№4 妖怪1多い
(´・ω・`)更新期間が開いて申し訳ございません
―――よし、これで遂に5段階目にランクアップだな
WOM正式版スタートから3日。ダーパンはアルバイトに励み続け、奉催ギルドのギルドランクをLunk5まで上げた。他のプレイヤーがどんなに早くても漸くLunk3に上がって少したったぐらいなので、如何にダーパンのEXアビリティが異常かよくわかる。そしてそれはダーパン自身も一応自覚はしていた。
というより、元からプレイスタイルも異質なのだ。どれくらい変かと言えば、今からでも最前線で戦える装備を所持しておきながら未だに街から一歩も出る気配を見せなかったり、道行く人に適当に話しかけて軽く情報収集したり、その代わりにβテスターとしてアドバイスしたり、フレンドリストを増やしたり、アルバイトしまくり過ぎた大学生のようにやたらお金を持っていたするのだ。
そのお陰か有用なスキルも獲得できたし、β時代にはなかったSubClassも色々と発見できた。なによりEXアビリティの【磨穿鉄硯】や【奉仕精神】が成長してより多くの利率を得られるようになっていた。
――――βの時だと、そろそろ受けられるはずなんだが。正式版にそのまま引き継ぎってことはないか
ダーパンはギルドランク5になってできるようになったことを確認し新たなクエストを受けようとすると、ギルド嬢に呼び止められる。
「パンダ―パンさん、ギルドランク5への昇格、おめでとうございます!」
「いやー、頑張った甲斐がありましたね」
「他のギルドより幾分…………いえ、なかなか不人気なギルドですので、パンダ―パンさんのような方がいると非常に助かりますよ!」
まだ20才に満たないような童顔で可愛らしい顔立ちのギルド嬢ファルアは、この3日でパンダ―パンが最も接したNPCだといえる。というより、パンダ―パンが奉催ギルドに立ち寄る時間と彼女のシフトが一致しているのだ。
そんなファルアは人懐っこい笑みを浮かべてパンダ―パンに話しかけてくる。それは彼女の頭上にある、中立NPCの印である緑の三角形が見えないければ人間との違いを一切見いだせない自然な態度だった。
「それで、ファルアさんは俺になんか御用ですか?」
ファルアの豊かな胸の前で握りしめられている茶封筒にダーパンが視線を送ると、ファルアはコクコクと頷く。
「実は奉催ギルドのエースであるパンダ―パンさんに折り入ってお願いがありまして」
「お願い、ですか」
βでも似たいような経験をしたことがあるのでこの展開には驚いていないが、ダーパンは一応神妙な顔をしておく。
「先ほどまた一つ依頼が寄せられたのですが、これがまた少し厄介でして…………しかし助ける人々の為の奉催ギルド!受理していただけるのは難しいであろう依頼でも門前払いすることはできないのです!ですので、その、パンダ―パンにこの依頼を受けていただくことはできませんか?」
目をうるうると潤ませ、両手を胸の前で握るファルア。それによりより彼女の豊かな胸はより強調され、童顔な顔も相まって庇護欲を刺激する。
なぜギルド嬢に色仕掛けをするようなモーションがあるのかはβ時代からダーパンには不思議だったが、ダーパンは快くのその依頼を引き受ける。
「いいですよ、任せてください」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
そのクエストはβ時代にダーパンが受注経験のある“地雷クエスト”『商家の家政婦代行』だった。
◆
WOMで受けられるクエストには幾つか種類がある。
まずメニューから確認できるデイリークエストやウィークリークエストなどの『ガイドクエスト』。各ギルドで受注可能な『ギルドクエスト(実際にはクエストとだけ呼ばれる)』。そしてWOMのメインシナリオに絡んでくる『シナリオクエスト』。
一般的なクエスト、公的クエストと呼ばれるの物は以上の三種である。しかし、それら三種だけでなく公的なクエストではない『サブクエスト』という物も存在する。
このクエストは運営や公的な機関から発注される物ではなく、依頼主から直接受けるクエストの事である。このクエストの最大の特徴は、万人が受けられるクエストというわけではないこと。そして報酬やクエストクリア条件に関してさえもある程度交渉が可能ということだ。
