1151 おじさんアイツの封を解く
ラケーリヌ家の前庭である。
その一角におじさんが設えた四阿。
王妃、母親、ヴァネッサの女性陣に加えて、おじさんがいる。
そして――侍女も。
ぐにゃりと空間が歪んで、おじさんの手が虚空に突っこまれる。
そこから引きずりだされたのは、銀色の身体をした幼児体型の人型だった。
黒目だけが異様に大きい。
――グレイ型の宇宙人である。
「ほおん……」
いち早く反応したのは母親だった。
王妃とヴァネッサは息を飲んでいる。
見たこともない魔物か、と思ったからだ。
「あら? ん~もしかして厄神の関係者ですか?」
おじさんが言う。
地面に転がされた宇宙人を見下ろしながら。
――厄神。
腕輪を欲する者たちの背後にいた外なる神だ。
その正体はN77星雲からきた宇宙人だという。
今はおじさんに封印されているのだが……。
そう言えば、腕輪が欲しいとかなんとか言っていたなと思いだすおじさんだ。
「リーちゃん、それって……」
おじさんはちゃんと両親に報告している。
腕輪を欲する者たちのことも、だ。
「お母様のご賢察のとおりですわね」
「……お嬢様、とりあえず殴っておきましょうか?」
物騒なことを言う侍女である。
当の宇宙人はと言えば、その巨大な黒目をきょとんとさせていた。
いったい何が起こったのかわからなかったからだ。
「サイラカーヤ、ひとまずは話を聞きましょう」
おじさんの言葉でストップする侍女だ。
「な、なぜわかった!?」
宇宙人の第一声であった。
「次元の狭間に姿を隠していたんだぞ!?」
「あ~そういうのはいいですわ。わたくし、その辺りはかなり対策を練っておりますので」
おじさんは後悔していたのだ。
陰魔法で奇襲をかけられ、祖父母が負傷したことを。
それも、自分の目の前で起こったのだから。
奇襲されない、という状況を作るのに腐心しているのだ。
特に姿を隠蔽する系の輩には。
「……文明の水準が低い惑星の住人だと思っていたのに」
「あなたたちだけが優れていると思うのは、大きなまちがいですわね。というか、そろそろ質問に答えてくれませんか? あなたは厄神の関係者なのですか?」
「……厄神というのはわからない。だが、私は分かたれた仲間を探している。生体に埋め込んだ標識を追ってきた」
なるほど、と思うおじさんだ。
恐らくは電波のようなものを発信する機械か、あるいは彼らは生体から発生するなにかを持っているのかもしれない。
時戻しの魔法を使ったのは失敗だったか、と思うおじさんだ。
そこまでは考えが及ばなかったから。
「ん~ここで見せるようなものでもありませんわね。お母様、わたくしはそこの者と話をつけてまいりますので。しばらくお待ちいただけますか?」
「その方が良さそうね。私たちはここでお茶をしているから、いってらっしゃい」
首肯で応えるおじさんだ。
そして――引き寄せの魔法を使ってから、一瞬のうちに転移を発動する。
女神の空間へ。
「ねぇ……ヴィーちゃん、説明してくれない? あんな珍妙な魔物は初めて見たんだけど。あと、リーちゃんのあれって魔法よね? 空間に作用する魔法を使っているのかしら」
ヴァネッサが早口で言う。
どうにも興味を惹かれたようである。
はぁ……とため息をつく母親だ。
ものすごく端折った説明をする。
「ん~外なる神って……リーちゃんは大丈夫なの?」
王妃である。
「お姉さま、うちのリーちゃんなら、その程度は問題ないですわよ」
おほほほ、と笑いながらレモネードを口にする母親だ。
ついでに一口タルトもいく。
先ほどとはちがった果物の風味だ。
「あら? これも美味しいわね」
もう一つと手を伸ばす母親であった。
「もう! 肝心なことは説明してないじゃない!」
ヴァネッサが言う。
「それを説明するとなると、すごーく長くなるの!」
感覚派と理論派。
そのどちらかで分けると、母親は感覚派だ。
いや、そもそも母親は天然チートである。
見れば理解できる、という恐るべき才能を持っているわけだ。
感覚派にならざるを得ない部分もある。
が、一方で理論的に説明もできるのが母親だ。
ただ、面倒臭い。
説明するのが。
だから――こういうことになる。
母親がおじさんと話をしていて楽しいのは理由があるのだ。
深く説明せずとも、お互い理解しあえるから。
「ん? リーの姿が見えんではないか」
そこへ登場したのはデミアンとオースだ。
空いている席につく。
「ちょっと野暮用ができたのよ」
素っ気なく答える母親である。
