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980 おじさんの使い魔が張り切った結果は?


 引き続き、霊樹の下である。

 おじさんに語りかける者がいた。

 

 空気を変えたかったトリスメギストスだ。

 べつにしんみりした空気が嫌いなわけではない。

 ただ、告げておく必要があった。

 

『主よ、そろそろだぞ』


「なにがです?」


『霊樹の精霊が生まれるのが、だ』


「あ……さっきの魔力ですか?」


 思い切り心当たりがあったおじさんだ。

 先ほど霊樹の幹を触ったときのことである。

 

『で、あるな。まぁ霊樹の精霊といっても……』


 トリスメギストスの言葉の途中で霊樹が輝きを放つ。

 一瞬にして花が咲き誇る。

 

 先ほどよりも濃密な香りが辺りに充満した。

 そこへ霊樹の幹から顕現したのは、人型の精霊だ。

 

 いや人型はそうなのだが、完全に人ではない。

 柔らかく流動的な人型で、水や光のような質感である。

 

 エメラルドグリーンの瞳に、頬には葉脈のような紋様が入っていた。

 髪には花や若葉が編みこまれている。

 

 大地の大精霊と少し似ていると思うおじさんだ。

 

「初めまして、お母様」


 ニコッと微笑む霊樹の精霊だ。

 おじさんのことを母親と呼んでいる。

 炎帝龍に続いて、二人目だ。

 

「……初めまして。霊樹の精霊でいいのですか?」


 コクンと頷く精霊である。

 おじさんは精霊の名前を考えていた。

 

「エリュシオン。あなたの名はエリュシオンとしましょう」

 

 ギリシア神話における登場する死後の楽園のことだ。

 正しい行ないをした者が死後に移り住むとされる世界、あるいは至福者の島という意味を持つ。

 

 おじさんの言葉ににぱっと笑う霊樹の精霊だ。

 その頭にそっと触れるおじさんである。

 

 おじさんが触れた部分から波紋が起こった。

 不思議だ。

 さすがファンタジーである。

 

「エリュシオン……お母様、ありがとう」


 ぺかーと光るエリュシオン。

 そして――霊樹の花が咲く。

 

 桜のような薄桃色の花弁が美しい。

 

 おじさんの前にエリュシオンが立つ。

 まだ背は低い。

 頭がおじさんの胸あたりにくる。

 

 そのままぎゅっとおじさんを抱きしめる霊樹の精霊だ。

 

「お母様にこれを」


 にょきっと地面から根っこが生えてきた。

 その先端には葉っぱと果実、花びらが詰まった蔓籠がある。

 

「いいのですか? こんなに力を使っても」


「お母様の魔力があるから大丈夫です」


「では、ありがたくちょうだいしましょう。トリちゃん!」


『うむ。心得ておる。我が預かろう。その前に、だ』


 ふよふよと飛んでくるトリスメギストス。

 サッとおじさんの後ろに隠れる霊樹の精霊だ。

 

『怖がらずともいい。我は主の使い魔筆頭のトリスメギストス! 筆頭!』


 いつものようにマウントを取りにいくトリスメギストスであった。

 

「まったく、トリちゃんは。よろしくやってくださいな」


 半ば呆れながらも、霊樹の精霊の頭をなでるおじさんであった。


「エリュシオン。この辺りにお花を咲かせたいのですが、できますか?」


「お母様の魔力があればできます」


「いくらでも使ってかまいませんわ」


 霊樹の精霊の頭に手を置くおじさんだ。

 次の瞬間、霊樹の根っこ周辺に草花が広がっていく。

 

「もういいですわ。ここはいい憩いの場になりますわ」


 おじさん大満足であった。

 少し疲れたのだろう。

 

 ぎゅっとおじさんをハグした後に、霊樹の精霊が幹へと帰っていく。

 

『ふむ。まぁ我の都市計画に組み込んでしまうか』


「トリちゃん、どんな感じにしたいのです?」


 疑問を口にするおじさんである。

 

『うむ。新市街は領都を囲むように円形になっておるからな。まずは環状の道路を作ろうと思っておる。さらに領都の城門を中心に放射状に道を作ることで交通の便をはかるつもりだ』


「……なるほど」


『我の考えでは新城壁周辺から外層、中層、内層と区分けするつもりであるな。外層には商業区・工業区・行政区・農地などを置く。中層には住宅区を中心に商店を、内層には行政区や公共区を中心とするつもりだ』


 さらに、と続けるトリスメギストスである。

 

『新市街を東西南北の四つに分ける。交易の中心になるのは現状でも賑わっている東門を商業区、北門には工業区、西門には公共区と霊樹の緑地、南門には住宅を中心としたいと思う』


 あーと声をだすおじさんだ。

 かなり効率的に配置していく予定なのだと頭の中で地図を作りながら納得した。

 

