№6 Revenge Match ➁
いい加減子供たちは飽きないのかと思うが、その日も子供たちはダーパンを囲んで『100ハインドヨット』を観戦していた。
幼女と対戦できるのはWOM内の昼のみ。βテストの時のサブクエストと違って泊まり込みでクエストを続ける必要がなくなったのは、運営側が流石に制限が厳しすぎたと思い仏心を出したのかもしれない。なのでWOM内の夜間はある程度自由に動ける(ただし街からは出れない)。
ではこの空き時間を何に充てるか。やはりバイトだ。夜には夜だけのバイトがある。ダーパンはランク5に達したとことで新たに受注可能になった酒場のクエストを受注する。このクエストも受付嬢からの指名依頼で、どうやらダーパンの働きぶりは多くのNPCに認知されているらしい。それにより発生したユ二ーククエストに近いクエストだ。
指定された酒場まで乗合馬車(バスみたいな物)で移動すると、そこには今までバイトをしてきた個人経営の小さな酒場と違い、かなり立派で三階建ての大きな酒場があった。人の入りも多く、非常に賑やかだ。こんな店なら雇ってほしいといってくる人など沢山いるだろうに、と思いつつダーパンが入ってみれば、そこには今まで見たことのない光景が展開されていた。
「いらっしゃいませ~!『妖精兎の楽園』にようこそ!」
ダーパンが高級そうな黒塗りの扉を開けると、パァっと視界内の光量が一気に増え、どんちゃん騒ぎは叩きつけられるように大きくなる。しかしそれ以上にダーパンを驚かせたのは、自分を出迎えたNPCの格好。
――――バニーガール、だと!?しかも羽飾り付き!
天使に強制的にバニーガールの格好をさせたらこうなるのか?とダーパンがくだらないことを考えていると、NPCはこてんと首を傾げる。その様子は非常にあざとかった。
「どうかしましたか?」
「いや、客ではなくですね、私は奉催ギルド経由でクエストを受注してこちらに向かったのですが…………随分と賑やかなお店ですね」
「ああ、最近話題の不思議な格好をした万能お手伝いさんは貴方だったんですね!凄いでしょうこの店!普通の酒場と違って、遊技場も併設しているんですよ!オーナーさんは異国の出身で、しかも幼馴染がやり手の商人だから、この店には他の店では飲めないお酒や食材が入ってくるんです!そ、れ、と、私達店員が可愛い!これがこの店の人気の秘訣です!」
ふふんっ!とドヤ顔で店のアピールポイントを話してくれるバニーガール。自分で可愛いというのはどうかと思うが、制作人が力を入れてたのがよくわかるレベルには可愛い。バニーガールという格好でありながら下品さはなく、程よくエロティックに仕上がっている。ダーパンはキャラデザイナーに賞賛の拍手を胸中で送る。
店を見渡せば、彼女の説明通り、そこは酒場オンリーではなく遊戯場も併設されていた。恐らく原型はカジノなのだろうが、カジノほど立派というわけではない。カジノをもっと大衆レベルまで落とし込んだような感じで、かけ事だけでなくオセロやバックギャモンと言ったテーブルゲームからミニボーリング、ビリヤード、ダーツなど子供でも楽しめそうな遊びも多く存在する。
しかし、こんな楽しそうな施設なのにプレイヤーが一人もいない。そもそもダーパン自身も始めてこんな店があることをしった。まだ改装前の施設にクエスト経由で入れたのか?と考えるも答えは出ない。とりあえずスクショしてべあーべに好奇心を煽るだけ煽って説明はしないという焦らしプレイを行っていると、バニーガールは話を続ける。
「えっと、自己紹介がまだでしたね!私はフールル!このお店で働き始めてまだ一年ですが、貴方の立派な先輩ですっ!貴方のお名前は?」
「パンダーパンです。パンでもダーパンでも好きなように呼んでください」
ダーパンはこうしてNPCに自己紹介をするたびに思う。ちょっと呼びづらい名前にしてしまったな、と。半田だからパンダ。でもひねりがないのでちょっと弄ったのだが、ダーパン自身でも言いづらいな、と思っているのだ。
しかしWOMのNPCは賢いのでこうして先に呼んでほしい言い方を指定すると、それで呼んでくれる。
「ではパンさんで!!噂によればパンさんはホールもキッチンも両方こなす万能人間のようですが、ま、まぁ?私はまだキッチンに絶対立たせくれないですけど?可愛いし?ホールならばっちりなので?えぇ、頼ってくださいね!!」
「なーにが頼ってくださいね、だ。今月割った皿とグラスの数を言っていみろってんだ!」
なんだか精一杯背伸びする彼女は、ムキになっているようで少し可愛らしい。妹たちにもこんなかわいげの合った頃が…………あったか?あれ、ないぞ?フールルと対照的に家ではガサツな妹ども、現実の女性の残念さにダーパンが世を儚みかけていると、フールルに雷が落ちる。
