966 おじさんは祖父を掌の上でコロコロする
公爵家の領都本邸である。
おじさんは祖父とともにサロンにいた。
「して、リーよ。あの二人はどうするのじゃ?」
シーグリットとエルヴァンのことだ。
元農業研究所の所長と主任研究者である。
どちらも専門家と言えるだろう。
「あの二人はうちのダンジョンにきてもらいたいのです」
あーと声をだす祖父だ。
おじさんは現状で四つのダンジョンを持っている。
アミラの初心者専用ダンジョン。
コルネリウスの生産系ダンジョン。
ウルディアの塔型ダンジョン。
ディーパの学園ダンジョン。
この中で二人を引きこみたいのはコルネリウスの生産系ダンジョンだ。
今では果樹園エリアを初めとして、様々な農作物を作っている。
蛇人族の作るヒーチェリなどもだ。
満足できるできの物を作っている自信はある。
しかし、おじさんもコルネリウスも専門家ではない。
そこで専門的な目線を入れてみたかったのだ。
もちろん将来的にはさらに作れるものを増やしたいと考えている。
だから、そこに協力して欲しいのだ。
そもそも研究所という機関では、ある程度の成果をださないといけないのだろう。
予算を確保するために。
本来なら赤字度外視で行うような分野かもしれない。
ただ、それは現実的には無理な話なのだ。
だから、おじさんの出番である。
おじさんのダンジョンなら問題ない。
赤字が出ようが度外視できる。
むしろ、どんとこいがおじさんだ。
だってお金の使い方が下手だから。
「なるほどのう。確かに専門家がいれば心強いな」
「でしょう?」
にんまりと笑うおじさんである。
「しかし――思うんじゃが、やはり公爵家の主要な都市だけでも転移陣で繋いでしまうか? リーがおるとおらんのでは大きなちがいだ」
今回訪れた黄金の三角地帯、本来なら領都からだと馬で一週間以上かかる。
魔甲蟲の大群に襲われた場合、そこまで町が持たなかったもしれない。
いや、エルヴァンの研究が続いていれば、だ。
大地の大精霊からおとがめがあっただろう。
そうなった場合、魔甲蟲どころではない騒ぎが起こるかもしれない。
「んーわたくしはどちらでも。ただまぁこれでも学生の身ですからね。いつでも動けるとは限りません。そこはお祖母様とも要相談ということで」
都合良く学生の身分を使うおじさんだ。
心の中ではぺろっと舌を出していることだろう。
「で、あるな。しかし、それにしてもハリエットはまだ帰ってきておらん。麻雀か、よし、ここはひとつスランでも誘って……」
「お父様はお仕事でしたわよ」
ぐぬぅと呟きを漏らす祖父であった。
「お祖父様、お時間があるのですか?」
「うむ。今日は騎士団に稽古をつける予定ではあったがのう」
まぁ色々とバタバタしていたわけだ。
なら、とおじさんは提案する。
「もしよければ、メルテジオとソニアを連れてダンジョンに行きませんか?」
「なぬ! メルテジオはまだわかるが、ソニアもか!」
「わたくしのダンジョンですもの。二人を連れて行っても問題ありませんわ」
それに、とおじさんは指をひとつ立てる。
「お祖父様の格好良いところを二人に見せられるではないですか!」
うわはははと祖父が笑声をあげた。
「もっとも! であるな! リー。その提案気に入った!」
ぬははは! とさらに笑う祖父である。
ちょろいと思うおじさんであった。
「では、どのダンジョンにしますか?」
「塔型のダンジョンへ行くか?」
「あそこは少しメルテジオたちには厳しいですわね」
「ふむ……それもそうか。いかにリーがいたとしてもなぁ」
本当は余裕である。
ただ、おじさんは少し二人にダンジョンを体験させてみたかった。
コルネリウスのダンジョンは生産特化型なので今回は排除できる。
ウルディアの塔型ダンジョンは先ほどのとおり。
残るはアミラのダンジョンか、ディーパのダンジョンのどちらかだ。
「二人が遊べるという意味ではアミラのダンジョンがいいかもしれませんわね!」
「ふむ……まぁリーがそういうのなら。そう言えば、もう一つは学園のダンジョンであったな。さすがにそこに乗りこむ訳にはいかんか」
祖父も納得したようだ。
「では、お祖父様。昼食をとったら二人を誘ってダンジョンへ行きましょう」
「うむ! 完璧であるな」
ということで、サロンから移動するおじさんたち。