中にはSubClass解放に必須な“キークエスト”や、連続して発生する“チェーンクエスト”、そしてみんな大好き単発発生の“ユニーククエスト”。特にこのユニーククエストは難易度が高い反面、得られる物のレアリティも相当に高くなる。βテスト時にも既にユニーククエストは存在していたが、βテスターの中でもユニーククエストを発生させることのできたプレイヤーは30人を超えない。
それほど色々とレアなクエストなのだ。
因みに、パンダ―パンの装備している『パンダ組パーカー』と『パンダ組キャップ』はユニーククエスト達成報酬の布と糸を使い、βテスターで最高の裁縫技能を持つべあーべが仕上げた物。色々なバフを与えてくれる激レア装備だったりする。お陰でかなり評価ポイントを消費させられたが、パンダ―パンに悔いはなかった。
何故ならユニーククエストは一度発生させれば二度と同じものは発生させることはできないのだ。つまりユニーククエストの報酬により作られたこの装備も再び手に入れられる保障は皆無だったのだ。
閑話休題。
WOMには様々なクエストがあるが、クエストには難易度がある。特にユニーククエストは発生させることができてもクリアできるかは別問題。ただでさえユニーククエストを発生させることができたプレイヤーは少ないのに、クリアまでたどり着いたプレイヤーはたった10人程度。
ユニーククエストを筆頭に、サブクエストは特殊なだけあって報酬も良い分、難易度も高い。しかし、公式クエストは受注できるランクに合わせて発行されるので、クエスト成功率の方は格段に高い。そして失敗してもデメリットが極端に少ない。それが公的クエストだ。
だがしかし、その公的クエストの成功率を100%にしない明確な元凶がある。それが所謂“地雷クエスト”だ。
例えば総合的な評価によってギルドランク5から受注できるクエストとされていた物が、蓋を開けてみれば極一部分だけランク8相当の難易度でクリアできなかったり、簡単に見えて入念な下準備が必要だったり、他のクエストが同時に発生してどちらかを切り捨てる選択を迫られたり、拘束時間が長かったり、「話が違う!」と叫びたくなるタイプのクエストを地雷クエストと呼ぶ。
そしてダーパンがβ時代に奉催ギルドで踏んだ特大の地雷クエストが、奉催ギルドランク5クエスト『商家の家政夫代行』だ。
この公的クエストは、公的クエストでありながら実質ユニーククエストであると知られている。理由はシンプル、β時代にパンダ―パンにしか受注できなかったクエストだからだ。
β時代、テストが開始されてからゲーム内時間で一週間、パンダ―パンはふと誰にも見向きもされていなかった奉催ギルドに興味がわいた。取り敢えずクエストを見れば、調査防衛ギルドで受注可能なクエストよりもうまみは少ないし、どちらかと言えば、ゲームというよりゲーム自体になれるためにしか見えないクエストしかない。
「VR初心者施設か」、他のプレイヤーもそう考えた様にパンダ―パンも思った。しかしエンジョイ勢として色々試し、それがひと段落して次は何を試そうか考えているパンダ―パンにはちょうどいいクエストに思えた。
さて、次は何をしようか。そんなことを考えながらただ無心でアルバイトクエストをこなす。やがてそこから利点を見出し、パンダ―パンは仲のいいプレイヤーにも奉催ギルドを勧めた。そしてどんなプレイヤーにもある程度このアルバイトクエストにはメリットがあることを確認する。
アルバイトクエストの一人者となったパンダ―パンは黙々とアルバイトクエストをこなした。やってみたら思ったより性に合った、ということもあるのだろう。ゲーム内なのにアルバイトをすることは特段苦になることはなかった。
またパンダ―パン同様にアルバイトクエストから様々なメリットを見出し、それを生かし始めるプレイヤーが生まれだす。これが『ネタエンジョイ倶楽部』結成前の小集団の始まりだった。
どんなことでも自分が最前線にいることのできる物は楽しいことである。パンダ―パンにとっては奉催ギルドがそれだった。そして最速でギルドランク5にたどり着く。その時にギルドから発注されたのがこの地雷クエストというわけだ。