フールルの後ろに立つのは、クマと1on1で殴り合い出来そうな筋肉ダルマ。体長は2mオーバー、短く切り揃えられた逆立つ黒髪、硬そうな黒髭、そしてどうしても目につく金の眼帯(なぜか羽の生えたウサギが刺繍されているのがとてもシュール)。眼帯のデザインに目を瞑れば、『旧聖騎士団団長・現聖騎士団指南役』なんて役の方がよほどふさわしい感じの厳つい見た目をしていた。
「お、オーナー!?」
あ、やっぱりそうなのね。とダーパンが思っていると、オーナーのお叱りはまだ続く。
「第一、こんなところで油売ってるほど暇じゃないぞ!皿やグラスの分を給料から引かねえでやってんだ!しっかり働けい!!」
「は、はーい!!」
そして店の物を壊して全く弁償しなくていいなんてホワイトな職場だな、とダーパンが考えていると、店の奥にパタパタとかけていったフールルの代わりにオーナーがずいッと迫ってくる。
「で、君がクエストを受けてくれた噂の子か。よく来てくれた、たしか名前はパンダ―パンだったね。俺はこの店のオーナーだ。オーナーと気軽に呼んでくれ」
「了解しました。ところで一つ伺ってもよろしいですか」
「かまわないとも」
オーナーは厳ついと見た目の頑固おやじの様な怒り方からは想像できないほど話が分かる人だった。ただ、愛想よく笑っているつもりなのかもしれないが、ダーパンにはクマが獲物を前に笑っている様にしか見えなかった。
「この店は随分と繁盛していいらっしゃるようですし、他の店と違い働き手も多くいらっしゃるようです。これだけ客入りもあれば人を集めることも容易でしょう。何故わざわざ奉催ギルドを経由するといった手間のかかったことをしたのですか?」
ゲームにこんなツッコミをするほうが野暮、という意見もあるだろう。ただ、奉催ギルドはなかなか簡単に人手を借りられない人が利用するシステムだ。例えばダーパンが今まで受けてきた居酒屋のアルバイトは『妻が臨月でホールにたてないから』『夫が腕をけがして料理ができないから』などと一応ながら一つ一つ人手が足りない理由があった。
家政夫代行はオールランドな能力を求められたからこその例外に近いが、この店で改めて奉催ギルドに頼る理由もダーパンには思い浮かばなかった。
「そうだな、確かに人は集められる。しかしウチは賭け事も仕切ったりするから大きな金を持っている。例え臨時でも変な奴は雇えない。奉催ギルドってのは、その安全性を保障してくれるってぇわけだな。其のうえこっちが欲しがってる人材を斡旋してくれんだ。確かに手数料は取られるけどよ、商売ではそういうところをけちっちゃぁいけねぇ。それはただの必要経費だ」
「なるほど、つまらないことを聞いて申し訳ありません。納得致しました」
「なぁに、気にすんな。それに、おめぇにやってもらうことも多いのは事実だ。そこらのガキ連れてきてどうにかなるもんじゃねえ」
「というと?」
さて、今回の依頼は何を頼まれるのかが伏せられていたクエストだ。既に少し地雷の香りがしているのだが、ダーパンは既に開き直ってなんでもこい!っと心構えをする。
「まぁ、ちと恥ずかしい話なんだがよ、ちょっと調理が面倒な食材があってな、勝手に使うなって言っといたはずなんだが…………一人の馬鹿がそれで賄いを作っちまってよ、そして含めてその料理を食べたすっとこどっこい5人が毒で倒れちまった。死んじまうようなぁ毒じゃねんだが、即効性がない代わりにジワジワ苦しいタイプでな、まだ復帰はできてねぇ」
「解毒ポーションは?」
「おめぇら異界の人だろ?そっちほど頑丈じゃねえんだ。俺みたいに鍛えてりゃぁまだしも、アイツら毒になったことに暫く気づかないで過ごしちまったんだ。症状が出てから解毒してもあんまり意味はねえよな。回復ポーションもケガは治すが病気まで治すってわけじゃねぇ」
一人ならまだしも、替えの利きにくいタイプの人材が5人も抜けたら確かに苦しくなるだろう。店員たちをよく見れば、少し疲れている様にも見えなくはない。というよりフールルだけはやたら元気だった。視界の隅をぴょんぴょんウサギのように跳ねまわり非常にそそっかしい。
「ウチにある仕事は大きく分けて4つだ。事務処理、キッチン、ホール、そして遊戯場を管理するディーラーだ。やることはその都度指定するからよ、どんどんこなしてくれや」
「了解しました」
「んじゃこれ着てくれや。この店の制服だ」
オーナーがどこからともなく取り出したのはバーテンダーの様な制服。それがダーパンに押し付けられると『妖精兎の庭園の制服(レンタル)を獲得しました』というメニューが視界の隅に表示される。
その日から昼間は幼女と『100ハインドヨット』漬け、夜は酒場で激務に勤しむ生活が始まった。