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マリオンとジオ





顔を真っ赤にさせながら、ジオはグルグル回るアタマを持て余していた。

辺境の田舎に生まれたジオのもとに、国境警備の召集令が届いたのが半年前だった。16歳になったジオにはこれを拒否する力はなく、兵役につかざるをえなかった。

兵士としての訓練、巡回などの仕事をこなしながら、先日ついに『初任務』が言い渡された。魔獣討伐――本来、魔獣は森の奥で生息するが、稀に人里の近くまで下りてくることがある。

魔獣の痕跡を見つけたのは付近の猟師だった。森林を分け入って仕事をする彼らにとって魔獣はとてつもない恐怖だ。それを討伐するのが、兵士と騎士の仕事でもある。

魔獣討伐と聞いて怖くないわけがないが、装備を整えて、兵士18人、騎士2人の一団は森を進んだ。

野道を往き、魔獣と遭遇し、瞬く間に仲間たちは殺されていった。

どうすることもできず震えていると、指揮官である騎士が立ち向かい、彼もまた殺された。

足腰から力が抜けてしりもちをついた自分と、魔獣の目が合わさったとき、もう駄目なんだと悟った。

そんな時だった。どこからともなく投げられた矛に命を救われた。そして少女が――全裸の少女が助けてくれた。


ボッとジオの顔が熱を持つ。少女の裸体を思い出してしまったのだ。お年頃のジオに同年代の、それも美少女と言っていい異性の生まれたままの姿は刺激が強すぎた。


そのマリオンはというと、死んだ兵士たちの衣服を物色している最中だ。本人にも露出癖などはないらしいが、しかし男の自分の視線も大して気にした様子はなかった。一瞬あれが都会にいるという痴女かと思ったが、そういった変態性も感じない。

たくさん仲間が死んだ。そのことはとても悲しいし辛いし、先ほどまでの死への恐怖心だって残っている。それだけでも十分にショックなのに、美少女の裸体を見てしまっては、もうアタマがおかしくなりそうで、さっきから脳内はグルグルと思考の坩堝にハマってしまっている。


「なんなんだよぉもう・・・・・・」


ジオは頭を抱えてうずくまるしかなかった。




魔獣に襲われて死んだ人間の遺体というものは、大概にして酷く損傷しているものだ。それは魔獣が強大な能力を持っているからだし、無差別に、無遠慮に攻撃してくるためでもある。四肢は引きちぎられ、腹も背中もズタズタにされ、場合によっては原型を留めない場合だってあるのだ。

そうなると当然、身に着けている物にも相応のダメージがあるというわけで。


「うわっ、ひでぇ・・・・・・」


とりあえず何か着ておかねばと、ジオ――もといマリオンは、遺体から比較的まともそうな衣服をはぎ取っていた。

しかしどれを見てもボロでしかない。いやそれはいいのだが問題は血である。どれもこれもべったりと血糊が付いていて、とても着る気にはなれないものばかりだ。全身にこのどろどろの血やら汚物やらが付着するのかと思うと身の毛もよだつ。

そういえば目覚めた時、自分は水場の近くにいたことを思い出す。破れの少ない服を選別して、水場で血を洗い流すしかないだろう。血の臭いは他の獣を呼び込む原因にもなってしまうから、ただふき取るよりも水で洗ったほうがいい。

幸いにも騎士の鎧を装備している指揮官は、その鎧のおかげで負傷個所も案外と少ない。彼は胴体ではなく頭部への攻撃で命を落としていた。とても直視できない顔面になってしまっているが、心中で冥福を祈りつつ無遠慮にマリオンは鎧の留め金に腕を伸ばした。


「ん、この・・・・・・お、重いッ」


しかし【ジオ】であったならまだしも【マリオン】の細腕では、完全に硬直している完全武装の成人男性を抱き起す腕力がなかった。剣を持った時にも感じたが、やはりこの身体は筋力という一面において非常に脆弱と言わざるをえない。

