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異人の少女(後)




たしかにどことなくあの露店売りの少年と似ていなくもない。どこがと言われると困るが、全体的な顔の作りに面影がある。しかしそれを覆い隠してしまうほど、少女の柔らかい雰囲気が、小生意気な少年とは似ても似つかないものにしている。

ミリアは齢が12歳だという。アムは14歳らしい。それなのに少女の方が大人びて、兄の非礼を代わりに詫びている。まるで弟を庇う姉のように。

なぜこうも性格が違って育ったのだろう。それがまったく不思議でならない。


「お兄ちゃんは昔から負けず嫌いで、よくケンカもしていて」


まぁあの性格ではそうだろうなぁ、とマリオンは思わずにいられない。とても客商売に向いているとは思えない。勝ち気でけんかっ早い性格は、むしろ海人の漁師の方が性に合っているのではないだろうか。そんなことを言うと、ミリアは困ったように苦笑する。


「でも優しいお兄ちゃんなんですよ。いつも私のことを気にかけてくれて。この髪飾りもお兄ちゃんが買ってくれて」


前髪を止めている小さな虹色貝の髪飾りを撫でるミリアの眦は優しい。光に反射して七色に輝く虹色貝は、よく装飾品に使われる。大抵の浜辺でとれる虹色貝はさほど高価なものでもないけど、とにかく美しいので、人の貴賤に問わず広く愛されている。ちなみに虹色貝は可食なうえに美味である。

あんな生意気な少年も、目の前の妹には甘い、妹想いな一面があるらしい。髪飾りを撫でるミリアの表情は兄をとても慕っているのがわかる。


「だけどあれで客商売は大変だと思うぞ。少なくとも真っ当な商売の仕方をしていない」


ミリアの前でこう言うのも憚られるけどアムの仕事の仕方は、決して褒められるものではない。嫌がる相手に無理やり買わせようというのは、いくら何でも悪徳にすぎる。客にならないと判断した瞬間に相手を邪険に扱うのも、人として問題がある。

それはミリアも気にしているらしい。悲しそうな顔をして、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。


「さっきも見ましたよね。私の能力」

「ああ、便利なもんだな。ケガをすぐに治せるなんて」

「私たちは捨て子で、修道院に拾われて育ちました。先に私のほうが能力に目覚めて、怪我人や病人を癒す仕事を始めたんです。でもお兄ちゃんは私だけを働かせられないって、最初はガラス工房に入ったんですけど」

その後に続く言葉を濁すが、何しろあの性格だ、大体の想像はつく。


「ケンカして飛び出した、そんなところだろう」


少女の顔が暗くなる。的中したらしい。


「それから職を転々として、今は露店で工芸品を売っているんです」


しかしそれもいつまで続くことやら。ミリアも内心では不安なのだろう。言葉にしなくともそれがマリオンにも何となくだが察せられる。兄想いの性格ならなおさらだ。

こうして貴族の宿舎で曲がりなりにも医者として働いているということは、言うなればアデイラ家に仕えているのとひぼ同義だ。同じくアデイラ家の騎士であるマリオンとそう立場も変わらない。妹の方はこうして立派に職を得ているのに対して、アムは本当に何をしているんだか。呆れる思いだ。

苦労性のミリアに同情していると、ようやく呼吸の整ったジオが起き上がってテントへと近づいてくる。


「いくらなんでもヒドイよ・・・・・・」


疲れ切った表情でジオが文句をぶつけてくる。全身の打撲や擦り傷はもうすっかり見られない。


「殺されるかと思った・・・・・・」

「骨を折らなかっただけ感謝してほしいくらいだが」

「メチャクチャ痛かったですけど!?」


傷を癒せると聞いた瞬間から、マリオンのスパルタ特訓が始まっていた。マリオンにはこれほども膂力はないが、やわらかい全身を鞭のようにしならせ、勢いと速さを乗せることで斬撃に威力を与えるのがマリオンの戦い方だ。それはつまりマリオンの振るう剣にも重みが加わるということであり、いくら腕を上げたとはいえジオの実力ではいまだ防ぎきることが出来ない。結果として数撃が腕や足に直撃し、激痛にのたうち回る羽目になった。もういっそ剣を投げ捨てて逃げ出したい程の苦痛だったが、それすらも許されない地獄の特訓だったのだ。


