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その6

 幻獣術士見習いの初めての召喚には、教官が立ち会うのが通例だ。


 教官は見習いの準備した召喚陣に不備がないかどうかを確認し、魔力が流し込まれて発動するまで見届ける。


 ティットの召喚陣は、それはそれは正確に幻獣記号が書き込まれていたので、指導にあたっていたナイヤーニ教官から大変褒められた。


 なんでも、かなり不器用な見習いもいて、何度も記号を書く練習を繰り返し特訓した挙げ句、それでもなお通常の大きさの規定陣に書き込むのが難しかったため、倍くらい大きなものを用意したこともあったらしい。


 ティットの召喚陣はお褒めいただいたものの、発動したかどうかは、魔力の光が大変に見えづらかったため何度か確認された。


 ティットの三倍くらいありそうな大きな瞳を細め、ナイヤーニ教官は用紙を近づけたり遠ざけたりしていた。


「いやね、老眼かしら。年は取りたくないものね」


 そんな小さな呟きに、ティットはぎょっとした。


 ナイヤーニ教官は年齢不詳の美女である。老け顔の三十歳、オットカン教官よりも若く見えるほどだ。


 彼女に対するオットカン教官の態度からして彼よりは年上なのだろうと見当をつけてはいたものの、よもや老眼が出るほどの年齢とは思いもしなかった。


 ティットは聞かなかったことにして、周囲の見習いたちに目をやった。


 鮮やかな緋色や眩い金色、淡い水色などなど彩り豊かである。実に羨ましい。


「大丈夫、ちゃんと発動しているわ。ティットの魔力は曇の日の海面のような色なのね」


 ナイヤーニ教官はそのように形容してくれたが、残念ながら内陸の山育ちのティットは海を見たことがなかった。


 いつか海を見に行ってみようと考えながら、ティットはナイヤーニ教官から返された召喚陣の用紙を受け取って机の上においた。自分の魔力ながら、見えにくい魔力である。だが、召喚陣がぼんやりと薄れて見えるから、魔力が出ていることは確かだ。


 幻獣は魔力感知能力に優れているので、見えづらくとも問題はない、はず。


 あとは待つのみである。ティットが書き上げるのは早い方だったので、まだ半数以上が確認待ちをしている。


 ティットは待った。ひたすら待った。だが、授業時間が過ぎても、応答はなかった。


 不幸中の幸いというべきか、それはティットだけではなかった。見習い達全員が全員、なんの応答も得られなかったのである。


 こんなこともあるかもしれないと、召喚陣はそのまま折りたたんで各自携行することにして、見習い達はそのまま次の授業に向かうことになった。


 召喚陣を記載した紙は発動する際に形が整っていれば、その前後は折り畳んでも問題ないという。


 ちなみに幻獣は、多少の歪みは気にしないらしい。意味が通じれば良いのである。その辺りが、なにかと完璧を求める精霊とはだいぶ違うのだそうだ。


 せっかく美しく記号を記しても、幻獣に喜んでもらえないのは少し残念だ。


 そんなことを考えながら、ティットはローブの内ポケットに畳んだ召喚陣を仕舞い込んだ。





 召喚陣の有効期間は、多少の差はあるが、魔力を注いでから三日程度である。しかしながら、その三日を過ぎても見習いたちの召喚陣はなんの反応も見せず、そのまま魔力切れで消失した。


 前代未聞の異常事態である。


 教官たちが契約している幻獣たちを情報収集に送り込んだ結果、拍子抜けするほどあっさり原因が判明した。


 召喚門の近くで、超大型幻獣同士が大喧嘩していたため、他の幻獣たちが近づけなかったから、だそうだ。


 幻獣たちの世界では、危険な召喚を防ぐために管理者がいて、その審査を通った召喚陣の情報だけが各地に転送されるらしい。ちなみに審査内容としては、召喚主が誓約済みの魔術士かどうか、召喚陣に隠された文言はないかなどを調べるのだという。


 召喚に応じようとする幻獣は管理者のいる召喚門にやって来て、管理者の立ち会いのもと、召喚者と接触することになっているそうだ。


 そして、見習いたちが最初に召喚するのは、幻獣のなかでも魔力も体も小さい幻獣なので、大型幻獣の喧嘩など近寄るだけでも命が脅かされる。召喚に応じたくても応じられないというわけだ。


