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ラグー村の一夜



ラグー村は小さな集落だ。人家も13軒ほどしかおらず、狩猟と採集、ささやかな耕作で生計を立てている。どこにでもある、無数にある村の一つ。

ジオは村に戻ると、まず村長の家を訪ねた。村人たちは二人だけ戻ってきたことを訝しながらも、魔獣を倒したと聞いた時には飛び上がるように喜んだ。たった1匹の魔獣のために村が滅ぼされた例はいくらでもある。

本来、この報告は指揮官であるはずの騎士が、その職責でもって行わなくてはならないものだった。

村長は中年の男性で、たどたどしくもジオが語る事の経緯と巻末を静かに聞いていた。さすがに集落を治めるだけあって、聞く能力には長けている。ジオのお世辞にもわかりやすいと言えない説明に頷いて、「ご冥福をお祈りします」と話しの最後を締めた。


「もう今日も遅いことですし、出発は明日にするのがよいでしょう。宿は当家の離れをお使いください」


村長の申し出は素直に嬉しいものだった。路銀も食料もなにも持たない身で野宿はしたくない。村長なりに仲間を大量に失ったジオたちに対する配慮もあったのかもしれない。

母屋とは別にある離れは、住居と納屋を折衷したような建物だった。大部屋が1つあり、別室が2つ。遺憾ながら今は女性である自分はジオと別の部屋をあてがわれたが、反って好都合だ。いろいろと一人で考えたいことがたくさんある。

夕食は豆のスープだった。この地域ではグニ豆という穀物がよく育つ。渋みの有る豆だが、灰汁抜きするとほんのりと甘みがあって、ジオの好物だった。それはつまりマリオンにとっても好物なわけで、疲れて空腹の状態で出される好物の豆スープは、それはそれは美味しいものだった。


――またグニ豆を食べれるなんて。


閉鎖空間で死ぬはずだった運命を考えると、この食事一つとってもまるで奇跡のように感じられる。噛みしめるようにマリオンは食事をいただいた。スープの温かさが全身に行きわたり、ほっとする。本当に、ほっとする。

そんな感慨深いマリオンの隣で、なかなか匙が進まないジオがいた。精神的な疲労のあまり食欲がないようだ。無理もないと思いながら、マリオンはジオの脇腹を肘で小突いた。


「食べておけよ。明日には駐屯地に行かなきゃいけないんだろ? 身体が持たないし、せっかく作っていただいたんだ」


「わ、わかってるけど・・・・・・喉を通らなくて」


「それでも飲み込め、無理やりにでも食っとけ」


疲れているときこそ食事はしっかりとるべきだということを、旅の経験で痛いほど思い知っている。いまのジオには食事をとにかくとらせて、余計なことを考えさせないようにしないといけない。そうしないと疲れが取れないからだ。

最初はそれでも渋って、なかなか口に運ぼうとしないジオにとうとうマリオンは業を煮やした。世話のかかるやつだ、と内心で悪態をつきながらジオの手から匙を奪うと、それでスープの中の豆を掬いとった。


「ほら口あけろ」


「ま、マリオンさん・・・・・・?」


豆をジオの鼻先に突き付ける。


「自分で食べれないならオレが食わせるしかないだろ。冷めるじゃないか、早く口を開けろ。ほら、あーんだ、あーん」


言われて思わず口を開けたジオの口内にすかさず匙を突っ込む。反射的に口が閉ざされると今度は素早く引き抜く。

もぐもぐと咀嚼するジオの様子を見て、ようやくマリオンが満足気に頷いて、再度スープに匙を浸す。それを2回ほど繰り返したところで、同席していた村長婦人がおかしそうに笑みをこぼした。


「なんだかアンタたち、恋人同士みたいね」


その一言にジオは顔を赤くさせ、マリオンはギョッとした。例え冗談でもキツイ、自分と自分が恋人同士!?


「あ、あとは自分で食え!」と匙を押し付ける。真っ赤になった純情少年ジオも首をコクコクと上下に頷かせて受け取った。

パクパクと、それまでと打って変わって忙しなく豆を口に運ぶジオの横で、マリオンは内心で頭を抱えた。まっっっったくそんな意図は欠片もなかったが、オレは何やってんだ!? 仮にも男に、しかも自分に、あ、あーんだと!? バカかオレ!?

