。
「エントランスということでしょうか」
「そうね」
ふ、と気配がする。
「ようこそ、図書大迷宮へ」
声をかけながら姿を見せたのはフクロウだ。
いや、燕尾服を纏い、シルクハットをかぶっている。
そして――片眼鏡もかけていた。
おじさん的にはガチ勢の獣人といった感じだろうか。
フクロウの顔をした紳士である。
身長はだいたい、聖女くらいだろうか。
「こちらはこの図書大迷宮の司書」
「フォリオと申します」
すっとシルクハットをとって一礼するフォリオ。
その仕草がちょっとかわいいと思うおじさんだ。
「わたくしはリーですわ」
「これはこれは……此度はお二人で挑まれるということでよろしいですかな?」
「ええ……」
「では、新規のお客様にはこちらを」
フォリオが懐から、一枚のカードをだす。
定期券くらいの大きさだろうか。
「こちらは図書大迷宮の閲覧記になります。あなたが攻略する度に育っていきますので、是非ともご活用くださいませ」
おじさんがカードに触れる。
なんの模様もない、金属製のカードだ。
触れた瞬間に、中央から波が起こった。
そして――浮かび上がったのはフォリオという崩し字の署名のみ。
「……お祖母様もこちらをお持ちですか?」
ええ、と答えて手を差しだす祖母だ。
その掌にフォリオがカードを渡す。
「フォリオが管理してくれるのよ」
祖母のカードには、幾つかの文字が刻まれていた。
そして――幾何学模様がデザインされている。
「さて――今回は様子見ということだし……フォリオ、攻略済みの物語も再度挑戦できるのよね?」
「そのとおりです。ふむ……一度、ここの規則をご説明しましょうか」
と、おじさんを見るフォリオだ。
即座に首肯してみせる。
では、とフォリオが居住まいを正した。
図書大迷宮では階層がない。
物語の中に入り、そこで起こる事件を解決するのが目的だ。
いわば、この物語こそが迷宮における階層だと言えるだろう。
そして、物語には様々なものがある。
魔物を討伐するもの、犯人を捜すものなどなど。
ただし、物語の中で起こる事件を解決しない限り、外に出られない。
そういう仕組みになっている。
「なるほど。そういうことですか。面白そうな迷宮ですわね」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
おじさんに対して、腰を折って礼をするフォリオ。
いちいち仕草が大仰だ。
「でね、この迷宮には物語の難易度があるのよ」
ヴァネッサが言う。
「古い物語になれば、内容が劣化していたり、一部が欠けていることもある」
「……ということは、登場人物が重要なことを忘れていたり?」
なんとなく疑問を口にするおじさんだ。
「そうなのよ。そもそも物語が破綻していたりもして、とっても危険なの」
「なるほど。ものすごく面白そうですわ!」
にっこにこになるおじさんだ。
すごく興味を惹かれている。
「ということで、まずは初級編ということで、この魔物討伐の物語にしてちょうだい」
「畏まりました。お二人ともそれでよろしいですか?」
笑顔のまま頷いてみせるおじさんだ。
「畏まりました。では、ご案内いたしましょう。襲来、ゴブリン軍団へ」
フォリオの片眼鏡が光る。
次の瞬間、おじさんたちは小さな農村にいた。
「おお! 冒険者様がきてくださったぞー!」
そういう設定なのか、とおじさんは思う。
くすりと笑って、言った。
「村を襲う魔物を討伐すればいいのですよね?」
「そうよ」
こくんと頷くおじさんだ。
「なら、待つ必要などありませんわ」
え? と目を見開くヴァネッサだ。
「わたくしにお任せあれ」
ばちこんとカーテシーをキメるおじさん。
そして、ニコリと微笑む。
その笑顔を見て、ヴァネッサは思った。
あれ、ひょっとしてやらかした? と。




