【短編版】公爵家に産まれましたが令嬢でも平民でも無いけど可愛い弟と魔法があるので今日も楽しいです
行き慣れた廊下を歩き、飴色の扉の前に立ち止まると、心得たように従者がノックをし、
中から扉が開けられる。
扉を開けた男性に目礼をし光指す方向へ歩けば、ベッドで眠る女性が居る。
「姉様」
息しているのか疑うぐらい呼吸が浅く寝ている姉の頬を撫ぜ、設置されている椅子に腰掛けた。
「姉様、何時まで寝ているつもりですか?
そろそろ起きてください」
頬から手へ移動させ握る。
当然握り返される事など無い。
あの日
卒業を祝うパーティは誰もが良い思い出になるはずだった。
貴族も平民も1つの部屋に集まり、学生生活の思い出などの会話をしたり、
食事を楽しんだり、ダンスを踊る貴族を見つめる平民。
ある程度の寛容が認められる中、事は起こった。
殿下の突然の宣言の元
平民である光の魔法を扱う少女が前に出され傅かされた。
好奇心旺盛な人々と眉を顰める人々
様々な視線が少女へ注がれる中、始まった糾弾
驚きで動揺する少女は震えるばかりで言葉を発する事が出来ないでいた。
真実の愛に目覚めた。
男爵令嬢への苛めの数々。
突然の事に隣にいた自分も反応ができず、何より動けずに居た。
震えながらも無実を訴える少女に王太子達は聞く耳を持たず一方的に糾弾し続ける中、
「お待ちください」
ゆっくりと足を進め、震える少女を背に庇う様に前に出たのは姉だった。
「彼女が無実の証言は私ができます」
相当怒っているのか姉の周りだけバチバチと何かが爆ぜる音と小さな火花が見えていた。
国随一の魔力を持つ姉は自国と諸外国から危険人物とされ
特別な法で縛られ、貴族の家に産まれながらも貴族としての生活ができず、それでも年相応の生活と思い出をと法の隙間を見つけ平民達が集うクラスで過ごしていた。
貴族の縛りが無い姉は自由でありながら法で縛られ不自由な生活を送るも、それでも楽しそうに笑いクラスで起こった日々を話してくれていた。
その姉が怒りを表に出している。
殿下の周りを将来政治の中心である人物が守る様に前に出る。
自分も無意識に1番前に出、姉を糾弾し始めた。
今思い出せば、そこに自分の意思は無かった。
男爵令嬢が言うがまま、告げられる言葉が全て正しいのだと思い込んた。
「いい加減にしなさい!何時まで操られれば気が済むの!」
怒りが膨らみ、姉の周りに風が巻き起こり光の少女を守る様に渦巻き、姉の魔力が放出される。
護衛騎士達が戦闘態勢に入り、次期騎士団長である彼が殿下の前に立ち塞がる。
「私の可愛い弟をよくも操ってくれたわね」
蜃気楼の様に姉の姿が揺れる中、姉は自分に向かって両手を前に突き出す。
「お姉ちゃん常識のある令嬢なら義妹として喜んで迎え入れたけど」
一呼吸置き
「貴女は駄目。絶対、認めない」
男爵令嬢へ怒りを向ければ殿下が何か言いながら男爵令嬢を抱き寄せる姿が視界の端にはいる。
じわじわと右手首が熱くなり、驚き、慌て外そうとするも焦りからか中々外す事が出来ずにいれば、1粒の宝石がチカチカと光りだし、すぐさま目も開けられない程の強い光に変わった。
目を閉じ、強い風に包まれ息が出来なくなる。
苦しさにもがき苦しむ中、水が頬を濡らしたのだと感じるも、酸欠からか意識が朦朧としだすと、今度は灼熱に全身が包まれるのを感じた。
姉は僕の事を嫌いになったのだろうか。
幼い自分を抱き上げて笑ってくれた姿に始まり、
膝の上に乗せられ絵本を読み聞かせてくれた姿。
突然の魔法を披露され驚いた後に笑い喜べば、自分以上に楽しそうに嬉しそうに笑う姿。
箒に乗せられ抱き込まれながら空を飛び楽しそうに語る姿。
突然現れた姉に慌て取り乱した姿に楽しそうに声を上げ笑う姿
誕生日だからと姉がデザインしたブレスレットと共に送られた言葉
不自由な日々すら楽しんでいる
愛おしそうに微笑みながら頭を撫ぜ、褒めてくれる大好きな姉様
悲しい、寂しい、苦しい
幼子の様に声を上げ泣いてしまいそうで
ごめんなさい。
ごめんなさい。
だから嫌いにならないで。
頬に流れる水は涙なのか、姉の水魔法なのか分からず、
ただ自分の感情と姉の魔法に流された。
激情と激しい魔法が繰り出され、どれぐらいの時間が過ぎたのか解らないが急に膝から力が抜け、体が倒れ打ち付けた痛みに意思が戻り、震える腕に力をいれ上半身を起こし周りを見渡せば、同じ様に震えながらも立ち上がろうとする側近達の姿が見える中、
一体何が起こった?