というより、このクエストによりWOM内で地雷クエストという物が明確に存在することがわかったのだ。
『商家の家政婦代行』、そのクエストはその名の通りとある商家で家政婦ならぬ家政夫となり色々なことをこなすクエストだ。しかしその内容は今まで受注可能なクエストの総まとめのように色々なことを頼まれる。炊事洗濯は当然として、荷物の運搬や、商家の主人の失せ物探しなどなど、しかもこれらより一段階上のクオリティでそれら全てをこなさなければいけない。
これだけ聞けば、まあ努力次第、本人の能力いかんではこなせるように思える。実際にダーパンもクエストが始まるまではそう思っていた。
しかし、このクエストは奉催ギルドに見合わないだけの報酬を得られることにより見落としやすいのだが、拘束期間が異様に長い。その拘束時間は異例の約3日。6倍速で時の流れるWOMでは約14日以上は確実に拘束されるのだ。
この時点でほぼ地雷確定なのだが、このクエストの地雷要素はまだある。
例えば、家政夫代行中には様々な業務が発生するのだが、その中にサラッとサブクエストが発生(しかも拒否権がほとんどない)したり、お客様に料理を出してほしいからランク○○以上の料理を提供して頂戴、などという無茶ぶりをされるのだ。
これに関してはダーパンは意地でなんとか合格点スレスレの物を提供できたが、その間にも他のタスクはどんどん貯まっていくのだ。
そして最終日、パンダ―パンはその時に発生したサブクエストのせいでこの地雷クエストをリタイアせざるを得なかった。非常に多くのタスクをこなしたこと自体の利益はあった。しかし時間やその諸々を消費して尚、そのクエストをクリアできなかったのはダーパンにとって非常に悔しいことだった。
だが、この地雷クエストはもう一つ、大きな地雷を抱えているのだった。
◆
「おいたんあそぼ!」
「あそぼあそぼ!」
「にいちゃんだっこして!」
「おにごっこしよ!」
「あたしはかくれんぼがいい」
「あっちむいてほいするの!」
「はいはい、ちょっと待ててねー!今お兄さん忙しいからあともう少し待って!」
「すこしってどれくらい?」
「おいたん、これなに?」
「おんぶでもいい!」
「おにごっこしないの~?」
「かくれんぼするの!」
「これたべていい?」
ダーパンの周りをわらわらと囲むのは、商家の子供達とそのお友達。この家政婦代行クエストを一番難しくしている最大の原因が、この子供NPCの介入だった。子供NPCは新しくきたお手伝いさんに興味津々でちょこちょこちょっかいを出してくる。
しかしこれを無視していると悪戯を仕掛けてくるのだ。だがこれを叱ろうとすれば、お坊ちゃんを叱るとは何事ですか!と、他の家政婦NPCから理不尽に叱られる。家政婦NPCから遊びたい盛りの子供たちを一手に引き付けてくれるパンダ―パンはいい生贄なのだ。かといって子供たちの相手をしているとタスクが溜まってパンクする。
このクエストはそこの兼ね合いが非常に難しかった。
22世紀の今でこそ色々な物が自動化、快適化されたが、昔の子育てはこれを一人で相手し続けていたのだからパンダ―パンとしては女性とは強い生き物だと改めて実感した。それほどこのクエストは忙しい上に子供たちの妨害が面倒なのだ。
――――でも、今の俺はちょっぴり強くてニューゲーム状態だ。
「掃除は?」
「1階から納屋まで任された場所は全て滞りなく」
「洗濯は?」
「此方もすべて終え、干してあります」
β時代から引き継いだ技能を駆使してノートは予めレストランのバイトを行ったオーナーNPCに厨房を借り、新たに取り直した【料理】とEXアビリティ【調理SP】を余すことなくいかしてお菓子を事前につくっておき、それを引っ付いてきた子供に与えて時間稼ぎを行った。その間に各種スキルを使いさっさと依頼された業務を行ったということである。
「素晴らしい。では時間も空いていますので、坊ちゃんたちのお相手をしてあげてください」
「畏まりました」
【サブクエスト:目指せ保母さん!】
『受注しますか? YES/NO』
――――ん?これはサブクエストなのか?
