999 おじさん不在の本神殿で行われる蛮行
聖女の部屋である。
弾かれたようにマニャミィは起き上がった。
そこへアーモスからの蹴りが飛んでくる。
間一髪というところで、ガードするマニャミィだ。
どん、とマニャミィの身体が浮き上がった。
椅子をなぎ倒して、床の上を転がる。
「品のない女というのは、どうにも苦手です」
落ちついた口調で、ニヤニヤと笑うアーモス。
「二度目だぞ、ごるあぁ」
マニャミィは傷ついたのだ。
品のないという言葉で。
だって、品性とは大事だと学んだのだ。
姉がいい反面教師になってくれたから。
ペッと唾を吐くマニャミィ。
そこには血が混じっていた。
転がったときに、口の中を切ったのだろう。
「まだ、やる気ですか? 実力差はわかったでしょうに?」
「おいおい! 口げんかしにきたのかよ? おおん?」
マニャミィは両腕を顔の前にあげる。
そして、上半身を前傾させて左右に振った。
要はボクシングのインファイトで使われる構えだ。
「挽肉にしてやンよ!」
最大限の身体強化。
同時に、倒れた椅子を踏み潰しながらマニャミィは突進した。
身体を左右に振って、的を絞らせない。
そのままアーモスの懐に入る。
一気に距離を制圧したのだ。
懐に入ったマニャミィは同時に攻撃の態勢に入っていた。
踏みこむ右足。
腰を使って回転させ放つ左フック。
それがアーモスの脇腹に入った。
「あぎゃ!」
声をあげたのはマニャミィの方だった。
アーモスは用意周到だったのだ。
神官のだぼっとした服の下にしっかり鎧をつけていたのである。
金属をそのまま叩いてしまったマニャミィ。
「ごほっ……」
同時にアーモスも息を吐く。
そして――マニャミィから距離をとるように跳び退る。
「なんて力ですか。金属の鎧をひしゃげさせるなんて……」
だが、マニャミィは退かなかった。
乙女心を傷つけられたのだから。
こんなことで許しはしない。
まだ一発入れただけ。
フルぼっこにしてやる。
そう意気込んで、マニャミィはアーモスを追う。
「ちぃ! 思っていたよりも面倒ですね!」
アーモスは前蹴りを放つ。
とにかく距離を取りたかったのだ。
近接戦闘では明らかに自分が不利。
ならば――距離をとるしかない。
もともとアーモスは中距離で戦うのが得意なのだから。
「うるっさい! この性病持ちが!」
アーモスの前蹴りをいなして、マニャミィが叫んだ。
「だ、誰が性病持ちですか! 私のはずがありません!」
明らかに動揺するアーモスであった。
「クルートのケツがよう、イボイボだらけになったじゃねえか!」
そんな大事な個人情報を暴露してはいけない。
だが、切れたマニャミィは配慮がなかった。
「ち、ちがう。私は性病なんて……」
マニャミィが懐に入った。
先ほどと同じく、右足で踏みこんでからの左フック。
だが、アーモスは対応してくる。
的確にマニャミィの拳をガードしようとして、左腕で腹をカバーした。
しかし、アーモスの予想とは裏腹に衝撃はこなかったのだ。
マニャミィのフェイントであった。
左拳を振り切るのをやめて、途中で拳をとめていた。
瞬間、足を入れ替えて今度は右のフックだ。
再びアーモスの腹にマニャミィの拳が炸裂した。
両者ともに悲鳴をあげる。
マニャミィの拳は皮がめくれて、軽く出血していた。
他方でアーモスの方も金属の板金がひしゃげ、腹を圧迫している。
「ぐぅ……」
と、顔の位置が下がるアーモスだ。
「おるらあああ」
その見逃すマニャミィではない。
すかさず沈みこんで、今度は突き上げるような形で拳を放つ。
「見え見えですよ」
両腕で顎の下をガードするアーモスだ。
しかし、次の瞬間にはマニャミィの拳が火を噴いていた。
アーモスの股間で。
「ああああああああ!」
ぺきっとかぺきょって手応えを感じたマニャミィだ。
「性病まき散らしかしてんじゃねえ! このタンポポ野郎が!」
失禁したのか、アーモスの股間が濡れていた。
同時に血の臭いもする。
そして――股間を押さえて転げ回るアーモスだ。
額から滝のような脂汗がでている。
「なにがあったのです!」
そこへ女性神官が入ってきた。
聖女付きの者たちだ。
「こいつ、アーモスとかいう襲撃者です!」
あんだってええ!
女性神官たちの額に青筋が浮かぶ。
彼女たちにとっては、聖女を狙った敵だ。
敵ならば抹殺する。
「おらああああ!」
女性神官の一人が、アーモスの尻を蹴り上げる。
「てめぇこらああ!」
別の一人がアーモスの腹を蹴る。
そこからはもうフルぼっこだ。
というか集団暴行である。
年嵩の女性神官はマニャミィを抱き寄せていた。
「よくがんばりましたね。怪我を治癒しましょう」
「……すみません」
と頭を下げるマニャミィだ。
しかし――彼女はまだ気が晴れていなかった。
「治癒をしてもらう前に……」
と、アーモスを見る。
意図を察したのか、年嵩の女性神官は頷く。
同時にマニャミィは跳んでいた。
そして――空中から全体重をかけてアーモスを踏みつけるのであった。
「ちょっとマニャミィ!」
聖女だ。
妹のことを知って、駆けつけてきたのである。
「あんた、大丈夫なの?」
マニャミィは本神殿にある一室で寝かされていた。
既に治癒は終わっている。
だから元気なものだ。
「あ、おね……エーリカ様」
聖女の後ろに女性神官の姿が見えたのである。
なので、口調を直す。
「負けなかったでしょうね?」
「ちゃんと勝ったわよ!」
「なら、良し!」
なははは、と笑う聖女であった。
その姿を見て、力が抜けるマニャミィだ。
「しっかしあれね。あのアーモスとか言うの、あんまり強くないのね」
「なんでさー! アタシだって怪我したんだけど?」
もう口調を隠す気がなくなっているマニャミィである。
「いやだって、あんたが勝つくらいだから」
「おおん? いまなんつった?」
というのは冗談よ、と聖女が笑う。
少し泣きそうな顔で。
そして――マニャミィに抱きついた。
耳元で囁く。
「まったく。心配したんだからね! ちゃんと助けを呼びなさいよ」
「……うん。ごめん」
それだけ言って離れる聖女だ。
「怪我はないのよね?」
「もう神官さんが治してくれた」
そう、と聖女が笑顔を見せて――女性神官たちに頭を下げた。
「ありがとう。助かったわ」
殊勝な姿を見せる聖女だ。
その姿に感動を禁じ得ない女性神官たち。
いわゆるギャップ萌えというやつだった。
奔放すぎる聖女が、しおらしくお礼を言って頭を下げたのだから。
「私たちはさほどのことをしていませんので、お気遣いは無用です」
そんな返事をする女性神官。
聖女はマニャミィの肩を掴む。
「ところでマニャミィ。ひとつ聞きたいんだけど!」
思ったより強い口調だったので、マニャミィは少し動揺してしまった。
「な、なによ?」
「アタシの部屋のクッキーがなくなってたんだけど?」
「え? あれはいらないって……」
「そんなこと言ってないでしょうが! 飽きたとは言ったけど、後で食べるつもりだったの!」
「えー! そんなの聞いてない!」
平常運転に戻った聖女を見て、ほっこりする女性神官たちであった。