「いいでしょう。今ならいくらでも作り直しが聞きます。まずは縄張りからしてしまいますわよ」


 もちろん魔法で、だ。

 

『うむ! まぁ我に任せてくれ。主よ、魔力を借りるぞ』


「いくらでもどうぞ」


 いつもより張り切っているトリスメギストス。

 本来はこういう使い方がいいのかもしれないと思うおじさんだ。

 

『ぬわははは! まさかこういうことができる日がくるとはな! 主上と主には感謝しかない!』


 はいやああと魔法を放つトリスメギストスだ。

 一気に地面に線が引かれていく。

 

 大きな環状道路がど真ん中にひとつ。

 中くらいの環状道路が、それを挟むようにできる。

 さらに城門から放射状に道ができていく。

 

「これは……もう笑うしかないね」


 祖母だ。

 苦笑するしかなかった。

 

 マカダム舗装がされた道が一瞬でできあがっていくのだから。

 しかも、精度が正確無比である。

 

「トリちゃん、旧城壁の近くに迎賓館を作るのをお忘れなく」


『もちろんだ。主よ、迎賓館の建物は作ってしまおう。これは喫緊の問題だからな』


「そうですわね! トリちゃん、いけますか?」


『問題ない。ガワだけ作って、後は転移陣で移動だからな。馬車を停める場所をメインに確保しておく』


 だりゃああとさらに気合いをこめて魔法を発動するトリスメギストス。

 

 どんどこ町ができあがっていく。

 

「リー! 騎士の詰め所を作っておいてくれんか?」


 祖父が便乗して言う。

 

「承知しました。トリちゃん!」


『任せておけ! それは想定済みだ。王都のタウンハウスにある騎士隊舎を参考に作っておこう!』


 さらに魔法を発動するトリスメギストス。

 

「トリちゃん、公共区は公園と公衆浴場を作りますわよ!」


『むわはは! まかせておけ!』


「後は図書館も作りたいですが、こちらは縄張りだけでいいですわ」


『たやすいことだ!』


 高笑いをしながら魔法を発動するトリスメギストスだ。

 

 ――結果。

 一時間もかからずに新市街の縄張りが終わった。

 

 道路は既に完成している。

 外灯も一定の間隔で置かれているのだからそれもすごい。

 しかも至急必要な建物付きという荒技だ。

 

「……できちゃったねぇ」


「……だなぁ」


 祖父母は開いた口がふさがらない状況であった。

 

「お祖父様、お祖母様、とりあえずこんなものでどうです?」


 おじさんが微笑んでいる。


『我としてはよくできていると思うが……』


「リー! トリスメギストス殿、後はこちらで引き受けよう! よくやってくれた!」


 祖父が大音声で言う。

 祖母は苦笑しながらも、おじさんの頭をなでていた。

 

「トリスメギストス殿、地図を作ることはできるだろうか?」


『祖母殿、そのような些末なことはもう既に終わっておる』


 トリスメギストスの宝珠が輝くと、祖父母の手に地図があった。

 かなり詳細な地図である。

 しかも、どこに何を設置すべきかまで記入されているのだ。

 

 もう、後は業者を選定して、工事の許可をだすだけである。

 そろそろ創造神様の週に入るのだから、本格的な着工は来年となるだろうが。

 

「さて、少し休憩にしましょう。後はダンジョンで宿泊場所を作って、ゴーレム作りですわね!」


 やることが沢山あって嬉しいおじさんだ。

 

「エリュシオン。お茶にしましょう」


 今日は侍女がいない。

 だから、おじさんが動く。

 宝珠次元庫からテーブルと椅子をだす。

 

 お茶を淹れるおじさんだ。

 茶菓子も用意して万全である。


 和やかな時間だ。

 

 祖母はトリスメギストスと相談中だ。

 色々と新市街で聞きたいことがあるのだろう。


 霊樹の精霊を膝にのせて、おじさんはお茶を楽しむ。

 

「お母様、精霊が集まってきてます」


「ほおん……精霊たちもお菓子を食べますか?」


 恐らくは下級未満の精霊たちだろう。

 目の力を使えば見えるはずだが、そこまではしないおじさんだ。

 

 テーブルのお菓子がパッと消えた。

 

「好きなだけ召し上がれ」


 大精霊とも縁の深いおじさんである。

 故に精霊たちも懐くのだ。

 

 後年のことである。

 霊樹のある公爵家の領都では、ひとつの噂が立つ。

 

 曰く、満月の夜に霊樹の下でお茶をするリー様のお姿が見える、と。

 

 信じるか信じないかは――。


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― 新着の感想 ―
>後年のことである。 >霊樹のある公爵家の領都では、ひとつの噂が立つ。 >曰く、満月の夜に霊樹の下でお茶をするリー様のお姿が見える、と。 >信じるか信じないかは――。  エリュシオンだろうなぁ。
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