いきなりポップアップするメニュー画面。そこに記されたのは毛色の違ったサブクエスト。
サブクエストでもユニーククエストに該当するクエストお決まりの推奨ランク表示なし。これはどういうことだ?と思わずパンダ―パンは首を捻る。
β時代にはクエスト中盤に御隠居中の商会の前会長に遭遇し、ユニーククエストが発生するのだ。そしてそれこそがダーパンをクエスト失敗に追い込んだクエストでもある。
やはり一見同じに見えて今までもそうだったようにβ時代と正式版には違いがあるらしい。であるならば、このユニーククエストはβ時代の前会長のユニーククエストと同種のものではないか、パンダ―パンはそう判断する。
そしてダ―パンは少し悩んだ末に、YESのボタンを押した。
◆
「リュート、みっけ」
「ああ、見つかった~」
サブクエストを受注して以降、ダ―パンはゲーム内の方が現実より余程忙しいという事態に陥った。仕事をこなすスピードが速く質もいいので次々に与えられる仕事。サブクエスト受注により子供たちと遊ぶ約束をした扱いになっているのでより熱心に遊びに誘ってくる。
それでもおかし餌付け作戦や、竹とんぼなどの小道具を持ち込みなんとか時間を稼ぎ、ダーパンはその間に仕事をこなし、それが終われば子供たちの相手をして、ついでにフレンドも着実に増えていった。
β時代よりもクエストもきつかったが、ユニーククエストの方も一筋縄ではいかなかった。どうやらサブクエスト受注がトリガーだったらしく、子供たちから『遊んでくれる人』認定されたせいで今や商家の子供たちのお友達が集結し毎日20人程度の子供を相手に遊ばなければいけない状態に。
まるで保育園の様な状態で毎日ダーパンは頑張っていた。
その間に子供たちともかなり仲良くなり、ある程度メンバーは増えたり減ったりはするけども、今や一人一人の名前もほとんどわかる。その日の遊びはかくれんぼ。ダーパンが鬼となり商家の周りに隠れる子供たちを多少手加減しつつ見つけていく。
ダーパンはこのサブクエストをこなしているうちに一つの事に気づいていた。クエストを妨害する子供たちは、βテストの時と比べてある程度仕事の邪魔をしないようになってくれるのだ。おそらくβ時代の鬼難易度の緩和策なのか、サブクエストを進めることで子供たちの好感度が稼げるように設定されており、好感度を高めるほど妨害率が減っていく。
もしかしてβテストの時も邪険にせず一度でも相手してあげればよかったのか?と思うも今は確認する術がない。今が問題なければすべて良しとダーパンは思考を放棄する。
子供たちは遠くへこそ離れないがなかなか見つけ辛い所にいて、大人が真面目に探してもなかなか見つけられない。こういう時にネコ探しのクエストで習得した追跡スキルが役に立つのだが、どういうわけか遊戯にスキルを使うと子供たちからの好感度が下がることが分かっているので自力で探すしかない。
他のプレイヤーのほとんどが戦闘したり生産活動したりするなかで、子供とかくれんぼしてる自分は結構迷走しているのではないかという疑念が湧き上がるが、まあ楽しければいいかと思いダーパンは時間をかけて全員を見つけることに成功する。
「よーし、今日は終わり!はい、えーー!とかやだー!って言わない!今日はおやつを作ってきたんだ。それをみんなで食べよう」
