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チェーク砦





砦というものは、簡単に言えば軍事拠点としての城のことを言う。チェーク砦はいわゆる城塞である。

駐屯地よりもその規模は大きく、一つの町と言っても過言ではないだろう。建物のすべては軍事施設であるし、住んでいる者の大半も兵士や騎士ばかりだが、炊事などを担当する非戦闘員も少なからず存在している。

城壁はレンガをセメントで固定して積み上げられており、駐屯地の木造の塀とは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。丘の上にあるので水は張っていないが堀も城壁を囲むように掘られている。

いまだ気持ちの沈んでいたジオも、城門を潜った先のチェーク砦の街並みとも呼べる光景に、感嘆の声を上げた。


「すごい・・・・・・!」


それは故郷と駐屯地と討伐先の村しか知らないジオにとって、初めて見る規模の町の姿だった。

建物はすべて木造か石造りで、中にはレンガで建てられたものもある。そんな建物だってジオは生まれてこの方見たこともない。まるで遠い異国に来たかのような錯覚さえ覚える。


「駐屯地とは全然違う!」


まるでおのぼりさんのように駆け出したジオに、少しは元気が出たようでマリオンは少しほっとする気分だ。あまりいつまでも落ち込まれても困る。


「おーい、あんまりはしゃぐなよ」


「マリオンさん、あれ! 変な屋根!」


聞いちゃいねぇ。

ジオがある建物を指さしている。大きさはラグー村の村長の屋敷と同じくらいの大きさの建物だ。土壁の建物の屋根に、いくつもの板がウロコのように並べられている。

世間的には決して特別なものではないが、それが余程ジオには珍しく見えるのだろう。

そういえば故郷は板かワラだもんな、とマリオンは思い出す。


――それにしても


16歳とは言え、このはしゃぎようはまるでもっと小さい子供のように微笑ましい。自然マリオンの表情も柔らかくなる。

弟がいたらこんな感じなのかな、とさえ考えてしまう。


「あれはカワラっていうんだ」


「カワラ?」


「素焼きの板のことさ。それで屋根を葺くんだ。大きな町なんかだとよく見かけるな」


「へえー・・・・・・カワラかぁ」


ジオの感心したような態度が、ちょっぴりだけマリオンの気を良くする。

チェーク砦はジオの知らないもの、見たことのない物であふれている。狭い世界のなか、代わり映えしない景色の中で生きてきたジオにとって、それらすべては新鮮で心躍る。

その気持ちはマリオンにもわかるが、自分たちは遊びに来たわけではない。


「ジオお前、まさか任務を忘れてないだろうな?」


「あっ・・・・・・」


忘れてたな。


「も、もちろん」


「ウソつけ、本当にわかりやすいヤツだなお前は」


昔の自分ではあるけれど、まさかこんなにわかりやすい――というよりも、幼い人間だったのだろうか?

呑気というか気楽というか。


「でも、どこへ行けばいいんだろう?」


「駐屯地と同じだ。必ず司令官がいて、司令棟がある。そこへ行けばいい」


そう言ってマリオンが歩き出す。


「マリオンさん、場所わかるの?」


慌てて追いかけてくるジオが、少し不安そうに尋ねる。ここは見ず知らずの砦なのだ。右も左もわからない。

しかしそれはジオに限っての話しだ。マリオンは違う。

ここに来るのは二度目なのだ。

ニヤッと不敵にマリオンは微笑んだ。


「まぁ、ここはオネエサンに任せな」


すこし冗談めかして、マリオンは歩を進めた。




――・・・・・・マズイ。


振り返ることができない。歩みを止めないまま、ダラダラとマリオンは冷や汗を流し続ける。

結論から言うと、マリオンたちは道に迷っていた。ただしくは、マリオンが、道に迷った。

途中まではたしかに覚えていたのだ。記憶の通りに司令棟となっている館への道を歩いているはずだったのだ。しかし次第に記憶に霞がかかってきて、風景はぼんやりと輪郭を失っていき、気が付けばわからなくなっていた。

よくよく考えてみても、そうそう訪れることのなかった場所だ、道などいちいち覚えているわけもない。

だというのに大見栄を切った手前、道に迷ったとは口が裂けても言えない。そんなことは恥ずかしすぎる。それこそ裸を見られるよりはるかに恥ずかしい。


――ど、どうしよう、こんなはずでは・・・・・・。


「あの、ここさっき通らなかった?」


「へっ!? そ、そうだったか!? お、おかしいなあッ! あっはは、は・・・・・・」


わざとらしくすっとぼける。

どうやら元の道に戻ってきてしまったらしい。

あせあせと狼狽えるマリオンの様子に、ジオの目がすうっと細くなる。


「マリオンさん」


「べ、別に迷ってなんかいないぞ!?」


「おれまだ何も言ってないけど」


「・・・・・・」


「迷ったんですね?」


「・・・・・・はい」


は、恥ずかしい――ッ。

とうとう観念したマリオンが恥ずかしさのあまり縮こまる。顔はもう真っ赤だ。

カッコつけた果てがこの有様とはなんと情けないことか。年上としてのプライドはズタズタだ。

しかしもうバレたなら居直るしかない。


「道を聞くぞッ!!」


「あっ、開き直った」


「う、うるさいッ!!」


年上の威厳もズタズタだ。

道行く兵士を捕まえて指令棟の館がある場所を聞く。最初からこうしておけばよかったと道すがら後悔するも、無事に館へたどり着くことができた。

さすがに砦の中心部だけあって、その建物はまさに館と呼ぶにふさわしい建築をしていた。壁はすべてレンガで組み立てられており、屋根もカワラ葺きである。窓がいくつもあるので、部屋数もそれなりのものだろう。

それはジオが見る建物の中でもっとも大きなものだったが、臆することなくマリオンは中へと入っていこうとする。ジオはずっと背中に縋るようにして、背を縮めていた。

2人はとある一室に通される。さほど広い部屋ではない。テーブルが中央にあって椅子が数脚ほどあるだけだ。

一介の兵士でしかないジオは、イスに座ることができない。いくら伝令使といっても、それくらいの分別はある。隣り合って部屋の壁に張り付くこと十数分、ドアが開いてそちらに顔を向ける。

入ってきたのは小太りの中年男性だった。ふくよかな顔はどことなく優し気で、もし怖い人が来たらどうしようと内心で怯えていたジオはほっとした。


「やあ待たせたね。君たちが伝令使だね?」


顔と同じようにその喋り方も優しい印象を受ける。

ジオは一歩前に出て、「はい!」と勢いよく返事をする。


「封書を預かってまいりました」


「受け取ろう」


ジオが懐にしまっていた封書を手渡す。

それを中年の騎士はたしかに受け取る。これでジオの任務は終了となる。

しかし封書はもう一通、マリオンがもっているものもある。それも差し出さねばならないものだ。


「マリオンさん?」


だというのにマリオンは、ただ騎士の顔をマジマジと見つめるばかりで、封書を渡そうとしない。

さすがにジオも不思議に思い呼びかけるが、マリオンはますます目を大きくさせていくばかりだった。


「おもい、だしたッ」


そんなことをマリオンが呟く。マリオンの記憶の引き出しから、忘れていたかつての光景のピースが当てはまっていく。

駐屯地、司令棟――そこにいた小太りの男。

間違いない、この男は、この騎士は――


「グイード指令ッ」


マリオンがジオだった頃の駐屯地司令官のグイード、その人だった。

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