目指すは王都のタウンハウスだ。
と言っても、転移陣で移動するだけだが。
「そうそう。サイラカーヤにお願いしたいことがありますの。シクステンとメルトレーザには、こちらを褒賞として渡しておいてくださいな」
おじさんは宝珠次元庫から、小さめの革袋を二つとりだす。
「どちらにも同じ回復薬が入っていますので」
「畏まりました。渡しておきます」
タウンハウスの食堂である。
本日は珍しく祖父がいた。
そのことにテンションが上がる妹だ。
妹が祖父の膝の上にのっている。
「ということで、午後からはダンジョンに行きましょうか」
おじさんの鶴の一声であった。
そろそろ弟妹たちのお勉強も一息つく時期なのだ。
なにせ創造神様の週が迫っているから。
「やったあああ!」
妹と弟が喜ぶ。
だが、それ以上に喜んでいる者がいた。
蛮族二号である。
「やっふううううう!」
と、踊りまで披露しているほどだ。
「リー! どこのダンジョンに行くの!」
「ケルシーは行けませんわよ?」
「なんでだーーーーー!」
地団駄を踏むケルシーである。
「だって、ケルシーはまだお勉強が終わっていないでしょう?」
ケルシーは学園の試験でギリギリすぎた。
故に課題という名の宿題を出されていたのだ。
お休みに入るから。
「う……」
「お勉強を終わらせませんと、遊びには行かせられませんわよ」
おじさんは三学期から正式に講師となるのだ。
だから、今までのように甘い対応をとるつもりはない。
「お、おおお……終わったもん!」
苦し紛れの一言を吐くケルシー。
ただ十人中十人が嘘だと思う言葉であった。
「仕方ありませんね。こういう手段はとりたくなかったのですが」
スッと目線をむけるおじさんだ。
その先には笑いを堪えきれないクロリンダがいた。
がしっとケルシーの肩を掴む。
「な、なにをするだー!」
「ふふふ……お嬢様、私と一緒に地獄を見に行きましょう」
そう。
クロリンダはここのところ再勉強中である。
侍女長の手によって。
「い、いやだあああ」
ジタバタと逃げだそうとするケルシーだ。
その首筋に恐ろしく早い手刀が打ちこまれる。
侍女だ。
「まったく、勉強をするくらいで大げさな」
意識をなくしたケルシーをクロリンダが肩に担ぐ。
「クロリンダ、きちんとケルシーには勉強をさせてくださいな」
はい! と元気よく答えるクロリンダであった。
「では、まずは食事にしましょう」
おじさんの言葉に弟妹たちが喜ぶ。
祖父も同様である。
「あら。今日はうなぎですのね」
おじさんたちの前に運ばれてきたのはうな重だ。
土用のウナギということで、夏場が旬のイメージがあるかもしれない。
しかし、実際にはうなぎは冬の冬眠前が旬だ。
特にこの時期は冬眠に備えて、肥え太るため脂がのっている。
まぁおじさんの知る前世のうなぎと同じとは限らない。
が、今日のうなぎは見た目からして美味しそうであった。
実際に手をつけてみると、ものすごく美味しい。
おじさんも思わず、ほうと声をあげてしまうほどだ。
当然だが祖父も弟妹たちも笑顔である。
「ふむぅ……美味いのう」
しみじみと言う祖父である。
既にお重の中は空っぽだ。
ただ、ここでおかわりにいかないのが蛮族とのちがいである。
なにせ、この後はダンジョンに行くのだから。
「ええ……とても美味しいですわね」
おじさんも異論はなかった。
とにかく美味しかったので、ぺろりと食べてしまったのだから。
「おじーさま、だんじょんこわい?」
妹が祖父に聞く。
その小さな頭をなでながら祖父が言う。
「今日のダンジョンは問題ないのう。ただ、他のダンジョンは怖いところじゃからな。そこは覚えておく方がいい」
「ふぅん……」
わかったような、わかってないような。
妹はニコニコしている。
「姉さま、魔物はいないの?」
弟がおじさんに聞く。
「魔物もいませんわね。他のダンジョンにはいますが、今回のは特殊なので」
へぇと弟も頷いている。
興味津々のようだ。
「ま、行ってみればわかりますわよ」
ニコッと微笑むおじさんであった。
そこへケルシーの声が響いてくる。
「ほんとね! 終わったらうなぎ食べていいのね!」
見事にエサに釣られた蛮族なのだった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