ダーパンがそういうと、子供たちは「やったー!」とはしゃぎだす。【料理】と【調理SP】のスキルを持つダーパンの作り出すお菓子は、熱心に熟練値を上げているだけあって今のプレイヤー達より格段に美味しい物が作りだせる。それに、奉催ギルドで様々なクエストを受けたダーパンは様々なレシピを会得している。リアルではお菓子など一度として作ったことはないが、【料理】のスキルのアシストがあればド素人のダーパンでもハイクオリティな物が作れるのだ。
今回用意したのは、とあるクエストの時に追加報酬でもらったレア度の高い非売品の蜂蜜をたっぷりかけたサクサクのクッキー。クッキー一人5枚、自分の作った木の皿にのせ、蜂蜜をかけて配っていく。
今日遊びに来る人数は聞いていたので、それに合わせた数をクッキーを焼いてきた。余分に焼いてもいいのだが、一度作った者は放置すると劣化速度がはやくなる。それにクッキーを作るのに使う材料は他にもたくさん使い道はあるので無駄遣いはしない。
もちろん、子供の分だけでなくダーパンを自分の分も焼いている。リアルではわざわざ買わないクッキーも、ゲームの中ならお金もかからないし蜂蜜をしこたまかけても太ることもない。今回のクッキーはダーパン自身でも会心の出来栄え。子供たちの喜びも今まで提供したお菓子より一段と大きく、それがゲームのキャラクターだと分かっていてもダーパンは嬉しく思う。
そんな子供たちを眺めながら自分もクッキーを食べようとすると、なぜか自分の分のクッキーがない。子供たちは自分が整備した花壇のレンガに横一列に座って楽しそうにクッキーを食べている。勝手に立ち上がって皿をもっていったような子は一人もいなかった。
ダーパンは子供たちがキャーキャー騒いでお菓子を落としたりしないように、先にレンガに座らせた一人一人に皿とクッキーを渡したのだ。クッキーは人数分ピッタリに焼いた。かくれんぼで一人一人見つけたのだから数が違うということもないはずだ。
はずなのだが、横一列に並んでいる子供達の中で、一人見覚えのない子供が何食わぬ顔で混じっていることにダーパンは気づく。
あれ?と思い子供たちの人数を数えなおすと、かくれんぼを始めるときより一人子供が増えていた。
一度気づけば、どうして気付かなかったのかと思うくらい、その幼女は他の子と隔絶したレベルの可愛らし容貌をしていた。輝く程に真っ白な髪をツインテールにし、黒くクリクリした大きな目、赤いワンピース。NPCの中世~近世西洋をイメージした服装とは明らかに違う。先ほど気づかなかったことが不自然なくらい、その幼女は目立つ格好をしていた。だというのに、何食わぬ顔で子供たちに交じっているのだ。
「ねえ、あの子って今まで来たことあったっけ?右から5番目の白い髪の子」
ダーパンは子供たちのリーダー格である商家のおぼっちゃんに試しに聞いてみると、おぼっちゃんはうーん、と考えるこむような顔をする。
「あの子ね、たまーに遊びに来るの。でもあの子だけどこに住んでるのか知らないんだ~。いつの間にかいてね、いつの間にか帰ってるんだよ。お兄ちゃんはあったことないかもしれない!」
「なるほど」
なんだそりゃ、とダーパンは思うが、ぼっちゃんの話は終わっていなかった。
「そんでさ、すっごく遊びに強いんだよ!かくれんぼでも石けりでもカードでもサイコロでも、何やっても負けたの見たことないんだ!!兄ちゃんも遊んでみればわかるよ!!」
「“遊びで負けたことがない”?」
『まて、このぼっちゃんのセリフ、βテストの時も聞いたことあるぞ!?』とダーパンがあることに気づき動揺していると、クイっとダーパンのジャージの裾が引っ張られる。振り返れば、そこには件の幼女がカードの束を手にもってニコニコしていた。