「もう骨にヒビはいったんじゃないかってくらい痛かったし!!」

「いやいや、そんな大げさな」


そう笑うマリオンの服の裾を少女がちょいちょいと引っ張る。

申し訳なさそうな上目遣いがマリオンを見上げる。


「あの、骨にヒビ、はいってました」

「は・・・・・・?」

「ヒビがはいってたんです・・・・・・」


マリオンは押し黙った。少女を見て、ジオを見て、バツの悪そうに鼻の頭をかく。マリオンに向けられているジオの視線から熱量が急速に失われていった。

さすがにその荒涼とした冷ややかなジト目に耐え切れなかったマリオンが、まぁなんだ、ともごもご口を動かして弁明の言葉を探す。

が、どんな言葉もジオの瞳に熱を取り戻させれないと悟るや、肩を狭くさせてマリオンは縮こまった。


「すまん、流石にやりすぎた」


素直に謝ることにした。それでも静かに睨んでくるジオから目を逸らして、ミリアに声をかける。


「そ、それにしても、ヒビが入ってるかどうかもわかるのか」


あからさまな話題のすり替え。だが本心から関心もしている。


「あ、はい・・・・・・」


唐突に話を振られたミリアが、前髪を指先で弄りながらぽつぽつと応える。


「なんとなくですけど、傷や病気の程度とかがわかるんです。さっきみたいに骨にヒビがはいってるな、とか、この人は胃腸の調子が悪いんだ、とか」


それらはとても感覚的なもので、詳しく言語化することは難しいという。本人もそれが分かったからと言って、別にどうということもなく、患部に手を添えて意識のすべてを癒すことただ一つに集中すれば、大概の病症はその種類に関係なく治すことが出来る。だからミリアはあまり気にしたことがなかった。治せればそれでよいのだから。

騎士の行う鍛錬は、徴兵された兵士たちが指導されながらする訓練よりも苛烈で容赦がない。特にアデイラ家に仕える騎士ならばなおさらその傾向は強く、ミリアのような小さな少女が1人で診て回るのは大変なことだろう。それでもこの少女は幼い手足を振って駆け回り、自分より一回りも二回りも大きい体躯の騎士たちに寄り添っている。


「他に医者はいないのか?」


ざっと見た限り、ミリアの他に騎士の手当てをしている医者の姿は見当たらない。まさかアデイラ家の抱える医者がこの少女一人と言うことはないだろうと思ったのだが、ミリアは顔を陰らせて瞳を伏せた。


「いません。もともとお医者さんは何人かいたんですけど」


私が雇われてからいなくなりました、と応える声は悲しげだ。知識と技術を長年努力して手に入れた生粋の医術者にしてみると、なんの努力もしていない子供が、生まれ持った万能の治癒能力でもってあらゆる病症を癒すのを目の当たりにしては、一緒に仕事をするのにも嫌気が差してしまったらしい。たかが一人の少女にプライドをへし折られ去っていく彼らの後ろ姿を見送ることしかミリアには出来なかった。

だからミリアは人一倍ここで働かなければならないと思い込んで、今日まで頑張ってきた。大人と同じように働いている子供も少なくない世の中で、それでもその姿勢は称賛に値する。心からマリオンは感心する気持ちがあった。

偉いじゃないか、と言葉が出そうになる。それよりも先にジオが「偉いなぁ」と呑気に、しかし確かな感嘆をもって呟いていた。ミリアが顔を上げてジオを見て、少しだけ恥ずかしそうにはにかんだ。


「偉くなんて、ないです。お仕事ですから」

「おれなんて故郷で木こりしてるときから先輩の兄ちゃんたちに怒鳴られて、兵士になってからも叱られてばっかりなんだよ。でも君はさ、ちゃんと一人前に働いててさ」


言いながらだんだん情けなくなっていったジオの言葉尻はどんどんと萎んでいく。年下のはずの少女が、自分よりも大人に見えてきていた。もはやジオの目には、ミリアとマリオンが同い年にすら感じられている。マリオンの厳しさに比べれば、やわらかい雰囲気のミリアの優しさはまさに女神の慈悲にも等しい。あぁこの優しさの万分の一でもマリオンさんにあれば・・・・・・。

ジオが遠い目をしていると、木陰のテントに大柄な騎士が血相を変えて駆けてくる。「おい、おい!」と何度も叫んでミリアを呼んでいる。

するとそれまで恥ずかしそうにしていたミリアの表情が急に真面目さを帯びて、仕事人の顔になる。椅子を飛び降りると「いま行きます!」と騎士と共に走り去っていく。ミリアの頭は、呼びに来た騎士の腰ほどまでしかない。それでも間違いなくあの二人は対等の存在だ。

本当に大人顔負けだな。いったいどれだけの報酬をもらっているのかわからないが、自分の仕事に誇りと責任を持っていなくては、あの表情にはなれない。

遠くでまた騎士たちが屯している。その場所をジオが黙った見つめている。少女の頑張る姿に思うところがあるのだろうか。


「マリオンさん」

「なんだ?」

「もう一回稽古してよ」


驚いた。正直に驚いた。ジオの方からそんなことを言ってくるとは思わなかった。いつだって及び腰だったあのジオが、まさか自分から扱かれようとするなんて。

しかしその変化をマリオンは嬉しく感じた。


「じゃあ流しでやるか」

「うん!」


先ほどまでの疲労もどこへやら、木剣を手にジオが歩いていく。小さな少女の努力に触発されるとは、なんとも素直な奴だとおかしくなる。






一ヵ月ほど間が開いてしまいました。

ごめんなさい。

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