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駐屯地の争い




コロセッ! コロセッ!! コロセェッッ!!!

理性のタガが外れたように、ただひたすら『コロセ』の一言をラザールは繰り返す。それは自らの騎士に命ずるものか、それとも普段から下民と見下す兵士たちへの恫喝なのか。

とはいえ何もラザールは完全に気が触れたわけではない。もちろん正気とも言い難いが、『ここでリヒルトとその郎党どもを殺せばすべては事もない』という認識が暴走しているに過ぎない。思考しながら、その思考もまた制御されてはいないのだから、やはり正気ではないのだろう。

1人剣を振り上げて駆け出す主人を放っておくわけにもいかない彼の騎士たちも、戸惑いながらその後に続いた。主人が戦うのならば、自分たちもそうあらねばならない。そしてそれは同時にリヒルトたちの戦意にも火を点けることとなるのは明瞭だった。

双方の抜いた刃が幾重にもぶつかり合って、駐屯地の内部で騎士同士による戦闘が始まってしまう。マリオンの感じていた何かしらの不測の事態は、こうして突発的に始まった。

マリオンはすぐにジオを己の背に隠すと、抜剣させる。不幸なことに自分たちは騎士たちとともにある。必然、戦闘にも巻き込まれてしまうだろう。

周囲の兵士たちも混乱に陥ってしまっている。誰もラザールの命令を聞いて動く者はいないが、多くのものは混乱から逃れようと蜘蛛の子を散らしていく。

リヒルトの連れてきている騎士は10人程度で、数の上ではラザールの30人に及ばない。だがチェーク砦からの兵士が20人程おり、数の上では互角と言える。

目の前で始まった乱戦に、ジオはすっかりビビっている。怒号の飛び交う中で、焦りから声が上ずっている。


「に、逃げよう!」


真っ先にジオが考えたのは逃げることだった。駐屯地の兵士たちはみんな逃げ出している。

しかしジオはまだまだ戦闘経験が少ない。周囲の状況を理解しきれていない。


「もう囲まれている! 逃げ道はない!」


取り付く島もないくらいマリオンはその願いをバッサリ切り捨てる。本当はマリオンもジオが戦闘に巻き込まれるのを恐れて、ジオを連れて退避しようとしていたのだが、周りを囲んでいた兵士たちが邪魔をして、逃げるタイミングを逃してしまっていた。兵士らが散ったころには、すでに戦場に取り残されていた。

まさかこんなところで、こんなことでジオを死なせるわけにはいかない。何とかしてこの場を切り抜けねば――!


「わああッ!!」


背後のジオが悲鳴を上げる。マリオンが咄嗟に振り向くと、ラザールの騎士に襲われそうになっている。ジオの腰が引けているのを見て取ったマリオンは服の裾を引っ張ってジオと自分の立ち位置を瞬時に入れ替える。いつまでたっても手に馴染まない片手剣で騎士の斬撃を受け止める。腕力で劣るマリオンは、刃の切っ先をわずか下へ向けることで、攻撃の軌道を逸らせる。指先が衝撃にしびれる。

――こいつ、それほど技量のないやつだ!なんとかなる!

力任せの攻撃だ。受け流す術を持っているマリオンには、そこまでの脅威ではない。しかしジオにはそうではない。とりあえずジオを背に隠して戦うが、同じことの繰り返しだ。またジオは襲われる。助けてやりたいがマリオンも暇ではない。


「ジオ、とにかく死ぬなよ!」

「またそれ!?」

「文句言うな! 背中を俺に向けろ、いいな!」


せめてジオの背中だけでも守ってやらないといけない。しかしああは言ったが、まだジオに背後を意識しながら戦う技術はない。かわりにマリオンがジオの背を庇うように立ち回るしかない。

もはや乱戦となっている戦場で、リヒルトは剣を振るいながらラザールの姿を探す。この戦いはお互いどちらかが全滅するか、互いの指揮官が戦死するか、あるいは捕えるかしないかぎり収束することはない。可能ならばラザールを罪人として処断したい、そのためには生け捕らねばならない。

幸い礼服を着ているラザールは特に目立つ格好をしている。見つけるのはそう難しくはなかった。自らの剣を振るっているリヒルトと違い、ラザールは3人程の騎士に守られていた。構え方からしてよくわかる、まったく鍛錬を積んでいないことが。

貴族とはいえ騎士は騎士。日々の鍛錬を疎かにしていい訳はない。有事の際には命を懸けて、身体を張って帝国と臣民を守らねばならないのだから。


――まぁ、中央で権力争いばかりしていたボンボンでは、この程度だろうな


ふんっと鼻で嗤う。主人によく似て騎士たちも怠けていたのだろう。あろうことかリヒルトの連れてきた兵士たちでさえ互角に戦えている。騎士同士の戦いではリヒルト側に軍配は上がっていた。


「もう一押しだ! ラザールは殺すな、生け捕りにしろ! 敵は強くないぞ!」


そんな嘲りまで言えてしまうほど、リヒルトはまったく脅威を感じていない。実際脅威ではない。外見ばかり立派に騎士を演じていても、中身のないことはすぐにわかる。

やがてラザールの騎士たちはその数を減らし、土の上に転がっていく。日々騎士としての訓練を怠らないリヒルトの騎士に損害はまったくなかった。小一時間ほどで、喧騒は次第に小さくなっていった。