途端に羞恥心が爆発してしまい俯いても、その様子はまるで照れているようにしか見えず、兵士とはいえまだまだ2人とも子供だなと村長夫妻は優しいまなざしだ。

ささやかな夕食の時間はそうして、顔を赤くさせた少年少女と、それを生暖かく見守る中年夫婦の間をゆるやかに過ぎていった。




ようやく終わった食事の後で、湯に浸した布で身体を拭いて、マリオンとジオは離れに通された。ベッドなどという高級な寝具は、こういう辺境の田舎ではまずお目にかかれない。そういうものは大体が都市部にしかなく、麻布を敷いた素朴な寝床で眠るのが辺境民の常である。

床に敷かれた硬い布の背を乗せて、天上を見上げながらマリオンは大きく息を吐く。まさか最後にあんな羞恥の苦行を味わうとは思ってもいなかった。なんとまぁ自分も迂闊なことをしたものだ。

なんにせよ、ようやく、だ。ようやく一人に慣れた、一人で考える時間が出来た。

この状況を考えられる、静かな時間。


「ほんとう・・・・・・何なんだろうな」


右手を天井に向けて突き上げる。開いた手の甲を眺めてみ見る。ランプの明かりに照らされた指の細さは、紛れもなく女性のそれだ。

マリオンの指だ・・・・・・。

そっと目を閉じて思い出すのは、あの、最後の戦いの記憶。実体を持たない“宇宙を貪るもの”を滅ぼすために作り出された閉鎖空間、そこで使命を果たして命尽きたはずの自分。

女神ネスから授けられた神剣は、魂と同化していた。願えば無から掌に現れる神秘の剣だったが、今はいくら念じたところでその存在を感じることも出来ない。神剣は魂から切り離されているらしい。あるいは自分がマリオンになってしまったからか。

いくら考えても、答えは出てくれそうにない。自分が生きていることも、マリオンになってしまったことも、そして時間を遡ってしまっていることも。おおよそ考えられることではない。ありえない、まさにその一言だ。

これが、ただ単に帰還できたという事実だけならよかった。滅茶苦茶になりかけた世界を仲間たちと復興させるなり、いくらでも未来を歩めたはずだ。

だがここでは違う。ここは過去なのだ。つまり自分は・・・・・・未来を知っている。知っているけれど、どうしたらいいのかわからない。過去ということは、おそらくこの世界は“宇宙を貪るもの”の脅威にさらされているはずだ。また戦うのか? また旅をするのか? またあの過酷な体験をしなくてはならないのか?

そう考えてマリオンは、過去に――あるいは未来で愛する少女のことを思い出す。自分ではない本物のマリオンのことを。

あの死をもう一度――もう一度?

それはふっと沸いた疑念。


「まてよ・・・・・・今はオレがマリオンなんだよな? つまり?」


えっ、もしかしてオレって死ぬの?

その可能性に気づいて、マリオンは目の前が真っ暗になった。いやいやそんなはずはない、と思いつつ。

もしも――もしもまた旅をするなら、今度はジオとしてではなくマリオンとしてするわけだ。マリオンとして生きて、マリオンとして行動すると――過去という名の未来のまま進むなら、つまり、やはり、認めたくはないが・・・・・・・


「――ヤバイヤバイヤバイ」


――夢なら早く覚めてくれ、その時が来る前に! 

ガバッと起き上がる。震える両腕がつかむ未来は絶望の色に染まっている。

そこでふと、もう一つの可能性に気づく。記憶の通りに行動すると死ぬのなら、そうしなければ?

旅に出なければ、“宇宙を貪るもの”との戦いに関わらなければ?

そのことに思い至って目の前の明るさが戻りつつあった瞬間、しかし一方でわずかに冷静な自分が囁く。

――それだと世界が滅ぶんじゃ?

女神ネスが言うには、世界を救うにはジオとマリオンどちらかの存在が必要不可欠らしい。マリオンはジオをかばって死んでしまったが、そのジオ(自分)が最終的には“宇宙を貪るもの”を倒すことに成功した。

それならもし、自分が使命を捨てて、ジオが死んでしまったら・・・・・・?

すなわちそれは“宇宙を貪るもの”の勝利であり、人類の敗北、世界の破滅、最悪の結末、バッドエンド。


「――ヤバイヤバイヤバイ」


ど、どうしたら? オレはどうしたらいい!?

もはや詰んでしまっている未来にもがいていると、ドアを小さくノックする音がランプの茜色だけの部屋に響いた。ビクッとマリオンが揺れ、ドアに顔を向ける。だ、誰だ!?


「あ、あの、マリオンさん、起きてる?」


この声はジオだ。すでに夜分も遅いが、どうしたのだろうか。絶望しかけていたマリオンだったが、ひとまず問題を先送りにして、ドアをゆっくり開ける。


「どうした?」


「あっ、ごめん、こんな遅くに・・・・・・寝てた?」


「寝てはいないよ、まだ起きていたから」


「そ、そっか」


――歯切れが悪いな、なんだ?

なかなか話を切り出してこないが、時間はある。腕組をして、マリオンは壁に寄りかかって言葉をまつ。ジオは自分だ、ここで促そうとすると、反って委縮してしまうことはわかっている。


「えっと、その・・・・・・もしもでいいんだけど、お願いがあるっていうか」


――なんか、覚えがあるな、この場面。

かすかなデジャブに襲われながら、マリオンは「なんだ?」と聞き返す。

意を決したのか、ジオがマリオンの瞳をまっすぐに見つめ返す。


「駐屯地へ帰るの、いっしょに来てほしいんだ」




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