1131 おじさんと学園長は相対する
その日、王国の重鎮たちが姿を消した。
心配ないという書き置きを残して。
おじさんと学園長の戦いを見に集まったのである。
それに一役買ったのが、使い魔たちだ。
分体を使って、一気に闘技場ダンジョンへと集めたのである。
もちろん学園長も含めて。
当の学園長は中央の舞台の上だ。
天空龍シリーズの鎧を着用し、槍も手にしている。
本気の中の本気だ。
対するおじさんはまだ姿を見せていない。
「ん~リーちゃんはどうしたのかしら?」
王妃が隣に座る母親に聞く。
二人とも妊婦なので、特別な席に座っているのだ。
「さぁ? またなにか考えているんじゃないかしら?」
実はワクワクしている母親である。
対校戦の決勝で見せた演出。
あれが気に入っていたのである。
初歩の魔法と幻影魔法を組み合わせたもの。
それが面白いと思ったのだ。
母親の言葉を合図にするかのように、闘技場ダンジョンが暗くなった。
なぜか空には満月が浮かんでいる。
手を伸ばせば掴めそうなほどに大きく、近い。
月光に照らされるのは海だ。
凪いだ海である。
揺れ動く波が月の光を映す。
「はわあ……なんだかきれいね」
王妃はうっとりとしていた。
母親はじっと目をこらして呟く。
「やるわね、リーちゃん」
闘技場ダンジョンの扉がぎぃいと開く。
そこから出てきたのは船だ。
半ば朽ちたような幽霊船である。
掲げるのジョリー・ロジャー。
海賊旗である。
ただし、おじさんのは薔薇乙女十字団仕様だ。
黒地の中央に配された薔薇。
その下には斜めに配置された十字架。
幽霊船がゆっくりと前に進んでくる。
その船首につけられた戦乙女を模した像の上におじさんはいた。
コートをはためかせ、帽子が飛ばないようにうつむき、押さえている。
ごおん、ごおんとどこからか鐘の音が聞こえた。
おじさんが船首像から飛び降りる。
ばさりとコートを翻し、帽子を押さえながら立ち上がった。
「お待たせしましたわね、学園長!」
コートを脱ぎ捨てるおじさんだ。
正真正銘、そこには超絶美形の女海賊がいた。
一瞬だが、呆気にとられる学園長だ。
あまりにもな格好良さに痺れてしまったのである。
「ず、ずるい! ずるいぞ、リー! ワシもやりたい!」
「同じことをしたら、ただの二番煎じですわ!」
「ぐぬぬぬ……ズルい!」
確かに、ずるい。
国王はそう思っていた。
いや、それを言うなら学園長だってズルい。
なにせ王国最強の名をかけた戦いでもあるのだから。
「とは言え……もう実質的に……」
つい独り言を漏らしてしまう国王だ。
「そこはケジメというやつですよ、兄上」
父親が笑いながら言う。
「そうなのだがな……リーは十五になったばかりだろうに」
「重荷を背負わせなければいいのですよ。私たちがね」
ハハッと朗らかに笑う父親だ。
しかし、内心ではちがうことを考えていた。
支えるといっても微々たるものだけど、と。
大抵のことは自分で解決してしまうから。
それはそれで我が娘ながら、頼もしいと考える。
が、もう少し頼ってほしいと思う父親なのだ。
「なぁ……あれ、大丈夫か。うちの爺様、本気だぜ?」
軍務卿は若干だが、眉根に皺を寄せていた。
さすがに祖父と孫である。
イヤというほど学園長の強さは知っているのだから。
「なにも問題ない。うちの娘を無礼めるなよ」
「いや、無礼めてるわけじゃないんだけどよ」
そこへ黒騎士が召喚された。
この場にいる一部の者は知っている。
建国王その人であることを。
「此度の試合、私が立会人を務める。双方とも準備は良いか?」
「むぅ……」
まだ納得がいかない学園長だ。
しかし、建国王を前にして我が儘を言っていられない。
「かまいませんわよ」
ニコッと微笑むおじさんだ。
「よかろう。リー、本気で行くぞ!」
学園長は犬歯をむきだしにして笑った。
もちろん――と答えるおじさんだ。
同時に、魔力を高速で励起させていく。
そして、軽く開放した。
押しつぶしそうなビリビリとした圧迫感が舞台を覆う。
今回はアミラの権能を用いて、結界を最大限に強化している。
ばちちちちとおじさんの周囲で空気が弾けた。
噴きだす魔力の影響で、ふわりと宙に浮くおじさんである。
「ヴェロニカ……あれ、リーちゃんの本気なの?」
傍から見ているだけでも恐怖を感じる王妃だ。
対して、ふっと鼻で笑う母親である。
「本気? 本気とはほど遠いんじゃないかしらね」
「え? あれで?」
目をこれでもかと見開く王妃だ。
「だって、私でもあのくらいはできますわよ?」
ラケーリヌの奥伝を使ってのことだけど、とは言わない。
あれは魔力の枷を外すものだから。
「ううう……ヴェロニカといい、リーちゃんといい……」
この親にして、この子ありだ。
そんな二人に近寄ってきたのは、メイユェとサンドリーヌである。
三公爵家と王家の奥方様が揃った。
「ヴィーに解説してみようと思ってね」
サンドリーヌが言う。
「解説って……ドリー、さっきの幻影魔法くらいなら別に話すことはないわよ」
「さっきのお船はステキでした。趣がありましたね!」
きらきらとした目で言うメイユェだ。
この四人は幼い頃からの顔なじみである。
「リーちゃんのあの衣装は売りにだすの?」
「ん~それよりも私はあの飾り玉が気になる」
暢気な会話をするメイユェとサンドリーヌ。
そんな二人を横目に見て、母親はふっと息を吐く。
「戦いが終わったらリーちゃんに聞いておいてあげるわ」
と、視線を舞台に戻す母親であった。
「クハハハ。まさに桁違いじゃ!」
ぱちんと指を鳴らすおじさんだ。
音もなく舞台の上に降りる。
荒れ狂うような魔力の奔流が収まっていた。
「あれほどの魔力を一瞬で制御したのか?」
軍務卿が驚きの声をあげた。
「当たり前じゃないか。制御できない魔力などあっても意味がない」
父親が真っ当なことを言う。
「いや、あの量だぞ!?」
「だから、あれはうちの娘の本気じゃないって言ってるだろ?」
若干、呆れ気味の父親である。
何度も説明する気にはなれないのだ。
宰相はふと昔を思いだしていた。
末の妹であるヴェロニカ。
あれもまた天賦の才を持つ者だ。
だが――。
「リーを独りにさせるわけにはいきませんね」
追いつけないとしても、だ。
上を目指すだけの意味はある。
おじさんを孤高にさせてはいけない。
宰相はそう思うのだった。
「色々と思うところはあるでしょう。ですが、学園長。わたくしはその心の靄を晴らしにきました」
「ほう! 晴らしてくれるか?」
おじさんは答えずに、笑った。
「さぁ、はじめましょう!」
黒騎士が二人を順に見て、開始を告げる。
同時に学園長から槍が放たれるのであった。




