№7 Revenge Match ③
『妖精兎の庭園』での仕事は得る物が多かった。特にフールルが言っていたように、この店には他では見ない酒や食材がおいてあり、新規のレシピも多く取得できた。また、どこぞのグルメバトル漫画を思い出す『特殊調理食材』なる食材も登場したが、オーナーの指示通りにやれば普通に調理できた。ただ、『調理SP』の熟練値が目に見えて上がったので、本来は調理が非常に困難なのだろうとはダーパンも思っていた。
キッチンでは最初から他の店員と遜色ない動きで活躍ができ、フールルがジェラシーな気持ちで一杯です!と書いてある顔でちょこちょこ影から覗いていてオーナーに何度も怒られている光景を目にした。
一方、ホールは殆どバニーガールの仕事だったのでダーパンが活躍する機会はなかった。ただ仕事をこなす量は間違いなく図抜けているがそそっかしさもぴか一なフールルのちょこまかとした動きにはダーパンも少し気が散った。
女性として気になるとか、そういうことではなく、ちいさな子供がお手伝いをしている時に感じる何とも言えないハラハラする気持ちだ。
事務の仕事は、案外ダーパンも初経験。しかしここはゲーム。Excelでやる様な計算を手でやるというよりは、ミニゲームをこなす感じだった。ここはリアルさを消して大きくゲーム的な方へ振り切っているのだろう。それでも何に使うかは不明だが『筆記』スキルが手に入ったのでダーパンも満足である。
そして店にある程度慣れたと判断されたのか、一番難しいディーラーの仕事を与えられた。携帯端末でカジノ系統のゲームはしたことがあったが、ディーラーサイドに立つことなど初めて。それに『負けすぎてはいけない』という縛りもある。ダーパンとしてもうまくできるか一番不安だったが――――
「クリア。三幻獣(猪鹿蝶)、宮廷魔導士(青短)、兵士(タネ)。22点です」
「おい強いなぁあんちゃん!」
「何連勝だ!?」
「何やっても負けねえぞ!?」
「誰かコイツに勝ってくれ!」
ディーラーとして台にたったダーパンは早速勝負を挑まれた。
この店では普通に遊び以外に、ディーラー相手に勝負を仕掛けることができる。新顔ということはまだディーラーとしてはひよっこ、いいカモだと思ったのだとダーパンは後にNPCの1人から言われた。
しかし、負けない。ディーラーに挑めるのは“運と知力の両方が絡む”ゲームのみ。そしてその殆どは、連日ダーパンは恐ろしいほどに強い幼女相手に惨敗し続けてきたゲームばかり。
積み重ねた熟練値、そして『遊び人ex』をSubClassにしているダーパン相手に挑んできたNPCは誰1人として勝てない。
それはダーパンも予想できないほどの快勝で、何処かで手を緩めようか、そんな事を考えているうちに勝ってしまうのだ。
連戦連勝し、彼らから巻き上げたチップがダーパンの横に積まれていく。
これでは味気ない。そう思ったダーパンは一つ提案をしてみることにする。
「では『100ハインドヨット』で勝負をしてくださる人はいませんか?もし負けたら、負け分の倍額の量のチップを追加で贈呈致します。もちろん、自腹で」
ディーラーから挑戦状を叩きつけるという前代未聞の行動。酒場の客達は顔を見合わせる。
「ってーと、よほど自信があるんだな?」
「いえ、お恥ずかしい事に実は一度も勝てたことが無いのです」
「…………勝てたことない勝負で、わざわざ戦うのか?」
不思議そうな顔で問いかける客達にダーパンは笑顔で答える。
「私がこれほど勝負事に強いのは、私以上に強い……“師匠”がいるからなのです。『エーテルカード』をはじめとした様々なゲームで勝負を致しましたが、どれもようやく辛勝を一つもぎ取るのみ。
ですが、『100ハインドヨット』だけは数百と挑んでなお、1度として勝てないのです」
「成る程、そりゃぁぁ面白えな!よしッ!俺は挑むぜ!」
「その次俺な!」
これを機に、ダーパンは『100ハインドヨット』専用マシーンと化した。ダーパンが負ければ、倍額で報酬が得られるならと客はこぞって挑戦する。そして『100ハインドヨット』では今まで無双していたダーパンも稀に黒星が付く様になる。
――――この人は、狙ってくることが分かりやすい。で、あの人は先に『Joker』を捨てたがる。あの人はカードを残しやすくて…………
しかし幾度も勝負を続けているうちに、それぞれに癖があることにダーパンは気づいていた。多分、自分も気づいていないような癖、という設定なのだろう。何回か手合わせすれば、注意してればわかるくらいだ。
一方で幼女は常に最善手しか打ってこない恐ろしさがある。時に慎重に、時に大胆に、だというのにその戦略性にまるで“癖”がない。