【『????』から決闘を挑まれました。特殊ルールを適用します。決闘は『エーテルカード』の勝敗で決定します】
【決闘を受諾しますか?YES/NO】
エーテルカードはβテストの時も存在したWOM内のカードゲームだ。しかしオリジナリティのあるゲームではなく、基本はただの花札。カードの内容が、猪はグリフィン、鹿はユニコーン、蝶は不死鳥と言ったように書き換わってるだけである。それと『こいこい』という変え声が『ベッド』という掛け声に代わるだけ。カードの柄さえ分かっていれば後はただの花札だ。
そこでダーパンは漸く気づく。この地雷クエストに付随するサブクエストが正式版になってもなくなったわけではないことに。ダーパンにクエストをリタイアさせた元凶のサブクエスト、自分が遊び人exを選んだ一番の理由である『真のサブクエスト』が始まったことに気づき、そして笑った。
「(βでは決着がつかなかったが、リベンジだぜ、爺さん!)」
ダーパンは獰猛な笑みを浮かべ、YESのボタンを威勢よく押した。
◆
「…………負けました」
「ふぉっふぉっふぉ、惜しかったのう」
ダーパンの目の前に表示されるのは決闘の結果。そこには濃い青の字で『LOSE!』と表示されていた。対して、悔しそうなダーパンの前に腰かける豊かな腹と白髭、赤い服を着せればサンタそのものような老人は楽しそうに笑う。
ダーパンがこの老人に遊戯による決闘を挑まれ、敗北すること数百回。それにより『遊び人』のSubClassを選べるようになり、勝つためにムキになって完全にネタクラスでしかない『遊び人』をすぐさまSubClassにした。遊戯とLUKを上げる以外ほぼ使い物にならないSubClassだ。ニッチなSubClassである反面、その効果は大きく老人に勝つことができるようになった。
しかし勝てば勝つほど難しいゲームで挑まれ、SubClassを『遊び人』にしていてもある時からダーパンは全く勝てなくなった。
「もう一度やらんかのう?」
「――――ええ、やりましょう」
ダーパンはまた決闘を迷いなく受諾する。老人は6個のサイコロをジャラッと振った。
ダーパンが地雷クエストである『商家の家政夫代行』を受注してからそれなりの月日が経っていた。長く苦しかった地雷クエストをそろそろ任期満了だ。しかし、そのクエストに紐づいたサブクエストによりメインのクエストである『商家の家政夫代行』がストップしてしまっていた。
クエスト中に商家の前会長である御隠居に偶然出会ってのが事の発端。相も変わらずダーパンの仕事の妨害に熱心な子供たちをご隠居が諫めてくれた。悪ガキどもも、リーダー格であるおぼっちゃんでも頭があがらない祖父には弱かったらしく、ダーパンの苦労は何だったのかと思うほどにあっさり子供たちは引き下がった。
その代わりに、次の日から子供達の代わりに御隠居がよく来るようになり、部屋の掃除やお使いなどを頼むようになる。NPCにとってプレイヤー達は興味深い存在らしい。御隠居となれば子供みたいに振り払えず、ダーパンは御隠居の依頼も受けるようになる。それがサブクエスト化した頃だった、久しぶりに子供たちが泣きべそをかいたふりしてダーパンに絡んでくる。
なんだなんだと思えば、遊んでくれる爺ちゃんが強すぎるからお前が仇討してほしい、という謎の頼みごとをされる。
――――――――そんでさ、すっごく遊びに強いんだよ!かくれんぼでも石けりでもカードでもサイコロでも、何やっても負けたの見たことないんだ!!兄ちゃんも遊んでみればわかるよ!!