土埃が舞い落ち、敵騎士の鳩尾に突き刺した刃を引き抜いたマリオンは、静まりつつある周囲に気づき、背後にジオの気配がちゃんとしていることに安堵した。

ジオは剣を持って震えている。刃と手が血で汚れている。足元では右腕を切り落とされた騎士が、激痛に涙を流して蹲っていた。呆然自失と、ジオはそれを見下ろしていた。自分自身で何がおこったのか、自分が何をしてのか、理解できていないような、理解しがたいような、そのような表情だ。

その様子はまるで迷子になった子供のようだった。

ジオ、とマリオンが呼びかけても反応はない。今度は大きくジオ! と呼び、背中を軽く叩いてやると、肩を跳ね上げた拍子に剣を落としてしまった。


「戦場で剣を手放すバカがいるか、まったく」

「マリオン、さん、おれ・・・・・・」


迷子の子供、それでいて悪いことをして親に見つかった子供。そんな表情と、瞳は動揺で揺れていた。


「け、けんを、ふるったら、た、たまたま、この人の、う、うでに」

「ああ、わかってる、見ればな」


偶然にしろなんにしろ、ジオの剣が騎士の腕を切り落とした。それだけのことだ。戦場でただそれだけのことが起きたに過ぎない。

それでも、人間を攻めた経験の乏しいジオには、それは先日の小街道での出来事と同じくらい、重大な事件だった。

いまのジオにかけるべき言葉は少ないだろう。だからマリオンは言葉を探して、選んで、ジオの胸を叩いた。


「上出来とは言わないけど、よく死ななかった。それでいい」

「で、でも、おれ」

「まずは生き残ればいいんだよ。お前だって死にたくはないだろう? こういうのはその内に慣れていくもんだ」


優しくもないが厳しくもない、ぬるま湯のような言葉。しかし今のジオには、これくらいのもので丁度いいとマリオンは感じていた。連続するように移り変わる状況にいまだついていけていないジオに、あまり何を言っても仕方がない。

かつての自分がそうだったのだから。

それにしても――と、マリオンは眼科で呻く騎士を見やる。


「これで騎士とはなぁ・・・・・・」


痛いのは当たり前だ、激痛であるのもわかる。しかしこうも簡単に戦意を喪失する騎士も珍しい。戦場で戦う騎士も兵士も、中には興奮しきって痛覚をどこかに置き去りにしてしまった狂戦士のようなものもいるというのに、ラザールの騎士は技量といい、あまりにも情けない体たらくだ。

ジオにその気があれば、簡単にトドメを差されている。自分ならすぐに首を撥ねていたかもしれない。

自分がトドメを――とふと思う。しかし不思議とジオの存在が気になった、ジオの前で死刑執行人のような真似をすることに気が引けた。それでも万が一攻撃されてはらまらないと、騎士の顎を勢いよく蹴り上げた。騎士はそれで完全に沈黙してしまった。

落ちている剣を拾い上げてジオに持たせる。呆然と見つめてくるばかりのジオに嘆息したマリオンは、驚いた様子のジオの手を引いて歩き出した。


「リヒルトと合流するぞ」

「あ、あの人は?」

「敵だし気にするな。運が良ければ助かる」


あまりいつまでもあの騎士が呻いている様をジオに見せるのは良くない。そう判断した。すこし過保護かな? とも自問したが、これから世界の命運を握ることになる男だ。何をどうすることが正解なのかはマリオンにもわからなかった。

とりあえず黙ったままついてくるジオに言葉はない。あたりに転がる死体。それはまるで魔獣に仲間を殺されたあの日を思い起こさせる。


「お、アンタら!」


遠くから男の――グリフの声が聞こえる。埃っぽい戦場跡に、その声はどこか陽気だった。うげっと思わずマリオンが声を上げた。

グリフは返り血のついた顔を笑顔にさせて、空いた腕をぶんぶんと振っている。


「生き残ったのか、よかった!」


その場違いなほどに明るい声に、沈んでいたジオの声に喜色が混じる。道中自分に声をかけてくれた、ウルバレ村のグリフ。


「グリフさん!」

「おお少年、無事そうだな!」

「は、はい!」


少しだけ元気を取り戻したジオの背中を近づいてきたグリフがバシバシと叩く。


「怪我はしてないみたいだな。返り血か、殺ったのか? まぁ弱かったからな!」


明るいが無遠慮な言葉に、マリオンの額に青筋が浮かぶ。


「おい、あまりそういうことを言うな」

「あ、なんで?」

「まだこういう荒事に慣れていないんだよ」

「おお? そうなのか少年?」


わかったのかわかっていないのか、そんなことを聞いてくるグリフに、曖昧な返事しかジオは返せない。

ふうんと少しだけ考え込んだグリフは、それでも笑ってまたジオの背中を叩く。


「ま、慣れだ慣れ! 何事も慣れ! 生きてりゃそれでいいのよ!」

「はぁ・・・・・・マリオンさんと同じこというんですね」

「お、そうなのかい?」


どこか嬉しそうなグリフだが、マリオンは至極面倒くさそうに「知らん」と応える。なんともやかましい男だ。話しているだけで疲れてくる。


「そうかいそうかい、俺とお嬢さんはお揃いか」

「やめろその言い方!」


本気で斬ろうかと思ったマリオンだった。



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