店じまいをして客も帰り、店の清掃もパパっと終了。だがダーパンは一人、台についてログを閲覧してあーでもこーでもないと研究をしていた。日に日に幼女との対戦で大敗を喫する確率はかなり減ってきている。連日遊んでばかりで『遊び人ex』がやたら急成長しているのも確かに関与しているのかもしれないが、研究を積み重ねてダーパンの実力も日進月歩で成長していた。
――――さて、そろそろお暇しようか。
どうやら店じまい後の店から追い出されることはないみたいだが、このまま居座るのもなんだか後ろめたい。ダーパンが帰ろうと振り返ると、彼の口からひぉ!?と変な悲鳴が漏れる。そう、ダーパンの真後ろには全く気配を感じさせなかった恐ろしい熊がッ!なんてことはなく、オーナーが立っていただけだ。
「随分と熱心なんだな」
「え、あ、はい。すいません勝手に居座って」
「いや構わねえよ。おめえの人柄については信用してるし、フロアの掃除もおめえがやってくれたんだ。多少居残りしてもいいさ」
「ありがとうございます」
オーナーは台座につくと、100面ダイスをその太くゴツゴツした指で摘まむ。
「おれにとっちゃぁ、遊びは遊びだ。勝っても負けてもたのしけりゃぁいい。まぁ、一流のディーラーは一人で喰ってくために練習も研究もするってのは聞いたことある。うちじゃ強制してないがな。大損こかない程度に客を楽しませればそれでいいのさ」
オーナーがポイっと放ったダイスはコロコロと転がり『00』の目で止まる。
「だが、おめえにゃどうしても勝ちてぇ相手がいるって話だな。日に日に更に強くなってやがるってうちじゃえれぇ評判だ。別に口だしたりはしねぇよ。客が楽しんで、お前さんが儲けてくれるなら止める気はサラサラないさ。しかし賢いおめえがそれだけ熱心に研究してるとなればよっぽど頭のキレる奴なんだろうな」
本当は可愛らしい三才くらいの女の子とは口が裂けても言えない。客たちがところで師匠ってのはどんな人だ?と聞いてくるのを嘘をつかない程度にはぐらかしていたら、どうも客たちの中の師匠像は『白髪で非常に小柄で老獪な、しかして悟りを開いた物が浮かべる笑みを湛えた、高尚な仙人様かなにかに違いない』ということになってしまっている。
全くWOMのAIはどうなってるんだ、と後悔した頃でダーパンも今更本当のことを言いだせなかった。
「だとしたら、飲んだくれども相手じゃそろそろ底も見えちまっただろ。だからよ…………」
オーナーはまた一つダイスを摘まみ上げ、ダーパンの方に視線をやる。
「もしかして、オーナーが勝負してくれるんですか?」
なるほどAIさん責めてごめなさい、とダーパンが心の中で謝っていると、オーナーはゲラゲラと笑い出した。
――――あれ、読み違えた?いや文脈的に今の流れはどう考えても。やっぱりダメダメAIか!
オーナーはひとしきり笑うと、違う違うと首を振る。
「すまんがおれぁ運が絡んだ遊びが苦手でよぅ。知り合いにもおめぇは運の絡む遊びはにどとしちゃいけねぇって真剣な顔で言われたんだ」
「でも、運の絡んだゲームも含めて、この店には沢山の遊戯が用意されてますよね?」
そもそも脳筋そのものみたいな恰好でよくこれだけの遊びを知っていたな、とダーパンは思っていたが、オーナーはニヤリと笑うと親指をグッとこめて、ダイスを勢いよく弾丸のように弾く。ダイスはダーパンの顔の横をヒュン!と風をきって飛んでいき、「ふぎゃ!?」と背後で悲鳴があがる。
振り返れば、ホールとキッチンの間のスタッフ用の通路のところで覗きをしていた者が、ダイスがクリーンヒットした頭を抱えて呻いていた。
「な、なにすんのさいきなり!!」
まるで兎のようにせわしなく、涙目でオーナーに突っかかるのは可愛らしい少女。一体だれかと思えば、いつものバニーガールの姿ではなく町娘の様な格好で一瞬わからなかったが、何かと存在感のある少女フールルだった。
「おめえがそんなところで聞き耳なんて立ててっからだ!いつもは威勢がいいくせに変なところでコソコソしやがってよう」
「う、うるさい!だったら口で言えばいいじゃん!バカバカバカ―!!」
普段みる二人より格段に気安い雰囲気で、しかも結構本気でフールルはオーナーを殴っていたが、ゲラゲラと笑うオーナーの筋肉鎧の前には無力だった。
「えーっと、お二人はどういう関係で?」
――――まさか熊五郎オーナーとウザカワ後輩系従業員の年の差カッ……いやーそんな……
ダーパンが少し混乱していると、オーナーはキャイキャイ喚いているフールルの頭をガシガシとなでる。
「給料を出している以上普段はオーナーと店員だが、この御転婆はおれの娘だぞ」
「え…………?」
――――似てない!全く似てない!