「ん~お父様、事情は後で説明しますから」
王妃が割って入る。
こういうことで尻拭いするのはいつものことだ。
「アヴリル、久しいな。体調はどうだ?」
「ええ、お久しぶりですわね。なんの問題もないわよ」
「そうか、元気に生まれてきてくれれば、それでいい」
鷹揚に答えるデミアンであった。
「お父様の方はどうですの? リーちゃんが治療してくれたとは聞いたけど」
「それがすこぶる快調でな!」
快活で笑うデミアンだ。
その様子を見て、安心する王妃であった。
「では、案内いたしましょう」
うお、と声をあげるデミアンたち。
なぜなら姿の見えなかった執事がそこにいたから。
ランニコールである。
「気にしなくてもいいわ。リーちゃんの使い魔だから」
「マスターからの指示です。温泉地に招待せよ、と」
「じゃあ、お願いするわ」
当然といった感じの母親であった。
次の瞬間、ラケーリヌ本邸の前庭にいた人物の姿が消えていたのである。
一方で女神の空間に移動したおじさんたちだ。
「サイラカーヤ、いったん待ってくださいな」
おじさんが侍女に一声かけておく。
「畏まりました」
とは言え、臨戦状態の侍女だ。
「で、そちらの方は少し待っていなさいな」
宇宙人はキョロキョロとしている。
「……ワープ? ちがう。ここは……」
おじさんの話は耳に入っていないようだ。
ぶつぶつと何事かを呟いている。
「さて」
と、おじさんが宝珠次元庫から改良型まものんボックスを取り出す。
それに魔力を通して、封印を解除した。
ぼふっと姿を見せる厄神である。
「んな! 封が解けた!」
厄神の目の前にいるおじさん。
その姿を見て、厄神はひぃと小さく声をあげる。
トラウマが刺激されたのだ。
「あなたのお仲間がきてくれたようですわよ?」
ちょいと指をさすおじさんだ。
厄神がつられて、そちらに顔を向けた。
「お、お前はストトコイビチヤン!」
「はう! マルマルモリモリフンゲッタリ!」
ひしと抱き合う宇宙人たちだ。
……名前なのだろうか。
よくわからないおじさんだ。
「ずっと探していたんだぞ、マルマルモリモリフンゲッタリ!」
「ストトコイビチヤン! お前ってヤツは……」
どうやら感動の再会のようである。
ただ、その名前かなにかがどうにも気になるおじさんだ。
こつん、と額を付き合わせる宇宙人たち。
念話でもしているのだろうか。
よくわからない。
「そうか……もう」
「ああ……もう腕輪はいいんだ」
「なら、帰ってもいいのか、我が母星に」
「もちろんだ、マルマルモリモリフンゲッタリ!」
宇宙人たちはお互いに納得できたようだ。
「お嬢様、あいつらは何を言っているのでしょう?」
侍女だ。
「ん~もう帰るらしいですわよ。故郷に」
「ほおん……銀色ばっかりいるんですかね?」
そりゃあいるだろう。
だって、母星なんだから。
「あっちこっちも銀色だらけだと目が疲れそうですわね」
侍女の言葉にくすりと笑うおじさんだ。
「確かにそうですわね」
「あ、あの……」
厄神がおじさんに声をかける。
「もう腕輪は必要なくなったみたいなので、その……帰っても?」
「べつにかまいませんわよ」
ただし、とおじさんが付け加える。
「再び、わたくしたちに迷惑をかけると言うのなら」
ゴゴゴとおじさんから圧がでる。
「そのときは許しませんわよ?」
ニコリと微笑むおじさんだ。
その笑顔に怖気が走る宇宙人たちである。
コクコクと高速で縦に首を振った。
「なら、いいでしょう。もう帰りますか?」
「はい、帰りたいです」
なら、とおじさんは女神の空間から再び転移をする。
「ここからなら帰れるでしょう?」
おじさんちの庭である。
「あ、ありがとうございました」
「マルマルモリモリフンゲッタリを助けてくれて、ありがとうございます」
宇宙人たちが頭を下げる。
「あの、お礼と言うわけではないですが」
なんですの、とおじさんは聞く。
「我々以外の外なる神が近づいているそうです」
厄神が控えめに言う。
「ほおん……」
「そのトカゲ顔のやつらとか」
なぬ、と思うおじさんだ。
レプティリアンか。
おじさん、そういう話が大好きだから。
「お気をつけください。それでは」
厄神の姿が消えていく。
次元の狭間にでも移動したのだろう。
「お、お嬢様! と、トカゲ顔のヤツらとは?」
侍女が聞く。
「ん~よくわかりません」
話をぼかすおじさんだ。
ただ、思う。
どうにもこの世界は色んなものが混ざっている、と。




