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1003 おじさん医食同源を説き、やらかす


 聖樹国の親善大使として立候補したおじさんである。

 その翌日のことだ。

 

 父親は早速と言わんばかりにいつもの面子と相談していた。

 おじさんちの温泉地で。

 

 今回は揉めないように、最初から家族同伴でいいと通達して。

 ちゃんと学習しているのだ。

 

 王都のタウンハウスから直通で行ける専用の温泉地。

 今や漆細工で有名になりつつあるタルタラッカ。

 

 王国中から引く手数多となった工芸品は、公爵家が一括して買い上げている。

 卸先の管理や売価の設定諸々、村人がやるには無理があるからだ。

 

 足湯のある四阿(あずまや)で顔を突きあわせる男性陣。

 今回は父親の他に国王と宰相、軍務卿と学園長がいた。

 

「むぅ……今回の器は良いのう」


 蒔絵細工の酒器である。

 そこへ注がれているのは、おじさん作の米酒。

 いわゆる日本酒だ。

 

 透明なそれは酒器に描かれた装飾を損なうことがない。

 飲めば豊かな味わいに、アルコールが香る。

 

 学園長はすっかりと気に入ったようだ。

 

「スラン……この魚の干物はいいですねぇ」


 宰相である。

 もう既に少し顔が赤くなるほどには酔っている。

 

 宰相が口にしているのは、鮭とばだ。

 

 鮭を半身におろして、皮がついたまま縦に細かく切る。

 それを海水で洗ってから、潮風で乾燥させたものだ。

 

 鮭を買い上げた村に指示をだして、おじさんが作らせた。

 細かく切ってそのまま食べてもいいが、ちょっとかたい。

 

 そこで宰相は父親に聞いて、指先から火の魔法をだしてから炙っている。

 適度な塩味と凝縮された旨みが口の中で弾けるのだ。

 そこへお酒を流しこむ。

 

 最高の幸せであった。

 

 ちなみに父親はと言うと、ハラスの部分をそのまま食べている。

 味が濃いのだ。

 それにお酒を合わせるのが好きなのである。

 

 一方で軍務卿はと言えば、食に走っていた。

 彼は酒が飲めないのだから。

 

「ふぅ……これが噂のうどんか」


 暖かい出汁をかけた、かけうどんである。

 いや、正確には甘辛く炊かれたアゲがのったきつねうどんだ。

 お供として、おにぎりと天ぷらのセットも提供されている。

 

「滋味の深いスープじゃな」


 国王も同じくうどんを食べていた。

 なにせ父親からおじさんの話を聞いたのだ。

 その裁可の書類にサインをする必要がある。

 

 既に書類は父親が作っていた。

 なので、後はサインをするだけだ。

 しかしこればかりは酔って書くことができない。

 

 意外と真面目な一面もあるのだ。

 

「こんなもん毎日食ってんのか……ズルいな」


 軍務卿がおにぎりをはむりといく。

 甘辛く炊かれた薄切りの肉が具のものだ。

 

 これも美味い。

 喉につっかえそうになると、うどんの出汁で流しこむ。


「スランよ、いっそのこと王城にでも食堂を作らんか? なら、毎日そこで食べるぞ!」


 がははは、と笑う学園長である。

 少し若返ったからか、食も進んでいるようだ。

 健啖家なのは良いことである。

 

「むおお! これ、美味いな!」

 

 話の腰を折ったのは軍務卿だ。

 

 バターを使ってブロックベーコンをカリッカリに炒め、醤油をたらす。

 それを具にした大きめのおにぎりだ。

 

 公爵家の副料理長考案である。

 完全に男飯であった。

 

「どれ、孫よ。わしにもひとつ寄越さんか」


 興味を惹かれた学園長が興味本位で手を伸ばす。

 それをぴしゃりと叩く軍務卿だ。

 

「爺様は酒でも飲んでるといい」


「ぐぬぬ……なんたる仕打ち! 老い先短い身になんたることを!」


 ガタッと椅子を揺らして学園長が立ち上がった。

 

「リーの治療を受けてから元気いっぱいじゃねーか! 昨日も胃もたれするとか言いながら、肉の塊を食ってただろうが!」


「やかましい!」


 ぎゃあぎゃあと騒がしくなる男性陣であった。

 

 

「まったく、うるさいわね!」


 少し離れた場所でお湯に浸かっていたおじさんたち。

 そこにまで声が届いてきたのだ。

 

 母親が少し怒っている。

 こちらもこちらで大事な話をしていたのである。

 

 もちろん親善大使のことではない。

 おじさん作のちょっとだけ若返るお薬のことだ。

 

 普段使いにするものではない。

 そこでおじさんが開発したのがクリーム状にしたものだ。

 

 成分を薄めて、肌に塗るタイプへと変更したのである。

 

 試作品は三つのみ。

 母親が独占している。

 

 成分を薄めたといっても、母親には十分な効果があったようだ。

 おじさん的には、母親も年齢からすればかなり若い見た目だと思うのだけど。

 それでも美にこだわるのが女性というものか。

 

 おじさんにはよくわからない。

 これから年を重ねていけば、わかるかもしれないが……。

 

 どうにも、おじさんにはピンとこなかったのだ。 

 

