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№3 アルバイトデスマーチ

 完全没入型VRゲームが主流になって以来、ゲーム会社はキャラクターのパラメータを数字として明確化する事は避ける傾向にあった。

 その代わりとしてランク制を導入し、WOMでは前作のアルルフルードオデッセイのシステムを流用してSTRやDEFなどのパラメータをS、A、B、C〜H、Iまでの10段階で表記。Lunkを上昇する事で再び全てがIにリセットされる形式を採用している。


 Lunk制では必ずしもLunkをあげる事でしかパラメータが成長しないわけではない。肉体労働を行うだけでもSTR(力)やVIT(体力)などは成長するし、集中力の必要な細やかな作業を長く続けているだけでもDEX(器用)やPOW(精神)が成長した。

 ただしその成長は非常に緩やかで、難行をやる遂げることでLunkが上がった時(つまりただスライムを殴り続けてもLunkは上がらない)に身体が1段階上の状態にフルチューンナップされた時以外に明確な成長を感じる事は難しかった。

 

 しかしそれは前作までの話。第八世代型VR機器はより使用者に負担なく自由に遊べるように調整が施されている。なので、WOMではクエストなどをクリアした時にもらえる『経験点』でパラメータの成長にブーストをかける事が可能になっていた。

 だがこの経験点は結構な曲者で、パラメータだけでなくClassやSubClass、はたまたスキル、アビリティの成長にまで使用する事ができる。しかし経験点は有限であり、どれにこの貴重なブースターを使うかβテスター達も頭を悩ませた。

 

 そしてその明確な答えは今も出ていない。少なくとも戦闘ガチ勢は悩んでいるよりはクエストを大量に受けて戦い続けた方がいい、という結論に到達したようだがそれもまた自分のビルドに大きく左右されるので一概に正解とは言えない。

 

 では、基本的にちょこちょこ摘み食いしビルドも可変性が富みやすいエンジョイ勢の最適解とは


―――――スタートはアルバイト周回安定ってわかってんだよなぁ


 『奉催ギルドでアルバイトクエストを受けまくる』である。

 冒険者ギルドで発行されるクエストも、奉催ギルドで発行されるクエストも、どちらもクエストには違いない。そしてクエストはクリアすると経験点が例外なく手に入る。

 確かに冒険者ギルドのクエストよりはその難易度の差により経験点は少なめだ。だが、戦闘ガチ勢だからこそ見落とし、様々なものにチャレンジするエンジョイガチ勢だからこそ気づけるメリットがアルバイトクエストには存在する。


 そもそも、レベル制のゲームはスキルなどの習得条件がレベルアップになっているケースが多い。だがWOMはランク制。確かにランクアップをトリガーにスキルを得られることも多いがどちらかといえばアビリティの方がランクアップとは関わりが深い。逆を返すとランクアップをせずともスキルは習得可能ということである。

 そしてスキルの習得は特定行動を一定数繰り返したり、Classを成長させたり、あるいは特定の目標の達成がトリガーになっていることが多い。例えば“クエスト”はその一つの良い指標になる。

 

 アルバイトクエストはただ魔物を倒すのと違い、バラエティに富んでいるために自分のClassにはあまりかかわりのないスキルを習得することが可能である。また、土木工事ならSTRとVITが、薬草の選別・洗浄・磨り潰しならDEX・POWの成長、クエストの取り組み次第では薬剤師のSubClass選択のフラグにもなる。


 戦闘と異なり、アルバイトクエストは色々な物を受注することでパラメータをバランスよく上げられる。戦闘特化や生産特化と違い色々な物に取り敢えず触ってみるタイプのエンジョイガチ勢にとってはパラメータは方針が決まるまでは特化するよりバランスよく伸びたほうがいい。結果的に、効率とその他諸々を天秤にかけるとエンジョイガチ勢の最初の行動はアルバイトクエストをしまくるのが正解になる。


―――――それに、三段階目まで到達すればスキル・アビリティ習得にこれ以上にないプラスになるしな。


 そして奉催ギルドのメリットはそれだけに留まらない。冒険者ギルドなどと同様に、奉催ギルドでもギルドランクを上げることでより難易度で利率の多いクエストが受注可能になる。

 このギルドランクが三段階目に、つまり二段階上昇すると『アルバイトというより単なる便利屋』といえる仕事からより専門的なアルバイトをすることができる。この段階から受注可能になる経験点はそれなりに多いし、攻略組から見ても有用なスキル・アビリティの習得が可能になる。


 更に、工夫次第ではより多くの物をアルバイトから得ることはできる。

 例えば庭の整備では―――


「【地泥化(マドフィケーション)】【ウィンドカッター】」


 なかなか根本から抜くことが難しい雑草も、一時的に魔法で地面を泥沼にしてしまえば簡単に引っこ抜くことができる。害虫の駆除や、剪定作業に風の斬撃を使用して簡単に処理を行うことができる。スキルとは繰り返し使うことで熟練度が上昇する。この様にアルバイトをする中でもこまめに魔法を使うことで作業の能率化を図ることができるだけでなく、魔法の熟練度の上昇にも繋がるのである。


