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1010 おじさんと水の大精霊はダンジョンコアに出会う


 浄化され、天に召された半魚人の女王。

 その肉体は塵となり、ダンジョンに吸収された。

 

 ドロップ品として残ったのは……碧色に輝く球だった。

 大きさはソフトボールくらい。

 

『ふむぅ……主よ。あれは女王の心というものらしい』


 トリスメギストスだ。

 鑑定したのだろう。

 

「女王の心……なんだかとってもゲームっぽいですわね!」


 そんなことを口走るおじさんだ。

 指を鳴らして、引き寄せの魔法を使う。

 

 一瞬でおじさんの手の中にくる女王の心だ。

 

「あとで使ってみましょう。なにかわかるかもしれません」


『で、あるな』


 おじさんたちは平常運転であった。

 一方でミヅハだ。

 

 水の大精霊はそんなことには一切興味がないようである。

 なにせ、拘束していた王と対峙していたのだから。

 

 ミヅハが指を鳴らすと、王の拘束がとけた。

 

「さぁかかってこい!」


 その言葉とほぼ同時だった。

 王の頬がパンパンに膨れ上がる。

 

 そして――口から鋭い水流が吐きだされた。

 一種の槍のようなものだろうか。

 

 首の動きだけで躱すミヅハ。

 だが――槍のような金属ではない。

 

 あくまでも水だ。

 先端がミヅハが躱した方へと曲がる。

 

 あ……と声をだしかけるおじさんだ。

 最小限の動きで躱したことが仇になってしまった。

 

 だが――さすがに水の大精霊である。

 水槍の先端が当たるというほんの少し前で動きを止めたのだ。

 

 魔法を乗っ取ったのである。

 

「さすがお姉さま、水の大精霊だけはありますわね」


『うむ……水の属性に限定したものであろうが見事だな』


 すっかり観戦に回ったおじさんたちは少し離れた場所で見物している。

 

「ふっ……惜しかったな!」


 だが、とミヅハが犬歯を剥きだしにして笑う。

 

「水の大精霊である私を前にして、水の魔法が通用すると思うな!」


 水槍の先端がぎゅんと曲がる。

 そして――吐きだした半魚人の王へと向かって伸びた。

 

 ぶしゅと音を立てて、肩の辺りを貫く水槍だ。

 

「ぎょぎょぎょー!?」


 慌てて魔法を解除して、跳び退る半魚人の王。

 そこへ追撃をかけるミヅハだ。

 

 得意の青龍偃月刀を振り回して、頭上からの振り下ろし。

 さすがに逃げられないと悟ったのだろう。

 

 半魚人の王は頭上で腕を交差させて防御の姿勢をとった。

 だが――青龍偃月刀を停めることはできない。

 

 そのまま唐竹割りに一刀両断されてしまう王であった。

 

 すかさずおじさんが神聖魔法を発動して浄化する。

 ドロップ品は、大きな宝珠であった。

 

 超大型とまではいかない。

 だが、侍女が相手にした巨人のものと比べても遜色ないものだ。

 

 つまり――本来ならもっと強かったのかもしれない。

 

 宝珠を引き寄せて、おじさんは言う。

 

「お姉さまの戦利品ですわ」


「それはリーのものでいいさ。私が宝珠を持っていたところで、何にも使うことがないからな」


「ふむぅ……そういうものですか」


「ああ、役立てた方があの王も喜ぶだろう。だから気にせずもらっておくれ」


 そういうことなら、と宝珠をいただくおじさんであった。

 大きな宝珠は色々と使えるのだから。

 

『さて……主よ。これでボスは討伐したわけだ。コアルームへの道が開けるはずだがな』


 トリスメギストスの言葉が終わらないうちのことだ。

 今は壊れてしまっているが、玉座がゴゴゴと音を立てて動いた。

 その場所にさらに地下へと下りる階段がでてくる。

 

「なら、いきましょう。攻略した証ですから」


 おじさんたちは階段を降りて行く。

 十段ほど下りたところが、コアルームであった。

 

 コアルームも残骸でできている。

 ただ……あの気持ちの悪い粘液のようなものはなかった。

 

 さて、とおじさんの視点は釘付けになる。

 

 だって、コアルームの中央には箱があったのだから。

 人が一人、入れるほどの大きさの木箱だ。

 

「コア……ですわよね?」


 おじさんが声をかける。

 

「う……う……」


 か細い声がかすかに聞こえてくる。

 応答ができるのなら、人型のコアなのだろうか。

 

『ええい、往生際の悪い! さっさと姿を見せるがいい!』


 ちょっとイラッときたのだろう。

 トリスメギストスが叱責する。

 

「う……う……勘弁して……」


 床から箱が少しだけ浮く。

 そこから真っ白な手が少しだけ覗いた。

 