どうして自分達は倒れている?
近くで聞こえてきた言葉に慌て姉を見れば、目が合い微笑まれ、
「魅了魔法は解いたからもう大丈夫だよ」
笑顔で告げられた事に驚き、改めて周りを見れば呆然とした表情の中、
「私は何を?何故ここに居る?」
困惑と戸惑う声と周りの戸惑う空気に、雰囲気を変えねばと震える体に力を入れ立ち上がるも、
「皆様、驚いたと思いますが会場に居る皆様は魅了魔法にかかり自我を失っておりました」
人々の中心で発言をする姉に驚いていれば、
任せろとばかりに力強く頷かれ安心感と少しの不安が交わる中、声高らかに
「ですがもう心配ありません。
私が解きましたので、記憶が曖昧で混乱するかと思いますが、ゆっくりと思い出していただければ記憶が繋がるかと思います」
ぐるりと周りを見渡し、さらに言葉を続ける。
「ご気分が悪くなったりなさいましたら、彼女の元か教会へお足をお運びくださいな」
姉の後ろに居た少女は立ち上がり頷いた。
光魔法の浄化の力が必要な程なのか。
スッキリとした頭で考えていれば、
「殿下、側近の皆様、御協力感謝致します。
私の力及ばず会場に居る皆々様にご迷惑をお掛けしてしまった事、深くお詫び申し上げます」
淑女の礼を取り、再び顔を上げ
「さて、男爵令嬢様。何故、皆様に特に殿下や側近の方々に魅了魔法をかけたのか教えていただけますか?」
姉の視線で未だ倒れている令嬢が居ることに気付き、周りに居た護衛騎士に別室へ連れて行く様に指示を出す。
それぞれが姉の言葉を聞き、半信半疑ながらも最善な判断を頭の中で弾き出し、護衛騎士達に魔法封じの首輪を付けられ連れて行かれる令嬢を見送り、姉を見れば何処にも姿が無かった。
姉様の元へ行かなければ。
そう思う反面、貴族としてこの場の混乱を沈めパーティーを継続させなければならない義務に奥歯をかみ締め私事を奥底に沈める中、殿下が1歩前に進み
「皆、今宵は卒業を祝うパーティー始まりだ。
貴族や平民など立場は関係無く思い思いに楽しんでくれ」
殿下の言葉直後に音楽が流れだせば、貴族は何も無かった振る舞いをし手を取り合い円舞曲を楽しみ、お喋りの花を咲かせ、食べ物に手を伸ばす。
平民も恐る恐る話をしだし、食事に手を付けそれぞれに動き出したのを確認し殿下達と共に休憩室へと不自然にならないよう足早に戻った。
ソファーに腰をかけ、王室のメイド達が紅茶を置き、手を振った王太子の指示に従いメイドや護衛達が退出をする。
「何処まで記憶がある?」
王太子の一言でそれぞれが記憶を思い出し擦り合わせをすれば半年前から記憶が曖昧になっている事が解った。
自分を除いた全員が。
僕は姉様に護られていたのだ。
頭の端で姉の事を考えているとノックが聞こえ入室許可後、開いた扉からは自分の従者が姿を見せたが、明らかに顔色が悪く動揺を隠せないでいた。
上位貴族が集まる中での失態に眉を顰めるも、
姉が吐血し倒れた。
ここは嫌だと移転魔法で何処かに行き所在が解らない。
告げられた言葉に全身から血の気が引き、震える中、
次期宰相と名高い彼が行き先に心当たりはあるのか?王都の屋敷で無いなら領地の屋敷ではないか?
