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1023 おじさんエルフの祭祀場を見学する


 ロボネス湖の湖畔である。

 風光明媚なその場所で、おじさんは光に包まれていた。

 もう全身が真っ白になるくらい。

 

『ええい! 散れ、散れ!』


 さすがに見かねたのか、トリスメギストスが怒声をあげた。

 かぁ! とエイヴンも加勢する。

 

 一斉に離れていくキラキラの光たち。

 おじさんは悠然と立っていた。

 

 少し風が吹いて、おじさんの髪がなびく。

 なんとも言えず良い香りがククノの鼻をくすぐった。

 

「ほう……」


 思わず、ため息にも似た息を吐きだすククノだ。

 

「さて、巨大な魔物がいれば退治しても良かったですが、魔物はいないようですわね」


『うむ……で、あるな』


「え? どういうことでしょう?」


 疑問を投げかけるククノだ。

 

「クロリンダの話からすると首の長いドラゴンのような魔物なのでしょう? そんな魔物がいたとするのなら、魔力感知できますから」


『主の言うとおりだな。このロボネス湖にそんな魔力を持つ魔物はおらん。いても小型の魚型であるな』


 同意だと言わんばかりに頷くおじさんだ。

 

「じゃあ……霧の中にいた魔物というのは……」


「真相はわかりません。なにかを見間違えたのか、あるいは幻影を見せられたのか、それとも本当にそのときは居たのかもしれません。わたくしが言えることは、今この場には居ないということですわ」


 おじさんは思うのだ。

 否定してしまうのはかんたんである。

 だが――それは良くない、と。

 

 こういうのはグレーなのが楽しいのである。

 居るのか、居ないのか。

 

 居るのなら正体はなんなのか。

 居ないのなら、なぜいると思ったのか。

 

 色々と楽しめるではないか。

 そう思うのである。

 

「ううん……」


 何かを考えているククノだ。

 少ししてから、ニカッと笑った。

 

「御子様がそう仰せなら、そうなのでしょうね!」


 全ぶりで信じられても困るのだけどと苦笑いのおじさんであった。

 

「では、あちらの祭祀場がある島へと移りましょうか」


 湖の中央付近にある小さな島を見る。

 ここからだと木々が生い茂っていて祭祀場は確認できない。


「あ、じゃあ船をだしますのであちらの船着き場にいいいいいいい!」


 ククノが驚いたのは、地面から足が離れたからだ。

 自分の意思とは関係なく。

 

 ――空中に浮いている。

 

 キョロキョロと目を動かすと、おじさんと侍女も浮いていた。

 使い魔たちはわかる。

 

 トリスメギストスはもともと空中に浮いていたし、エイヴンは鴉だから。

 でも、おじさんと侍女。

 そして――自分は。

 

「飛行魔法ですわ」


 おじさんの涼やかな声が響く。

 

「安心してくださいな。わたくしが制御していますので、落ちるということはありません」


 そのまま湖面の少し上空を移動していくおじさんたちだ。

 

 おじさんと侍女は楽しみだと雑談している。

 この状況に慣れているのだから当たり前だ。

 

 しかし、ククノは当惑していた。

 なんなんだ、と。

 飛行魔法? そんなものは知らない。

 

 ものの数分もかからず、おじさんたちは中央の島へと下りたっていた。

 まだ心臓がバクバクと鳴っているククノだ。

 

 あまりにも動悸が酷いので、少し休ませてもらっている。

 理解が追いつかないのだ。

 

「よろしければ治癒魔法をかけますけど?」


「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで十分です」


 引き攣った顔を見せるククノだ。

 御子のことは知っている。

 

 風の大精霊様に気に入られた者のことだ。

 これまでにも何人かの御子がいた。

 

 しかし、飛行魔法が使えた御子などいないはずである。

 なんだか考えれば考えるほど、頭がぐるぐるしてくるククノだ。

 

 そろそろ煙を出しそうな勢いである。

 

「もう! 仕方ありませんわね!」


 侍女が言う。

 

「いい加減に慣れなさい。お嬢様に不可能はありません」


「いやですわね、サイラカーヤったら。できることしかできませんのよ」


 おほほほ、と笑うおじさんであった。

 

 同時にククノは思う。

 嘘だーと。

 だってなんでもできそうだから。

 

 そこへ、ぱちんと指を弾く音が響く。


 妙に頭がすっきりするククノだ。

 なんだか腹が括れたような、そんな気がする。

 

『むぅ……今のは気分を落ちつかせる魔法か?』


「ですわね。魔言を使ったときの作用を応用してみましたの」


『さしづめ沈静化の魔法といったところか。よくできておるな』


「魔言も万能ではないですからね。先ほどのククノのように何を言っても頭に入ってこないときは効果がありませんから」


『確かにな、言霊で縛る以上はそうなるか』


 となると、今この瞬間に魔法を作ったのか。

 必要に応じて。

 