言われてみれば、なんてことも全くない。フールルからは欠片もオーナーの面影が見つからない。どこをどう見ても父と娘には見えなかった。
「まあ、こいつはぁ母親の生き写しだ。自分でもなんだが、女の子なのに変に俺に似なくてよかったとは思うぜぇ。だが、髪の色と目の色はおれだな。こいつの母親は金髪に緑の目をしてたぜ」
そう言われて初めて、オーナーとフールルの両方が黒髪赤目だとダーパンは気づく。といってもこの世界では赤目が珍しくないし、他にも黒髪赤目の組み合わせは見ていたのであまり違和感がなかったのだ。
「あとさっきの、この店の遊びな、そいつを教えてくれたのは、コイツの母親だ」
「へー、そうなんですか。随分物知りですね」
「それがなぁ、アイツはここで生まれ育ったんだが、小さいころにとある子から教えてもらったらしいんだ。その子は色んな遊びを知っていて、何をしても負けなし、だったらしいぜ?」
「ん?」
どっかで聞いたことあるぞそれ、とダーパンは激しい違和感に囚われるが、オーナーの話は続く。
「まあ、その子はいつの間にかあえなくなっちまったらしい。元々どこに住んでいてどんな名前かも知らなかったらしいがな。小さいころから遊んでるダチの名前も住んでる場所もしらねぇってなんだそりゃ?と思ったが、知らんもんは知らんだとよ。なんとなく聞いちゃいけねぇきがした、なんて一度言ってたがねぇ。それでこうして繁盛できてんだから例の一つも言えるなら言いたいんだがな」
オーナーは自分でもしゃべってて釈然としないのか、頭をボリボリ掻いていた。
「だから、それは守り神様なの!!私もあったことあるもん!!」
そんなオーナーに対して、急にフールルがキャイキャイと騒ぐ。
「それとなりに住んでる爺さんのホラ話だろ?あの爺、やったら嘘がうめぇんだ。なんど騙されかけたか」
「た、確かにあのお爺さんは変だけど!子供には嘘つかないもん!」
謎にDisられてるお爺さんも少し気になるが、ダーパンにはそれ以上に気になることがあった。
「フールルさん、その守り神って、何を守ってるか知ってます?」
「うん。たしかねー、『子供』と『旅人』、それと『遊び』、だったかな?昔からいるんだって。ほら見て!証拠だってあるよ!」
フールルはゴソゴソと胸元を漁ると、何かを引っ張り出す。それは紐に通された古い小さな巾着袋。その中には木で作られた100面ダイスが一つだけ入っていた。木でできていることを除けば、それは何の変哲もないダイスだ。
「これ貰ったもん」
「って、言われてもなぁ。おめえがまだ3才かそこらの時の話だぞ?それをさぞ大事な物のようにずーっともってやがる。女ってのはたまに理解できねぇ。まあ何でもいいや。話を戻すがよ、おめぇさん、コイツと勝負してみろ。コイツはおれの運まで吸い取ったみてぇに変なツキがあんだよ」
オーナーは雑にまとめると、ポンとフールルの背中をおして台につかせる。
「前からおめえと勝負したがってたんだ。気の済むまでやてみろ。おれは帰る。フールルは戸締りしとけよ」
「わかってるよそれぐらい!!もう子供じゃなーい!」
実に子供らしい態度でキャイキャイと騒ぎ立てるフールル。店長がホールを去ると、残されたのはダーパンとフールル。
「よ、よし!じゃあやってみよう!お師匠さんに勝ちたいんでしょ!」
「寝なくていいんですか?夜勤ですから、寝れる時間にできるだけ寝たほうがいいんじゃ?」
そもそも睡眠という概念がないプレイヤーがいうことでもないのだが、NPCは普通に寝る。実際、現在のWOM内時刻はほとんどのNPCが眠りにつく時間より大幅にオーバーしていた。
「ふふーん!私はまだピッチピッチに若いから、ちょっとと寝れば全然問題なし!さあ一緒にあそぼ!」
【NPC『フールル』から決闘を挑まれました。特殊ルールを適用します。決闘は『100ハインドヨット』の勝敗で決定します】
【決闘を受諾しますか?YES/NO】
叩きつけられた挑戦状。ダーパンはこれはありがたいと迷いなくYESを押した。