落ち着いた声と態度で姉の行き先を考え出してくれる。
辺境伯の跡取りであり友と認めてくれる彼が、自分の肩を数度叩き気をしっかり持つよう励ましの言葉をくれた。
既に魔術師と名を知られている彼からは護身の魔法具を幾つか渡してくれる。
殿下は自分の為に道中の必要品や両親への言伝と準備の指示を出してくださった。
次期騎士団長となる彼は何も出来ない事への詫びと姉の無事を祈ってくれた。
仲間達への礼もそこそこに震える足を叱咤し従者と馬車に乗り込み辺境である領地へ急ぐ。
焦りと不安の気持ちが最悪の方向しか思い付かない頭を振り、どうにか領地へ着き転がる様に屋敷に入れば、ベッドで横たわる姉の姿があった。
領地の管理をしている祖父母曰く
ドレスを赤黒く汚し、息も絶え絶えで立つことも儘ならぬ状態で移転してきた。
慌て医者を呼び診てもらうと魔力が欠如しておりかなり危ない状態だと診断された。
気を失ってからは1度も目を覚ましていない。
何があったのだと問われ、正直に話をした。
怒りたい、叱りたいが儘ならぬ、
何より国家転覆を未然に防げ良かった。
祖父母の複雑な感情を告げられた言葉に改めて魅了魔法の怖さに身を震わせ、解いてくれた姉に感謝をする。
それからは寝たきりの姉の世話と祖父から領地経営の勉強をする日々の中、あの日あの場所に居た生徒達から礼の手紙が届けられた。
姉と同級生である平民達からは季節の花や気付け薬。ある者は商会の仕事途中だと屋敷まで見舞いに来てくれ珍しい土産と姉の学生生活を身振り手振りで話し祖父母を笑顔にしてくれた。
爵位がある者達からは姉と関わりを持つ事を法にて禁止されているもどかしさの中、僕が困っていたら協力をする是非言ってくれとの手紙が相次いで届く。
光の魔法の少女からは教会を通して僕や祖父母の慰労へ行きたいと手紙が届いている。
皆、姉様に感謝している。
もどかしい日々を過ごす中、魔術師の彼から手紙が届き読んでみれば、季節の挨拶の後に王都の現状報告と男爵令嬢の魅了魔法に勝てた理由は姉の魔力の量と力技で捩じ伏せた跳ね除けたのだと書かれ、困惑を表す文章での報告に姉様らしいと苦笑し、寝ている姉に手紙の内容と共に話をした。
ゆっくりと、はっきり言葉を紡ぎ姉様へ届く様に脳が理解し、心が反応し、楽しい嬉しい事が多い日々なのだから早く目を開けたくなるように、楽しい話や季節の話、姉が好きな空や雲の話を続ける。
自分だけでは無く祖父母も屋敷で働く執事にメイドだけには留まらずシェフや庭師も手が空けば姉に話しかける。
が、1番多いのは姉の従者だ。
学園で姉に世話になったので恩返しがしたい。
突然やってきた男性に戸惑い、断りを入れるも家族は後押ししてくれたので帰るわけにはいかない。無理は承知しているが置いて欲しい。
女性には家庭教師が普通で男性は近くに置く事はない。
頭を下げ告げられる言葉に返事を返せない僕に祖父は了承の返事をし、まずは従者の見習いからと雇い入れる事になった。
彼が来て数日後、あの日の沙汰が下された。
爵位も立場もそのままであるが、魔法の学び直しと仕事は役職無しの1番下から始めること。より厳しい目と判断の中のスタートになるので実力で出世するしかない。
僕も爵位と跡取りの立場は現状維持
甘い沙汰だった。
姉様の一言が影響しての事だ。
後先考えず言った
『ご協力感謝致します』
この言葉で誤魔化しが利きそして、魅了魔法を薙ぎ払った理由が弟である自分が操られていたからだ。あの輪に自分が居なければ姉は何もしなかっただろう。
そう思わせる言葉も言っている。
姉の心を汲んで爵位も立場もそのままなのだろう。
あの日の姉の行動は諸外国にも報告されている。目覚めた姉が怒り魔法を暴走させないようにとの配慮が建前で裏には礼を姉に伝えられない王家からの感謝の気持ち。
いつも姉様に助けられている。
子供の頃から破天荒で天真爛漫の姉の世話は自分がしているのだと思い上がっていたのが恥ずかしい。それでも、そんな自分を愛し慈しみ驚かし続けた姉に
「姉様、早く目覚めないと僕の結婚式に参加できなくなりますよ。それとも甥や姪に会えるまで起きないつもりですか?」
悪戯心といつまでも相手にしてくれない不貞腐れた心を交え幼子の様に口を尖らせ姉に告げれば、壁に控えている2人の従者が微笑んだのが分かった。
姉様の生きる世界は皆愛されている。
早く目を覚ましてあの笑顔を見せてくれればと祈る日々が続く。
後日、姉を主人公の異世界転生として連載してきます。連載では姉弟の名前もきっちり出して話を進めていきますので記憶に残りましたら探していただけると嬉しいです。
誤字報告ありがとうございます。修正いたしました。