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第1002話 おじさんが知らない聖女の儀式


 聖女は今、本神殿で儀式の真っ最中であった。

 と言っても、聖女自身がすることは、ほぼほぼない。

 

 いや、そもそもの話だ。

 彼女は信徒たちの前に顔を見せる機会が少ないのだから。

 

 まぁまだ黙って大人しくしていれば、それなりの美少女である。

 見る人によっては正しく聖女だと思うこともあるだろう。

 

 しかし、神殿内部のものは知っている。

 この娘は――聖女というよりも蛮族である、と。

 

 だから人前にはあまりだしたくないのだ。

 聖女の威光が薄れる、と。

 

 だが、創造神様の週に行われる儀式だけは別である。

 年に一度の大きな行事だからだ。

 

 本神殿の中には信徒の中から選ばれた者だけが儀式に参加する。

 その中には貴族も少なくない。


 だから――蛮族聖女を見せたくはないのだ。

 聖女という存在を見せつける場でもあるのだから困ったものである。

 

 結果として聖女の出番は大幅に減らされているのだ。

 

「毎年思うんだけどさ、退屈よね」


 本神殿内の控え室である。

 聖女は大きめの椅子に腰掛け、足をぶらぶらとさせていた。

 若干だがむすっとしながら。


「それは仕方ありません」


 お付きの女性神官が苦笑交じりに答えた。

 今だって、聖女っぽくないことをしているのだから。

 

「もっとこう! 聖女って色々とやるもんじゃないの?」


「でも、エーリカ様はやること少ない方がいいって言ってたじゃないですか」


「ぐぬぬ……確かにそうなんだけど! なんていうかこうバシッと決めたいのよね、リーみたいに」


 聖女が脳内で描くのはおじさんの姿であった。

 おじさんはいつだって決めるべきところで決めてきたから。

 その格好良い姿が焼きついていたのだ。

 

「リー様って聖女様がお世話になっている公爵家の御令嬢ですよね?」


 女性神官の問いに首肯する聖女である。


「色々とお噂は聞いております。女神様もかくやという美貌の持ち主だとか」


「ばっかね! 確かにリーはスゴい美少女だけど、なんていうかこう神様とかそういうんじゃないから!」


 身振り手振りを使って、よくわからない説明をする聖女だ。

 その様子を見て、女性神官はくすりと笑う。

 

「エーリカ様にとってはお友だちですものね。さすがに神様は言い過ぎましたか」


「言い過ぎじゃないんだけどね!」


 ふふーんと我がことのように胸を張る聖女であった。

 

「そう言えば、学園でも色々と活動なさっているようですね。薔薇乙女十字団の名は神殿でもよく耳にするようになりましたよ」


 ほおん、と聖女が興味を示した。

 どんな噂が流れているのか聞いてみたいのだろう。

 

「そうですね……目新しいところで言えば、新しい種類の踊りでしょう? それに音楽の演奏がとても素晴らしいという話がありましたわ」


「ぬほほほ。続けてちょうだいな!」


 調子に乗る聖女だ。

 女性神官はしめしめという表情になる。

 

 退屈だと聖女が何をするかわからない。

 だから興味を惹けたことが嬉しかったのである。

 

「今年の対校戦では王都の学園が優勝したとも聞きました。うちと付き合いのある行商人たちも王都に行っていましたからね」


 ふんふんと耳を大きくする聖女だ。

 雑談を少ししていると、出番がきたようである。

 別の女性神官が聖女を呼びにきた。

 

「ようやくアタシの出番ね! 待ちくたびれちゃったわ!」


 と、跳ねるようにして椅子を降りる聖女だ。

 そのときに服の裾を踏んづけてしまう。

 バランスを崩した聖女を抱きとめる女性神官。

 

「もう! 気をつけてくださいってば」


 今日の聖女は本格的な祭礼用の衣装なのだ。

 真っ白な貫頭衣なのだが、その裾がやたらと長い。

 そういう仕様なのである。

 

 袖口や襟ぐりには金糸で神殿のシンボルが刺繍されていた。

 小柄な聖女だから、やけにだぼっとした感じがでている。

 

