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第9話 199X年 1月 1/3

 年末年始はカラオケ店のかき入れ時だ。


 バイトはともあれ契約社員の俺に、休みなど存在しない。無事三が日を乗り越えて、クタクタの体を引きずる様に更衣室へと向かう。今日は中番なので今は夜の10時ちょっと。早く帰って寝よう。頭の中はそれだけだ。


 更衣室に入り鉄製のロッカーを開ける。鍵はつけられてはいない。ハンガーラック上の物置を見ると、見慣れない紙が置いてあった。手にとってみても何も書かれていない。だが裏をめくると、丸い文字が目に飛び込んできた。



 ———————————————————————

 駅前のシャノアールにいます。待ってるね。えみ

 ———————————————————————



 絵未は早番で18時あがりだ。四時間も待っているのか……?


 俺は急いで着替えると、シャノアールまで全力で走った。


 店内に入ると、レジカウンターのすぐ側の席で、絵未が手を振っているのが見える。

 俺は息を整えて運ばれてきた水を一気飲みすると、店員が注文を聞き出す前に「アイスコーヒー」を告げた。やや面を喰らった店員が立ち去ると、ニコニコと微笑む絵未に言う。


「よ、四時間も待っていたの!?」


「ううん。待ってたのは一時間くらいだよ。今日はね、早番の子たちと新年会だったんだ。だから、全然待ってないよ」


 絵未の顔がほんのりと桜色に染まっている。元々あまりお酒は飲めない方だと言っていた。


「それにしても……びっくりしたよ。事前に言ってくれればいいのに」


「だって……店内ではそんな事、話せないでしょ。それに私、阿藤くんのポケベルの番号だって知らないし……」


「ああ、そうか。ベル番、まだ交換してなかったね」


「でしょう! だから待つことにしたんです。ちょうど新年会もあったしね」

 

 絵未は形の整ったアーモンドの瞳で、優しく俺を見た。アイスコーヒーが運ばれてくる。俺はガムシロップとミルクの両方を入れてかき混ぜると、ストローで半分近く吸い上げる。絵未はそれを嬉しそうに眺めていた。


「ふぅ……そっか、ありがとう。……あのクリスマスパーティー以来だね。こうやってゆっくり話すの」


「……うん。そうだね」



 しばらく沈黙が続く。うーむ。ここは男の俺からしっかりと言おう!



「愛美ちゃんには、ちゃんと伝えたよ。『もう会えない』って」


「うん。噂で聞いた。彼女、バッサリ髪の毛切ったもんね。……ところで愛美ちゃんなんて呼ぶあたり、少しだけ未練があるんじゃないのかな? ……さぁ、正直に言うんだ、阿藤武志!」


「な、ないってそんな気持ち! みんな『愛美ちゃん』って呼んでるじゃん。今更呼び方変える方が変だって!」


「……本当かな?」


「本当だよ!」


 お酒も入ってか、いつもの絵未とは少し違う。……いつもよりちょっとテンションが高めな気がする。


 俺もお返しとばかりに、絵未に聞いてみた。


「……島埼さんはどうなの? 彼氏と、決着ついたの?」


 その言葉で、絵未の顔に陰りが浮かぶ。


「……うん。年末にちゃんと伝えた。『好きな人ができたから、もう一緒にいられない』って。だけど最後まで『諦めない』って言ってた。……今日もね、新年会が終わってお店の前を見たら、彼氏の車が停まってたんだ。私を待っているみたい」


「あ、でも、俺がここにくる時には、車は停まってなかったよ」


 絵未の彼氏の車の車種は、2号店の人間なら全員が知っている。

 

「そっか……よかった」


 絵未はほっとした表情半分、悲しい表情半分の、なんとも微妙な顔をして見せた。

 悲しい顔は、元カレに対しての自責の念からくるものだろう。元カレに対しても気遣うその優しさが、俺にはとても新鮮に感じられた。


「島埼さん……この後、俺が車で家まで送って行こうか?」


「う……ん」


「そ、それとも……俺の家、来る?」


 俺の実家は2号店と同じ市内にある。通勤も基本自転車だ。歩いてでもいける距離。

 

 俺の気持ちを振り絞ったその言葉に、絵未は黙ったままだった。



 ……元カレに別れを告げたけど、絵未の性格上、やっぱ気が引けるのかな。まだ、誘うには早かったか……?



 俺があちゃあと頭を掻き出すと、絵未は形のいい瞳を少し細めて俺を見据えた。


「なんでもっと、ちゃんと言ってくれないのかなぁ……」


「え、あ、いや。まだ早いのかなって思って……」


「私はね、1ヶ月前に会ったあの日から、阿藤くんの事が好きなの。ようやくお互いケジメはつけたんだよ。ここはビシッと決めて欲しいなぁ」



 そんな事言われたって。


 絵未みたいに眩しすぎる女の子は、初めてだから。


 眩しくて、繊細で、誰に対しても思いやりがある、優しい子は初めてで。

 どう扱っていいか対処に困る。うっかり乱暴に扱えば、儚く壊れてしまいそうだ。



 だけど、絵未にここまで言わせたんだ。このままでは「W市のジゴロ」と呼ばれた俺の名がすたる。


「……よし! 今日は俺の家においで! 明日は休みだよね? 今日は泊まって、明日は家まで送ってあげるよ」


「———うん!」


 俺は伝票をむしり取ると席を立つ。会計を済ませて外に出ると、絵未が静々と着いてきた。


「じゃ、行こうか。島埼さん」


「……はぁ。そこは違うでしょう。名前で呼んで欲しいなぁ」


「あ……そっか。じゃ行こう、絵未ちゃん」


 絵未はその言葉に、にこりと微笑む。


「ふつつか者ですが、これから末長く可愛がってね、武志くん」


 そう言って、俺の右手に左手を添えてきた。

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