1020 おじさん聖樹国の自然に惹かれる
結局のところ、コルリンダは呼ばれなかった。
だって、白い鴉のエイヴンが案内役を務めることになったからだ。
クロリンダの思惑は完全に外れてしまった。
姉をハメようとしていたわけだ。
おじさんを押しつけて。
だが、その計画は失敗に終わる。
しかも――使い魔に外れ扱いまでされてしまった。
人を呪わば穴二つである。
ケルシーたちと別れ、おじさんは空にいた。
侍女にも飛行魔法をかけたのだ。
上空から見れば、聖樹国の形がよくわかる。
ついでに王国も。
王国がざっくり二等辺三角形なら、聖樹国は菱形に近い。
国土の三分の一くらいは森だろうか。
緑がとても多く見えるのだ。
しかし、川や湿地帯に山に湖。
自然環境が豊かだというのも頷ける。
当たり前の話かもしれないが。
そんな中でおじさんの目を惹くものがあった。
それは切り立った海岸線にある古城だ。
正確には古城の跡といった方がいいかもしれない。
七割ほど朽ちてはいるが、城壁などは形を保っているところもある。
『ああ……あれか』
察しのいいトリスメギストスは気づいたようだ。
『エルフに残る文献ではガスラミー城だな』
「ほおん……ガスラミー城。なにか曰くがあるのですか?」
『前期魔導帝国と同時代の遺跡だな。詳しい話は残っておらんが、かつて超大型の魔物との戦いで破壊されてしまったようだ』
「行ってみますか!」
侍女もワクワクしているようだ。
その言葉に首肯して、移動するおじさんたちである。
すとん、と大地に足を下ろす。
思っていたよりも風が強い。
海岸線だからだろうか。
潮を含んだ風である。
おじさん自慢の銀髪がなびく。
それを軽く手で押さえるおじさんだ。
「いい雰囲気ですわね」
草原が広がっている。
背の低い雑草だろう。
その足下が黒い石だ。
崖になっている海の方を見ると、六角柱がいくつも並んでいる。
「ほえええ……お嬢様、あれ柱ですか?」
侍女は疑問に思っているようだ。
そりゃあ見間違えても仕方がない。
崖のようになっている部分が六角柱で構成されているのだから。
おじさんは知っている。
もちろん前世での話だ。
ジャイアンツ・コーズウェーに似ている。
もちろん観光地の写真でしか見たことはないけど。
ざっくり言えば、溶岩が表出してきて急激に冷やされたものだ。
冷えたことで収縮して、割れ目ができてしまう。
いわゆる柱状節理というやつだ。
とは言え……説明するのが難しい。
だから、おじさんは投げた。
トリスメギストスに。
「トリちゃん、詳しい説明をどうぞ」
『うむ! よくわからん!』
「だ、そうですわよ」
くすりと笑うおじさんであった。
「むぅ……あんなに大きな柱を作ったのです。巨人の仕業ですわね!」
侍女がむふんと言う。
スコル地区で巨人と戦った侍女だもの。
その結論になってもおかしくはない。
ジャイアンツ・コーズウェーもアイルランドの伝説に登場する巨人にちなんでいる。
「そうですわね。巨人の仕業かもしれませんわ」
おじさんからの同意を得て、侍女もニッコリである。
『……主が言うのなら……そうであろうな』
微妙な返答をするトリスメギストスであった。
そこへ白い鴉のエイヴンが鳴く。
『ふん。我とて知らぬことはある。そういうものだ。お前はしらんのか? なぬ! 聖樹国には巨人の里があるだと!』
「ほおん……巨人の里」
一級品の武器とか防具とか売っているのだろうか。
ロマンシングだ。
「まぁそれは置いておきましょう。巨人たちが友好的であるかはわかりませんしね。わざわざ隠れ里に住んでいるのですから、むやみに触れる必要もありません」
『まぁ確かにそうか。主のことであるからな。必要なときにはまた接触があるかもしれん。鬼人族のようにな』
それには肯定も反対もしないおじさんだ。
自分でもなんとなくそんな気がするから。
話を切り上げて、古城ガラスミーを見て回るおじさんたち。
さすがにそこにあるのは石壁やら、その残骸のみ。
なにかしらお宝発掘というわけにはいかない。
それでも歴史の積み重ねを感じるおじさんだ。
そっと残っている石壁に触れてみる。
壊さないように、だ。
ざらりとした表面。
少し濡れている。
草が生えているが、まだ大丈夫そうだ。
正直なことを言えば、少し時の魔法を使ってみたい衝動がある。
時間を巻き戻せば、もっと詳しいことがわかるだろうから。
だけど――それはしない方がいいのだ。
たぶん。
「あ……お嬢様、ここになにか書かれていますわ」
侍女だ。
目の前には別の石壁が残っている。
場所的には、恐らくは城内の壁だろう。
そこを彫るようにして刻んであるのだ。
「これは……ちょっと読めませんわね」
『うむ。それも仕方あるまい。これは古代エルフ文字だな』
トリスメギストスの面目躍如である。
さすがにこうした問題には強い。
『随分とかすれておるが……ああ、そういうことか』
「なにかわかりましたの?」
『いや、大した話ではない。侍女殿の前にある文字は風の大精霊を示しておる。その文言が残るということは……いわゆるおまじないというやつだな』
「どんなおまじないですの?」
『この城を守ってくれというようなものだ』
なるほど……と言いながら、ちょっと切なくなるおじさんだ。
この世界では神がいる。
大精霊も、だ。
こうしたおまじないは願掛けというよりは、直接的な思いを伴ったものだろう。
なら、結果的に願掛けを守ることができなかった大精霊。
その気持ちを考えれば……。
エイヴンがおじさんの肩にとまって一鳴きする。
『で、あるな。精霊は人のみを守るものではないのだから……領分がちがうか』
「まぁ仕方ありませんわね。わたくしたちにはどうすることもできません」
『なぬ! 御子様なら守ってやるだと? 一万年と二千年早いわ、この小童が!』
かぁかぁと鳴くエイヴンだ。
おじさんと侍女にも翻訳なしでわかる。
もめているのだろう。
苦笑するしかないおじさんであった。
「さて、いいでしょう。トリちゃん、風景画を残しておいてくださいな」
『うむ。それは心得ておる。次に行くか』
柱状節理の海岸を見学するおじさんたち。
海が荒れている。
波が大きいのだ。
ざぱぁんと崖にぶつかって、飛沫が舞う。
それが風に運ばれて、おじさんの頬にあたった。
灰色の空だ。
遠くで海と交わっている。
冬なのだから肌寒い。
防寒具を身につけるおじさんと侍女である。
おじさんは何も言わず、ただ海を見つめていた。
それだけである。
ただ、傍で見ている侍女からすれば、とても絵になっていた。
いつまでも見惚れていられるくらいに。
どれだけそうしていただろうか。
トリスメギストスが口を開いた。
『むう……主よ、気づいておるか』
「ええ……魔物が近づいてきていますわね、海から」
ぎょっとする侍女とエイヴンだ。
まったく気づいていなかったから。
『主の魔力にひかれてやってきたのか、あるいはただの気まぐれか』
「どちらにしてもいいですわ」
おじさんが微笑む。
瞬間――海面がぐわんと盛り上がった。
そして――激しく水しぶきをあげながら、魔物が姿を見せるのであった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。