 注意をしながらも女性神官は聖女の服装を整えた。

 そして――頭に透け感の強いヴェールをかぶせる。

 こちらも真っ白のものだ。

 

 こうしてみると結婚式の花嫁のようでもある。

 

「これ、きらーい」


 聖女的にはベールが気に入らないようだが。

 視界にちらちらとするのが鬱陶しいらしい。

 

「ダメですよ、これが正式な聖女様の衣装なのですから」


「ううー、仕方ない。さっさと終わらせるか」


 大股を開いて、ずんずんと歩く聖女だ。

 

「だから! そんな歩き方をしたらダメですって!」


 やっぱり聖女は裾を踏んづけるのだった。

 

 

 本神殿の祭祀の間である。

 ここは年に一度の儀式のときしか解放されない。

 つまり今日だ。

 

 十二之大神とおとふたはしらのおおかみの神像が中央にある。

 円を描くように設置されているのだ。

 

 神像が囲む中央の空白は、姿を隠した創造神の場所とされる。

 そこへ向かって、聖女が進んで行く。

 何度か転けそうになりながら。


 その度にお付きの女性神官たちが手助けをする。

 

 不格好ではあるだろう。

 だが、その姿を微笑ましいと思えるほどに信徒たちには心の余裕があった。

 

 神像の間を抜けて、中央の空席へ。

 ここからは聖女一人になる。

 独壇場ということだ。

 

 誰も声を発しない。

 神殿の壁際にある光球が神像と聖女を照らす。

 

 なかなかに荘厳な雰囲気が漂っていた。

 そこで聖女は跪く。

 

「光の父よ、どうか月の門を通りて。わが声に耳を傾け、星の海を越えて、この地に降りてください」


 聖女の唄うような詠唱であった。

 これは魔法のためのものではない。

 聖句と呼ばれるものだ。

 

 聖女の聖句に反応するかのように、大神たちの神像がほのかな光を放つ。

 

「永遠の意志よ、どうかわが身に宿りて。闇を照らし、光をこの地にもたらしてください。あなたの力、わたしの心に預けて」


 聖女がトランス状態に入る。

 ここまで入りこむのは珍しい。

 

 いつもならもっと――お付きの女性神官たちは少し不安を覚えていた。

 

「慈悲の眼よ、どうか我らを見守りて。希望の種をこの地に蒔き、永遠の約束を我らに授けてください」


 聖女の祈りが終わる。

 同時に、神像から放たれた光が消えた。

 

 これで儀式も終わり。

 今年も素晴らしいものが見られたと多くの信徒たちが思ったときである。

 

 聖女の身体に一条の光が降り注ぐ。

 同時に神威の波動が神殿内に満たされた。

 

 信徒たちは一斉に膝をつく。

 なにかの神が降臨されたと思ったからである。

 

『……祝福あれ』


 厳かな声が、祭祀の間に響き渡った。

 次の瞬間――聖女の身体がぶるりと震える。

 そして、膝から崩れ落ちた。

 

「エーリカ様!」


 女性神官たちが駆け寄る。

 

 いかに蛮族といえど、聖女は聖女。

 神下ろしの儀式に成功してしまうなんて。

 

 そんな思いを抱えながら、女性神官の一人が聖女を背に負う。

 ただ意識を失っているだけである。

 

 いかに蛮族といえど、聖女は聖女。

 ――大巫女様ですら難しい神下ろしの儀式を成功させたのだ。

 

 図らずもバッチリ決めてしまった聖女なのであった。


 ここにパトリーシア嬢がいれば言うであろう。

 偶にああなるのです、と。

 級友たちにすれば、何度か目にしている姿なのだから。

 

 だが――ここにいる信徒たちは知らない。

 故に、聖女様スゴいとなるのであった。


誤字報告いつもありがとうございます。

助かります。

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― 新着の感想 ―
この話とは関係ないのですが、エーリカって元王太子に惚れてる話ありましたけど、もうなんとも思ってないのですか?
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