 むむーん、と頭をひねってククノは思う。

 もうどにでもなーれ、と。

 

 そこへぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 曇天模様だったから。

 

「では、雨が降る前にご案内しますね!」


 先頭に立って歩くククノだ。

 その頭にエイヴンがとまる。

 仲間だと思ったのかもしれない。

 

「と言っても、祭祀場まではすぐですから」


 木々の間にある小道を歩いていく。

 きちんと整備されているので歩きやすい。

 

 ってことは定期的に人がきて手入れをしているのだろう。

 

 ククノの言葉どおり、五分ほど歩くと祭祀場が見えてくる。

 それは円形の塚だった。

 

 直径は十メートルくらいだろうか。

 あまり大きくはない。

 

 恐らくは石造りなのだろうが、外面は漆喰で固められている。

 一見すると広めの家のようにも見えた。

 

 そして――塚を取り囲むようにある環状の列石。

 

 なかなか神秘的である。

 おじさんも思わず、ほうと声を漏らしていた。

 

『この様式は……』


「トリちゃん、解説は後ですわ」


 おじさん、興味津々である。

 

「まずはちょっと中に入ってみたいのですが、大丈夫ですか?」


「ええ、許可は得てあります。私も祭祀場の巫女の一人ですし」


「その辺りも聞かせてほしいですわね」


 と、言いつつもおじさんの足は入り口に向かっていた。

 木製の扉にはかんぬき状の鍵がつけてある。

 

 侍女がそのかんぬきを外した。

 

「では、案内してくださいな」


 ちょっとおじさんが子どもっぽく見える。

 そのことが少しおかしいククノであった。

 

「この祭祀場はかなり古い時代からあるものだと聞いてます。古代のハイエルフ様たちが作ったとか。表の漆喰なんかは定期的に手を入れていますけど。内部はそのままです」


 ククノが光球をだす。

 内部は石造りの廊下になっている。

 

 入り口から入ると、反時計回りに歩いて行く感じだ。

 光球が足下と壁を照らす。

 

 その壁にはなにか絵が描かれているが、かなりかすれてしまっている。

 残念だが、それは言っても仕方がない。

 

「現在のエルフは風の大精霊様を信仰していますが、もともとは森の女神様を祀っていたと聞いています。その女神様がお隠れになることになり、後継者として風の大精霊様を指名されたのだとか」


 ほおん、と息を吐くおじさんだ。

 そういう理由があったのか、と。

 

 ぐるりと円状の廊下を歩いていく。

 

「この壁に絵が描かれていた絵もそのことにまつわる話だそうですよ」


 ただ、とククノが言う。

 

「見てのとおり、今はよくわかりませんけど」


「そうですわね。ちゃんと残っている絵があればとは思いますが……」


 おじさんは途中で口ごもる。

 謎があるからこそ面白いとは言わなかっただけだ。

 

 そろそろ一周回ったかという頃合い。

 またもや木の扉があった。

 

 その扉には鍵はかかっていない。

 ククノがよいしょと身体を押し当てるようにして扉を開ける。

 重さがあるのだろう。

 

 扉の先にあったのはまたもや通路だ。

 真っ直ぐに中央に向かって進むようになっている。

 

 ん? と思うおじさんだ。

 

 恐らくは通路の中心部。

 そこだけ少し広くなっているのだ。

 直径にして二メートルくらいか。

 

 その中央には苔むした祭壇があった。

 ちょうどそこの部分だけ天井が抜けていて、陽がさしている。

 

 祭壇を中心として、前後左右にも通路があるのだ。

 つまり十字路だ。

 その中心が祭壇という形になる。

 

「ひとついいですか?」


 と、気になったことを聞くおじさんだ。

 ククノがおじさんを見て、首肯した。

 

「ここは十字路のようですが、他の通路の先はどうなっているのです?」


 ああ、とククノが微笑む。

 

「実は季節によって進める扉の位置が変わるんです。今ならちょうど一周してきた場所ですけど、ここは創造神様の週だけですね。他の季節だと左右とか、向こう側の通路に扉がでます」


 ほええと思うおじさんであった。

 まさに魔法がある世界ならではの仕掛けかもしれない。

 

「お嬢様、雨が入ってきませんわね。やんだのでしょうか?」


 侍女だ。

 苔むした祭壇の天井を見ている。

 

「確かにそうですわね。どうなっているの……」


 ピコンと閃くおじさんだ。

 

「ひょっとしてあの天井はイシルディンですか!」


『そのとおりだ、主よ』


 自分の想像があたってにんまりするおじさんであった。

 

「え゛!? あれ、イシルディンなの!?」


 今度はククノが驚く番であったようだ。


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