 洗濯や掃除、ネコ探しだって魔法を使う機会は多く存在する。ただその手の作業で使えるニッチな魔法は図書館でSAN値削りながら魔導書を読むことで習得するのだが、今回はβからその手の魔法は引き継いでいるのでダーパンは魔法を使ってサクサク作業をこなすことが出来る。


「あらまぁ、随分お庭が綺麗になったわぁ。ありがとうねぇ。貴方は随分いい腕をしてるみたいねぇ。ついででいいのだけれど、池の整備もお願いできるかしら?」

「はい、喜んで」

「整備には庭の横にある倉庫の物を使っても構わないわ」

「了解しました」


――――――やっぱりβテストの時より作業量が増えてる?いや、やっぱりこのEXアビリティ『奉仕精神』が大きく作用しているのか?


 ただ、アルバイトを開始してからダーパンは少し気になることがあった。例えば今現在進行中の『商人の家の庭整備』のクエスト。βテストでも同様のクエストがあり、内容も変わらない。雑草を抜き、木の選定をし、軽く害虫駆除をすれば家の家政婦がやってきて感謝の言葉をもらいクエスト完了を表す木簡を受け取れば終了。奉催ギルドで木簡を渡せば引き換えにお金を得ることができ、経験点も手に入る。

 だが今しがたあったように、なにかと追加依頼があるのだ。


 皿洗いでは、皿洗いだけでなく傷ついている食器の選別と処分。洗濯では洗剤の調達。荷物の運搬では、追加の運搬依頼。土木作業では別件での依頼。どのクエストでもギルドで指定された以上の仕事がクエスト終了後に発生するのだ。

 どうやらただのお願いなだけで強制力はなく、簡単に断ることはできることも可能なのはダーパンも確認している。その代わり追加の依頼を受けると最初に提示された経験点よりも多くの経験点が獲得できるし、ステータスの向上率も高いことをダーパンは理解していた。そのうえ、依頼人から追加で何らかの報酬を得ることができるのも確認している。


 例えば皿洗いの依頼をした酒場ではいくつかのレシピをと食材を、洗濯では水魔法系・DEF・DEX強化のアクセサリーを、運搬ではその商人が取り扱っていた鉄鉱石(現段階ではプレイヤーは手に入れることができていない)などを、土木作業ではSTR・VIT・DEF強化の靴を貰った。

 これはβテストは見られなかった現象だ。


 単に正式版になったからなのか。しかしどの依頼者もダーパンの腕前を褒めた上で、その腕前を見込んで、という文脈で追加依頼をしてくる。そしてこの現象の原因になっているかもしれないアビリティをダーパンは所持していた。


 EXアビリティ【奉仕精神】。 最もアルバイトをこなしたことで獲得したEXアビリティだが、その効果は『戦闘以外の行動の際に得られる経験が上昇。アルバイト時の作業効率上昇。アルバイト時の成果が一段階上昇。NPCからの評価を一段階上昇。アルバイトに関わる選択肢の増加』である。

 これはアビリティであるが故に常時発動する効果であり、アルバイトをするたびに効果は発揮され更に成長するということである。ここにEXアビリティ【磨穿鉄硯】が加わることでダーパンがアルバイトから得られる成長は「これバグってるわけではないよね?」と思わずGMコールしそうになるぐらいによかったのである。


  ただ給金が増えるだけなら『どのみちアルバイトは沢山こなす予定だし、効率を考えたらちょっと得した気分だな』程度で済んだが、その場でアイテムをもらえるとなると話は少し変わってくる。

 

 土木作業のアルバイトを先に受けておいたお陰で、池の整備に役立ちそうな魔法やスキルはしっかり成長している。家政婦から追加依頼を請け負ってから約20分、漸く納得のいくレベルまで池の整備が完了した。


「あらあら、本当に凄いのね貴方。これ、うちのご主人様の経営している商店で取り扱っている糸と布よ。よかったら使うなり売るなりして頂戴な」

「ありがとうございます!」


 家政婦がくれたのは現段階では手に入らないであろうレア度の糸と布が数種。現金より余程嬉しい報酬にダーパンも満面の笑みを浮かべる。


――――――これで庭整備は終了。さて、次のアルバイトは………


 他のプレイヤーからみたら「お前はなにをしたくてWOMの世界にいるんだ」と思わず突っ込みたくなる調子で、サービス初日からただ黙々とダーパンはアルバイトをこなし続けるのであった。


一つ閑話を挟み話が大きく進みます。

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― 新着の感想 ―
[一言] これがゲーム理論の効果か 成果が目に見えて分かるって良いですよね
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