976 おじさんは弟妹たちに魔法を教え、冒険者は……
おじさんは弟妹たちと訓練所にいた。
今回も端っこの方を借りているのだ。
しかし、騎士たちは興味津々である。
なにせ、おじさんが弟妹たちに魔法を教えるのだから。
それは自分たちにとっても、有益な情報にちがいない、と耳をそばだてていたのだ。
「姉さまの氷弾・改を教えてほしいんだ」
弟が切りだした。
おじさんの氷弾はカスタマイズしてある。
基本的な魔法である氷弾。
その威力と速度を高めたのが改だ。
ちなみに改・二式は加速型の氷弾である。
三式は二式に魔力を吸収させる機能をつけた結界突破型のものだ。
「いいでしょう。では、まず基本となる弾系の魔法をみせてくださいな」
おじさんの言葉に頷いて弟は丁寧に術式を編む。
そして詠唱をして、基本となる氷弾を放った。
ふむ、とおじさんは頷く。
弟は基本となる氷弾はできているようだ。
まだ手足のように操るというわけにはいかない。
まだ十歳という年齢を考えれば十分だろう。
「ねーさま! そにあもする!」
妹がえいやーと魔法を放つ。
得意にしている風弾だ。
さすがにまだ未完成といった印象が強い。
だが、きちんと魔法になっている。
「メルテジオはもう少し基礎を高めた方がいいですわね。今の段階でも改を扱うことはできます。ですが、基礎を高めれば、より改の威力も増します」
おじさんの言葉にニコッと微笑む弟だ。
大好きな姉に認められたのが嬉しかったのだろう。
「そにあは?」
妹も目を輝かせている。
「ソニアも魔法の形はできていますわね! すごいですわよ」
「やったー」
と無邪気に喜ぶ妹であった。
そこから、おじさんの講義が始まる。
妹にもわかりやすくかみ砕いて説明したのだ。
もちろん弟にはより専門的なことを教える。
――結果。
一時間もせずに効果がでた。
「やった!」
弟の放った氷弾が的を壊したのだ。
初めてのことである。
その成果に喜ぶ弟だ。
「そにあも!」
妹の方も形になってきている。
「いいですわね! 二人とも」
おじさんは弟妹たちの頭をなでていた。
「メルテジオは改に進みましょう」
「そにあは?」
「ソニアは風弾をもっと使えるようにしましょう」
と、おじさんは妹の背中に回る。
そして、その細い腕をとった。
「いいですか、ソニア」
うん、と頷く妹である。
おじさんが外部から干渉して魔法を使わせた。
ただの風弾である。
しかし、その精度が段違いだ。
「……わかりましたか? 魔力の動きが」
「うん……なんかぐにょっとしてなかった」
どうやら妹は天才肌のようである。
続いて、弟にも同じことをするおじさんだ。
「メルテジオ、よく感じるのですよ。術式を覚えるのは後でかまいません。魔力の制御が改では重要になりますからね」
おじさんの髪から、ふわりといい匂いがする。
「氷弾・改!」
先ほどの氷弾とは桁ちがいのものが飛んでいく。
当然だが、的を貫通して訓練場の結界にまで達してしまう。
「どうですか? わかりましたか?」
「……姉さま、スゴい」
ほええ、となる弟であった。
その隣でえいやーと魔法を放つ妹である。
今度は完璧な風弾であった。
「やったああ!」
「さぁメルテジオもやってみて」
おじさんの言葉に力強く頷く弟であった。
周囲で見ていた騎士たちは思う。
おじさんたちは高性能すぎる、と。
――性病。
それはこの世界でもあるものだ。
マニャミィは冒険者育成学校で習った。
特に男の冒険者は娼館にハマる者が少なくない。
そうしたときに性病に関する知識があって損はないのだから。
もちろん男性だけではなく、女性冒険者にとっても大事な知識だ。
もちろんマニャミィには前世の知識もある。
が……この世界ならではの、というケースもあった。
性病とは言っても、別に性交渉だけが感染原因ではない。
他にも感染する原因というのはあるのものだ。
だから特定するわけではない。
ないのだが……。
マニャミィはクルートを見た。
気まずそうに顔を赤らめている。
「むぅ……性病。クルートは悪い遊びを覚えた」
ヤイナの一言にクルートは叫んでいた。
「だからちげーし! オレってば童貞だし!」
言ってから、ハッとなる。
なんだか侯爵家の使用人たちにも見られているような気がしたから。
まぁまだ十四才というお年頃。
童貞であったとしても恥ずべき年齢ではない。
いや、例え高齢であったとしても恥じることではないのだ。
たかだか性交渉の経験があるというだけのことだから。
しかし、思春期には気恥ずかしく思えてしまう。
「いや、あんたが童貞だとかどうでもいいのよ」
マニャミィが冷静に言う。
「だって患部がお尻ってことは……あんた……」
「いい!? いやいやいやいや! ないって! それは絶対に!」
ぶんぶんと手を振って全力で否定するクルートだ。
「でも動かぬ証拠がある!」
ヤイナが指さす。
「ちげーって!」
「クルート。あんた……あのアーモスって偽神官に一服盛られたとか」
マニャミィは前世での知識を使って言う。
彼女の前世では酒に酔わせたり、というのも常套手段であった。
「え? ああ……」
ぎくりと胸が痛むクルートだ。
あのレブの茶を飲んだあと、ものすごく眠くなった。
もしや……。
すぅと顔を青ざめさせるクルートであった。
「あんたねぇ……」
マニャミィが立ち上がった。
「ヤイナ、ごめん。聖女様に言っておいてくれる? 私はこのバカを治療院に連れて行くから」
「むぅ……わかった。クルート、私は気にしない」
なにを、だと問いたいところだろう。
しかし反射的にクルートは叫んでいた。
「いや、オレが気にするんだよ!」
「いいから、行くわよ」
「え? マジで? い、イヤだ!」
全力で拒否するクルートである。
だって、もしこれが性病だとしたら……。
危ない悪戯をされたことが確定してしまう。
そんな思いに囚われていたからだ。
「バカ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
マニャミィの言うことは正論だ。
免疫力が高ければ、放置していても治る病気もある。
しかし、深刻なものなら治療しないといけない。
放置していれば、それこそ重篤な状態になるケースもあるのだから。
「イヤだ! ちがうから! そんなんじゃないか……ら?」
クルートの首筋に手刀が落とされたのだ。
見れば、コントレラス侯爵家の護衛騎士がいた。
「すまない。ちと耳に入ったからな。犬にでも噛まれたと思って治療した方がいい。神殿の治療院にはオレが連れて行こう」
「ええと……いいんですか?」
「ああ……まぁこういうのは男同士の方が気兼ねしなくていい。お嬢さんたちの前だとどうしたって格好をつけたがるのが男ってもんだからな」
クルートの肩を担ぐ騎士だ。
「すみません……クルートのこと、お願いします」
「オレはコントレラス侯爵家の護衛騎士ゲインと言う。彼のことは責任をもって治療院に運んでおこう」
そう言って、護衛騎士はクルートを担いで行った。
残されたマニャミィはヤイナを見る。
「まったく……あのバカ」
言葉とは裏腹に心配そうな表情のマニャミィである。
「……さっきの人、あの神官と同じ臭いがするかも?」
ヤイナがぼそりと言った。
「……嘘でしょう? それ、どっちの意味で?」
「ん! 男を狙っている感じがした」
時既に遅しであった。