どうも御隠居は暇を持て余しているらしい。遊び相手が欲しいのか子供を相手にするが、負けることはない。子供たちに強引に引きずられて、ダーパンは御隠居と一つ遊戯に興じることに。
それが『サブクエスト』の真の地雷。確かに爺さんは何をしても圧倒的に強かった。しかしダーパンはあきらめずに何度もトライし、勝利する。するとこんなことを言い出した。
依頼は中断して良いから、わしと遊んでまた勝ってみろ。わしが満足するだけ勝利出来たらいい物をやろう、と。まさかのメインクエスト強制中断からのサブクエストの割り込みだ。どうやら、というより当然かもしれないが、家政婦達より御隠居の方が圧倒的に発言力が強い。御隠居が白と言えば黒も白になる。なんとも奇妙なクエストだとは思ったが、まあ勝てばいいかとダーパンは気安く決闘を受諾した。しかしそれが地獄の始まり。一向に勝てないのだ。
其のうえ、勝つまで本当にサブクエストが終わらないのだ。連日、ただ遊びに興じ続け幾度となく惨敗した。ダーパンが完全にムキになっていたのは間違いない。どうしても勝ちたくて真面目に遊戯を研究し始めていた。恐らくべあーべに諭されなければずっと勝負を挑み続けていただろう。
まあβテストだからこれに固執することはないというべあーべの説得で、ダーパンは泣く泣くこのクエストをリタイアした。それがβテスト時の地雷クエストの結末だ。
挑んでくるシチュエーションも相手も違う。しかし間違いなくこれはあのクエストが元になっているとダーパンは確信する。
「『ベッド』」
ダーパンは『こいこい』を選択。幼女が山札からカードを引く。『クリア』、つまり上がりのコールはなし。続けてダーパンが引く。カードは『満月』のカード。
【役:四星(四光)、月蝕(月見で一杯)、日蝕(花見で一杯)、聖騎士(赤短)。】
【『クリア』しますか?】
「クリア」
ダーパンは賭けに勝った。四星で8点、月蝕、日蝕、聖騎士で各5点。合計23点。7点以上は倍で計算されるので46点。ダーパンと幼女を囲む子供たちは歓声を上げるが、ダーパンはまだ険しい顔で、幼女は楽しそうにニコニコしたままだ。
そう、一回勝ってもも意味はない。今回は6回勝負。幾らでもひっくり返る可能性はあるし、βテストでも御隠居に幾度となく最後で全部ひっくり返された経験がダーパンはなんどもある。
花札で得点を稼ぐには、「こいこい」という危険なコールをして勝負を引き延ばす必要がある。しかし1ターン伸びるということは相手が役を完成させる可能性も増えるということ。特殊ルールでは「倍返し」が存在し、「ベッド」をコールした後、相手の方が先に「クリア」すると、相手の点数が二倍になってしまうという大きなリスクを持つ。
先ほどダーパンが「ベッド」を選択できたのは、得点の高い役を作るのに必須な「満月」のカード以外はほとんど自分が有用なカードを所持できていたから。それでも倍返しをくらってせっかく得られた得点を失うリスクも0ではない。
そこが花札の難しいところだ。
この手の運が絡むゲームをAI相手にするのは「出来レース」に近い感覚を覚えるかもしれない。だが、ゲームだからこそ「絶対に負ける」ということはない。知恵とほんの少しの勘が働けば、逆を返すと「絶対に勝てる手順」もあるということ。AIによる人工的な確率が絡まないリアルの勝負より一周回って絶対的に公平な勝負なのだ。
しかし――――
「え゛、マジか。一点差かよ!?」
6回勝負の結果は、一点差で幼女の勝利。どっちが勝っても面白かったのだろう。わぁーーー!!っと子供たちは大きな歓声を上げる。
Resultは、LOSE。例え一点差でも負けは負け。幼女は嬉しそうにパチパチと手を叩く。
「スゲーよ兄ちゃん!負けちゃったけど一点さなんて初めて見た!」
「もしかしたら勝てるんじゃない!?」
「もう一回やって!もう一回!」
ダーパンからすればリベンジを兼ねた戦いの第一戦。相手が幼女でも完全に勝ちに行っての敗北。相手が海千山千を乗り越えた老人ならまだしも、まだ見た目三歳程度の可愛らしい幼女に敗北するのはダーパンの予想以上にダメージがデカかった。
しかし子供からすれば楽しい見世物であり、キャーキャーと好き勝手なことを言い出す。
すると幼女がニコニコしながら人差し指を立てて手を突き出す。
「明日もやろうだって!」
「ぼく、お兄ちゃんがもっと遊べるように頼んでみる!」
「みんないくぞーー!!」
「あ、ちょ、待て!」
ダーパンが止めるより前に、それいけーー!と館に突撃する子供たち。βテスト同様、子供たちのわがままに家政婦たちが折れて、クエストは一時中断し、子供たちの面倒を見るように頼まれる。
気づけば、件の幼女は忽然と姿を消していた。