「リーちゃん、やってもいいわよ」


 母親である。


「お酒を召し上がっているのでしょう。気になるのなら遮音結界でも張りますわ」


 穏健派のおじさんが指を鳴らす。

 それだけで男性陣の声が聞こえなくなってしまう。

 

「で、リーちゃん。用意できそうかしら?」


 霊山ライグァタムの山頂付近に自生する植物を使ったものだ。

 実はまだ少し在庫はあるが、黙っている。

 乱獲して絶滅するようなことは避けたい。

 

 なので、おじさんは母親に提案した。

 

「用意はできますが、やはり素材の関係で安定供給するのは難しいですわね。なにせトリちゃんにも記録されていなかった新種なのですから」


 古今東西の智を司るトリスメギストス。

 その真骨頂は既に書かれた文献を参照できることだ。

 

 つまり、そのトリスメギストスでさえ知らない植物。

 これは大きな説得力を持っていた。


 とは言え、だ。

 このまま何もないでは納得しないだろう。

 

 いや、納得はしてくれるはずだ。

 しかし――おじさんはがっかりさせたくなかった。

 

 夢で見た女神とのこともあったのだろうか。

 幸せな生活をさせてくれる家族、それに友人たちに報いたいという気持ちがある。


「そこで提案なのですが……」


 ぐるりと一同を見るおじさんだ。

 王妃と母親は頷いた。

 サンドリーヌは真剣な表情になっている。

 メイユェとルルエラは微笑んでいた。

 

「トリちゃんの中に記載されていた情報なのですが、後期魔導帝国時代の一地方では食養生という考え方があったそうなのです」


 話の掴みはバッチリだったようだ。

 

「その食養生では気・血・水という要素を大事にしていたそうですの。トリちゃん曰く、気とは魔力のこと、血とは血液のこと、水とは血液以外の水分のこと。この三つは互いに影響を与えているそうですの」


 これはおじさんの知識によるものだ。

 かつて、おじさんは病気をしたくなかった。

 

 主にお金の問題で。

 だから、病気を未然に防ぐ方法を調べたことがあったのだ。

 

「要は均衡が大事ということですわ。では、この三つの要素の均衡を得るにはどうすればいいのでしょうか。それは日々の食事で変わってくるという考えです」


 おじさん以外の女性陣から、ふむぅという声が漏れる。

 

「本来であれば、個々人の体質や年齢、季節などによって体調も変わりますので、細かく食材の調整をしないといけません」


 おじさんはそこで諦めたのだ。

 これを食え、あれは食べるな、と。

 

 健康を保つにも金がかかる。

 下手をすれば、病院にかかるよりも。

 

 だから――。

 

「サイラカーヤ!」


 侍女を呼ぶ。

 侍女が持ってきたのは、薬瓶であった。

 

「こちらを用意してみましたの」


 おじさんの言葉とともに、侍女が薬瓶を皆に配った。

 一人一本ずつである。

 

「万能薬というほどの効果は期待できません。ですが、飲まないよりは飲んだ方がマシという程度には……」


 と、言葉を濁すおじさんだ。

 中に入っているのは、ただの水である。

 

 ただし、この温泉地で湧く水に神聖魔法を使って祝聖した聖水だ。

 これならコストがかからない。

 

 信じるも信じないも……というやつだ。

 

「いいわね! じゃあ若返りのお薬はどうしてもというときだけ。そういうことでいいのね?」


 さすが母親だ。

 理解が早くて助かる。

 故に、コクンと頷くおじさんだ。

 

「今回は何も味をつけていませんので、水と同じように飲めるはずですわ」


 しれっと言うほどには、強かさを身につけてきた。

 とどめにニコッと微笑んでみる。

 

「では、さっそくいただくわ!」


 メイユェが瓶に口をつける。

 そのまま一息に飲み干してしまった。

 

「あら……なんだかこう身体がぽかぽかしてきたような」

 

 そりゃあ温泉につかっているもの、とは口にはださない。

 おじさんは大人だから。

 

「美味しい……これ本当に水と同じなの?」


 サンドリーヌが疑問を口にする。

 お湯に浸かって喉が渇いているからじゃ? とは言わない。

 

「……確かに。なんていうかこう……身体に染みるような」


 王妃も驚いているようだ。

 汗をかいたからじゃないの? とは言わない。

 

「私は……身体の疲れがとれたような」


 母親もなんだか実感しているようだ。

 気のせいですよ、とは言わない。

 

「私……なんだかこう血の巡りが良くなったような」


 ルルエラもだ。

 のぼせてますか? とは言わない。

 

 皆が何かしらを感じているようだ。

 おじさんはニコニコとしている。

 

 そこへ侍女がぼそっと耳打ちをした。

 

「お嬢様の神聖魔法のせいでは?」


 あ……。

 いやいや、おじさんは聖女ではない。

 

 だから専用に神聖魔法を作って祝聖しても……効果があったのだろうか?

 

 口にだすこともできず、おじさんは少し頬を引き攣らせた。

 信じるも信じないも……ではなかったのかもしれない……。


誤字報告いつもありがとうございます。

感謝です。

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※個人の感想です。 と、小さく書いてある "あれ" が、おじさんにかかるとマジモンのマジになるんだもんなー。
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