元の身体なら楽勝なのに! などと歯噛みするもどうにもならない。数分ほど悪戦苦闘して、とうとうマリオンは両腕を地面についてしまった。


「な、なんで仰向けになって死ぬんだよ。うつ伏せに倒れろよ!」


もはや言いがかり以外の何物でもない。亡き騎士とて別に仰向けに死にたかったわけでもないだろうに。

しかしふと、マリオンの視界に頭を抱えているジオの姿が映って、古く懐かしい記憶が脳裏を過ぎた。


そういえばあの時も――


「おーい!」とジオに向かってマリオンが声を上げる。なんてことはない。【ジオ】ならここにもう一人いるではないか。


「悪いんだけどちょっと手伝ってくれー! この死体――もとい、騎士が重くってさぁ!」


――が。


「みんな死んだ・・・・・・裸の女が現れて・・・・・・みんな死んで・・・・・・裸の女の子が・・・・・・」


「おーい! おいってば!」


「ぶつぶつ・・・・・・」


ダメだありゃ。色々なことが立て続けに起きて、頭の中がパンクしてしまったようだ。まぁそれ自体は仕方のないことだが、その原因の一端が自分にあるという自覚のないマリオンは、仕方がないと嘆息して、素足を時の方へと向けた。

いまだぶつぶつと繰り言を続けるジオは、よほど混乱しているのか少女の接近に気づく素振りも見せない。これが昔のオレかぁ・・・・・・と、何度目になるかわからない情けなさがこみ上げてくる。オレはこれから先、こんな情けない姿を見続けて、やるせない気持ちになるのかと思うと気が滅入ってくる。

マリオンはすぐ真横で立ち止まると、すうっと肺に大量の酸素を送り込んで、顔をジオの耳元へ近づけると。


「こんにちはー!!」


「んぎゃあああああッ!?」


直近でしかも大音量に叫ばれて、ジオがまるで赤ん坊の夜泣きのような悲鳴を上げる。地味に仕掛けたマリオン自身もビビるほどの悲鳴である。


「ななな、なんっ!?」


「ようやく気づいたか」


ふんっと鼻を鳴らし腕を組んで見下ろす。感覚的に目の前のジオは年下に感じられる。事実マリオンは今から2年後を生きていたのだから、2歳年上になる。あくまで感覚としてだが。それを抜きにしてもあまりにジオが情けなさ過ぎるため、自然と態度が上からになってしまう。


「騎士の鎧を外すのを手伝ってくれ。重すぎてオレの腕じゃ上げられないんだ」


「な・・・・・・なっ・・・・・・」


ワナワナと震えるジオに、やれやれとマリオンがかぶりを振った。


「はぁ・・・・・・あのな、仲間がたくさん死んで、自分も死にそうな怖い思いしたのはわかるけど、いつまでもここにはいられ――」


「なんで何も着てないの!?」


「ない――はぁ?」


「なんなんだよアンタ! なんで裸なんだよ! 前くらい隠せよ!!」


狼狽するジオ。立て続けに起こったストレスが、ここにきて爆発してしまったらしい。

なおもワアワアわめくので、仕方なくマリオンはジオの顔を両手で挟みこむ。口を思うように動かせなくなったジオから言葉が失われた。グッと顔と顔を、それこそ鼻先がくっつきそうなほどの距離まで引き寄せる。


「いいかよく聞け。オレが全裸の理由はオレにもわからん。ただオレも服は着たい。だからあの騎士の鎧を外して、服を剥ぎと――頂戴したいんだ」


「お、おう?」


「わかったら手伝ってくれ」


「わ、わはっひゃ」


頷いたジオが、腰を抜かしたまま騎士の下へ向かう。それを嘆息して眺めながら、マリオンも後を追う。

騎士の鎧を外すジオとマリオン。幸いにも騎士の上着は血に濡れておらず、そのまま着ることも出来そうだった。

衣服をはぎ取りそれにマリオンが袖を通している間、ジオはずっと背中を向けているた。マリオンがそうするよう言ったのではなく、やはり女性の裸体を見続けるのは恥ずかしかった。