 調査から戻った幻獣たちは、


「仲裁役が呼ばれたから、近いうちに収まるんじゃないか、多分」


「収まるかぁ? あれ、相当、衝撃受けてたぞ」


「かわいそうではあるけれど、こればかりはどうしようもないですね」


 などと若干不安の残る会話をしていたそうだ。


 どういうことかと詳しく聞こうとしても、幻獣世界の掟に触れるからと答えてはくれないらしい。自由気ままに見えて、彼らには彼らなりの決まりがあるのだ。



 解決するのがいつになるかわからないということで、召喚は一旦中止となり、見習いたちは粛々と他の講義を受けることになった。




 それから十日ほど経ったころ、意向調査と題して、どのような幻獣と契約を結ぶつもりか聞き取りが行われた。


 一人ずつ学長から別室に呼び出されたのだが、先に聞き取りをされた見習いによると、なにやら見かけたことのない幻獣が同席していたという。


 ティットは期待をもって順番を待ち、呼ばれるといそいそと入室した。


 いたのは、亀だった。


 ティットが片手で掴むのにちょうど良さそうな大きさに盛り上がった甲羅の亀が机の上に鎮座している。


 ティットが水辺で見かけたことのある亀とはだいぶ形が違う。学院にいる岩石亀に似ているが、岩石亀ほどごつごつしていない。


「ティット、触るな」


 思わず指を動かしたのが見えたのだろう、同席していたオットカン教官に釘をさされた。


 亀はゆっくり首を伸ばし、ティットを見た。


 あ、違う。


 亀と目を合わせたティットは直感的に悟った。


 これは見た目を裏切って、圧倒的に「巨大な」存在だ。あまりにも差があり過ぎて敵対することすらできないもの。


 では、なになのか。


 亀形の幻獣はそんなに多くなかった。魔力の大きな幻獣は体の大きさも自由に変えられるから、その類いだろう。


 甲羅の上に植物が生い茂るという森亀ではなさそうだ。あとは……。


〝なるほどなるほど〟


 ティットが記憶を探っていると、亀はなにやら頷き始めた。


〝これなら、なんとかなるやもしれん〟


「なんとかなりますか」


 よかったよかったと学長が相好を崩し、さて、とティットに向き直った。


「君はどんな幻獣と契約を望んでいるのかね?」


「将来的には大きめの幻獣と契約したいと思っているので、まずは小さな手のひらサイズの幻獣がいいですね」


「具体的には?」


 きっと聞かれるだろうと思っていたティットは懐に忍ばせていたリストを提出した。


 大きさ以外に、こだわりがないため、該当するであろう種が多すぎたのだ。


「ふむ、君は長毛が好きなのではなかったかね?」


 リストに目を通した学長に尋ねられ、一体その情報をどこから得たのだろうかとティットは首をかしげかけて止まった。


 おしゃべりな幻獣も人間もたくさんいるので、不思議はまったくない。


 つい先日も、白雪獅子を撫でくり回し、たてがみに顔をうずめたところだ。触り心地を褒め倒しておいたから、耳に入ったのかもしれない。


「確かにもふもふは好きですが、両手のひらでつかめる大きさ内であれば、つるつるでもザラザラでもごつごつでもぷにぷにでも触感は問いません」


 ゆらゆらと首を振って頷いている亀に学長が声をかけた。


「いけますか?」


〝……ん? いかんいかん、眠っておった〟


 頷いたのではなく、居眠りしていたらしい亀が首をのばし、学長が机の上に置いたリストを覗き込んだ。


 こっちの言葉を読めるんだ。


 ひそかに感心した瞬間に、ぱっとひらめいた。


「あ、知識の宝庫、永世亀だ!」


〝永世生きるわけでないのだから、その呼び名はどうにかしてほしいものよ。創世期に子亀だったひいじい様もとおに死んでおるのだから〟


 首をふりふり亀はそんなことをぶつぶつ呟いた。


 え? ひいじいさんが創世期に生きてたの?


 思わずオットカン教官に解説を求めて視線を送ったが、彼はどこか遠くを見ていた。


 ちなみに創世期というのは、それまでひとつだった世界が幾つにも分裂していった時代のことだ。


 それ以前は、神世といって、神々が同じひとつの世界に存在していたといわれる時代を総称しており、詳細は不明だ。


 ティットが、オットカン教官から習った歴史では、世界が分裂した創世期から、融合と消滅を繰り返した混迷期、それぞれの世界が固定され緩やかな均衡を保つようになった安定期と続いている。


 それらは精霊や幻獣からの口伝による知識であり、この世界の人が記録として残しているのは安定期以降、しかも、世界がある程度落ち着いてからのもので、せいぜい二千年ほどである。


 そして、混迷期は少なくとも数千年続いたと推定されている。


「我々人間からの呼び名としては永世亀でいいと思います!」


 ティットはきっぱり宣言した。


〝そうかのう〟


 若干不服そうだが、亀が追及することはなかった。


 眠気を振り払っているのか、左右に首を伸ばすのを繰り返してから、亀はゆっくり学長に顔を向け告げた。


〝なんとかなるであろうよ〟


 学長の顔がぱっと明るくなった。


「それでは他の幻獣たちの召喚を先に進めてもよろしいでしょうか?」


〝いや、みな同時期がよかろう。また拗ねられては手に負えぬ〟


「わかりました。では、打ち合わせ通りに……あ、もう退室して良いですよ。次の子を呼んでください」


 晴れやかな笑顔で学長から退室を促され、ティットは首を傾げつつも部屋を出た。扉が閉まる直前に一覧表を返却してもらい損ねたことに気づいたが、まあいいやとそのまま同期の元へと帰った。


 そして、ひとしきり永世亀の曽祖父創世期生存事案について仲間たちと語り倒した。


 満場一致で呼び名は永世亀で良いとなり、そのことを今度会ったら伝えようとティットは思っていたのだが、残念ながらティットの存命中に再会はならず、ティットの相棒となった幻獣がふとしたはずみで思い出して、永生亀に伝えることになった。


 それを聞いた永生亀の反応は相変わらず不服そうだったらしいが、他の呼び名はつかなかったという。反対意見は人間からも幻獣からも出なかったらしい。なにしろ本来の種族名は、幻獣からも言葉として認識されない太初の言葉であって、当の永生亀すら翻訳しかねるというものだそうだから無理もなかった。


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