『主よ……面倒だ。契約せずに滅ぼしてしまうか。さすがに意思の疎通が図れんのでは、契約することもできんぞ』


「まぁまぁ。トリちゃん、そう慌てずに。まずは少しお話を聞いてみましょう」


「うむ。リーの言うことが正しい」


 ミヅハのお墨付きももらったおじさんだ。

 とことこと箱の前まで進んで、しゃがみこむ。

 

「もしもし。あなたはコアでよろしいのね?」

 

 優しく語りかけるおじさんだ。

 

「わたくしはリー。あなたとは敵対しようと思っていませんの。できたら契約をしませんか?」


「う……う……お母様と同じ?」


「同じではないですけど、良くしていただいていますわ」


「う……う……私、私は……」


 どうにも話すのが苦手なのだろう。

 おじさんには心当たりがある。

 前世では何人かと関わったこともあるのだから。

 

 いわゆる対人が苦手な人なのだろう。

 それが高じて引きこもりのようになっている。

 

 そう判断したのだ。

 

「人とお話するのが苦手ですか? 契約するのはイヤですか?」


 どんな経験を経て、そうなったのかはわからない。

 ただ――ダンジョンの場所が場所だ。

 

 端っから人との関わりを拒絶しているとも言える。

 つまり、最初からこうだったという可能性も否定できない。

 

「う……う……わ、私は……」


 じっと待つおじさんだ。

 急かすこともしない。

 

 ただトリスメギストスはイライラとしているのだろう。

 拍子の宝珠がさっきから明滅しているのだから。

 

「私は……け、けい、契約したい……です」


「いいでしょう。わたくしは複数のコアと契約していますので、コア同士でまずはお話してみるといいですわ」


 ふ、と笑うおじさんだ。

 

「もちろん、わたくしで良ければいつでもお相手をしますわよ」


「う……う……」


 箱と床の隙間から真っ白な小さな手がでてくる。

 その指にそっと触れるおじさんだ。

 

 魔力を供給してやる。

 同時に名前を考えていた。

 

 引きこもりと言えば……やはり天照大神が有名だろう。

 ただ……それと似た事例のデメテルでもいいかもしれない。

 

 娘のペルセポネが冥府の神であるハデスに連れ去られる。

 その悲しみで姿を隠し、飢饉が起こるというのが有名な話だろう。

 

「あなたの名前はデメテル。豊穣を司るという名前ですわ」


「う……うう……デメテル」


 でへへというような照れたような笑い声が聞こえる。

 気に入ったのだろう。

 

 箱の隙間からぺかーと光が漏れる。

 これで無事、契約ができたということだ。

 

『我らはそなたを害そうとは思わん、姿を見せるがいいデメテルよ』


 トリスメギストスが穏やかな口調で言う。

 これ、人は猫なで声というのだ。

 

「い、いや!」


 そこはけっこうはっきりと拒絶するんだ。

 おじさんはちょっと苦笑いだ。

 

『なぬう! 主に対して姿を見せんとは!』


「ち、ちがっ! ……お姉さまだけなら見せてもいい」


『なんだと! 我こそが使い魔筆頭! その我にも見せられんというのか!』


「まうんと……とってくるな」


『なにおう!』


 なんだかとっても虚しい争いが始まっている。

 そう思ったおじさんがパチンと指を鳴らす。

 

『ぬわああああ!』


 強制的にトリスメギストスを送還したのである。

 

「ミヅハお姉さま、申し訳ありませんが……」


「うむ。では、私は部屋の外に出ておこうか」


 そこは空気が読めるミヅハであった。

 

「さて、これで二人きりですわね」


 と、箱がもぞもぞと動く。

 少しして、箱が消えてしまった。

 

 そこにいたのは少年だろうか。

 真っ黒な髪をしていて、かなり長い。

 顔が見えないくらいには。

 

 もじもじとしている姿はどこか庇護欲を誘うものであった。

 

 てっきり声の感じから女の子だと思っていたおじさんだ。

 デメテルという名前は女神のものである。

 ちょっと早まったかと思う。

 

「う……デメテルです」


 まぁ本人は気に入ってるのかもしれない。

 なら、このままでもいいか。

 

「少し触りますわよ」


 前髪をそっと持ち上げるおじさんだ。

 色の白い美少年だと言えるだろう。

 年齢的には、妹よりも少し年上くらいだろうか

 

「ふむ……髪を切りますか。そうしたらすっきりしますわよ」


「う……お姉さまに任せます」


「まぁ人になれることから始めましょうか。まだ怖いのでしょう?」


 コクンと頷くデメテル。

 その頭を軽くなでて、おじさんが言う。

 

「うちのコアたちとお話してみるといいですわ」


「う……う……こ、怖かった……」


 誰が怖かったのだろう。

 そんなことを思うおじさんであった。


誤字報告いつもありがとうございます。

助かります。

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