そうして少しばかり沈黙が続き、膝上まである上着の腰辺りをひもで縛っている時、後ろから「あ、あのさ」とジオが声をかけてきた。


「えっと、さ・・・・・・キミ、誰?」


名前を尋ねられ、考え込むマリオン。すぐには答えられなかった。主観的に言えばジオと名乗りたいところだが、目の前の少年もジオそのものだ。むしろこの世界――というより時間では、彼こそがジオなのだ。では自分は? ジオでなくなった自分は誰だ? 脳裏に浮かんだのは、水面に映る少女の面差しだった。


「・・・・・・マリオン」


そう答えるしかない。事実として自分の容姿はマリオンと瓜二つ。そしてどうやら彼女と同じ立場に立っているらしい。2年前、この森で自分がマリオンに助けられたように、今度は自分がマリオンとしてジオを助けたのだ。

マリオン――そう、自分はマリオンになってしまった。どうして、どんな理由で、死んだはずの自分が死んだかつての恋人になって、過去をやり直しているのか。夢であればその一言でカタはつくのに、そうはならないほどのリアリティが確かにある。

キュッと腰の紐を絞める。ズボンも履きたいところだが、騎士のものではサイズが違い過ぎてこれは断念した。下半身がスースーして何とも心もとない。膝までのワンピースを着ているような恰好だ。

何はともあれ、これでとりあえず全裸の露出狂案件は解決された。上着一枚という際どい状況ではあるけれど。

さて――マリオンが振り返る。「おーい、もういいぞー」

恐る恐るといった具合に、ジオがゆっくりとこちらへ首を回す。そして一応、服を着た状態のマリオンを見てほっとしたような、少しだけ残念そうな複雑な表情を浮かべる。お年頃だ。


「上着一枚だけ・・・・・・」


「仕方ないだろ、ズボンはブカブカで大きすぎるし」


「そうだけど・・・・・・」


田舎育ちのジオの周りに同年代の少女は少ない。そこへ美少女と言っていいマリオンの、上着一枚だけ(しかも生足)は、それはそれで目のやり場に困るものがある。ジオは純情だった。


「そんなことより」とマリオンが、なにやらモジモジしているジオの純情を蹴り飛ばす。


「いつまでもここにいたってどうしようもない」


森の中は危険に満ちている。獣相手ならまだしも、先ほどのように魔獣が出てくることもある。長居は禁物だ。

それを簡単に説明すると、さっとジオの顔が青くなる。フリッグベアに襲われた恐怖がよみがえったのだろう。あんなのはもう御免だと言わんばかりに立ち上がる。


「か、帰ろう!」


任務そのものはすでに達成されている。倒したのが兵士でも騎士でもない少女だというイレギュラーはあったものの、とりあえずこの森から脅威は取り除かれた。ならば兵士であるジオは、速やかに最寄りの駐屯地へ帰還するのが道理だ。

マリオンの記憶が定かなら、たしかジオたち討伐隊一行は、森の近くにある村を仮の拠点にして討伐作戦を行っていたはずだ。そこから徒歩一日かかる距離に駐屯地がある。

帝国の国境警備隊はその地方の主要都市に指揮所を置き、そこから各小都市、砦、駐屯地の順に拠点を放射状に伸ばしている。今回の場合は駐屯地からさらに近隣の村へと部隊を宿営させていた。

とするなら、まず村に戻るべきだろう。そもそもこの作戦は、その村の村長からの要請が発端だったのだ。討伐成功の報告もしなくてはならない。その報告をすべき指揮官の騎士がいないというのは残念なことであるが。


「森を西へ抜けるとラグー村がある、そこまで行けば! 早く行こう!」


「え?」


「え?」


・・・・・・沈黙。

マリオンの反応が予想外だったのか、目を丸くさせたジオが慌てだす。


「い、行くだろ、一緒に?」


「おれも行くのか?」


「こないの!? なんで!?」


なんでって言われても。これはこれで予想外だったのか、今度はマリオンが目を丸くさせる。もう魔獣はいないのだからマリオンとしてはジオ一人で行かせても大丈夫だろうと思っていたし、少し一人になってこの状況を考えたいという気持ちもあった。


「またあんなのに襲われたらどうするんだよ! 森は危険だって言ったのはキミじゃないか! 二人で行こう、一人は嫌だッ!」


つまり、一人だけで行くのは怖い、ということらしい。なんとまぁ情けないセリフにマリオンの肩がガクリと落ちる。これが自分と同一人物、これが昔の自分なのかと思うと涙すら流れそうだ。

――オレってこんなに情けなかったのか。

あのマリオンの目にもこう映っていたのかと考えると、言い知れぬ羞恥に身が悶えてしまう。やはり男としては格好よく想われたいというものだ。

しかし考えてみると、たしかにジオの言うことも間違ってはいない。森が危険なことはマリオン自身がそう言っていたのだし、別々に行動することもそれはそれで危ないかもしれない。ましてやジオは兵士になったばかりで頼りなく、旅の経験を積んだとはいえマリオンも、今の身体では心もとない部分があることも否めない。

せめてジオだったころと同じだけの膂力があれば・・・・・・。素早さや身軽さはこちらが優れていても、やはり決定的な打撃力というものが決着を左右するのが実戦というものだ。

そのことに思い至らないだけ、やはりマリオンは不可思議に過ぎる現状に動揺していた。

一人になって考える時間がほしいけど、まだそういう場合じゃないのかもしれない。


「――そうだな」


結局マリオンは頷かざるを得ないのだ。


「わかった、一緒に行くよ。その方がよさそうだ」


ほっとしたようにジオの顔がほころんで、それがますますマリオンの肩を落とすのだった。この男がやがて数々の修羅場を潜り抜け、戦場をかけ、女神ネスから神剣を授かり“宇宙を貪るもの”から世界を救うことになるなんて想像もできない。

早く早くと急かすジオに背中を押されるようにして、二人は連れ立って森を林道なりに歩いていく。身を守るためにも、マリオンは兵士が装備していた片手剣を背負うことにした。本来なら腰に佩くものだが、マリオンの身体では背負う方が楽だった。

まだ日は高くにあるが徐々に傾き始めている。森を抜けるころには、陽が茜色に変っていることだろう。夜こそ獣たちの時間だ。危険度はグッと増す。十分な装備でないいま、慌てる必要はないがゆっくりもしていられない。

だが精神的な余裕を取り戻してきたのか、ジオの口数が少しずつ多くなっていく。


「マリオン、だっけ? どこの村のひと?」


「魔獣を倒すなんて何者なんだ?」


「なんで裸だったの!?」


最後の質問に関しては自分も知りたいところだが。

その質問ひとつひとつに答えるとしても言葉に窮してしまう。マリオンはジオだ。そうなると必然、ジオとして答えるしかないのだが、無論ジオを前にして言えるわけもない。頭のおかしいヤツだと思われるのが落ちだろう。

だから精々「旅をしていて・・・・・・」だの「水浴びしてたら猿に服を盗られて・・・・・・」だの、苦し紛れの嘘をつく他ない。なんだ猿に服を盗られたって。自分で言いながら背中に冷たい汗が流れるのがわかった。これなら本当に猿に服を盗られた方がマシだと思う。奪い返せばいいだけなのだから。

幸いにもジオはそれらの嘘を信じた。信じられたことが信じられないが、もうこの嘘を貫き通すしかない。思えばマリオンもこんなことを言っていた気がする。




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