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入場


ぞろぞろとリヒルトとその騎士たちが駐屯地の内部へと侵入――もとい入場していく。門番たちはただどうすることも出来ず右往左往するばかりで、もはや止める力も意志もありはしない。

ひゃあーっと間抜けな声を上げるジオは、これはもしかしてとんでもないことになっているのでは? と今さらながらに事態が重いことに気づき始めていた。

ジオとマリオンが入場を許可されたのは、もちろん2人が駐屯地の兵士(マリオンは雇われの扱いだが)だからであって、そこへどさくさ紛れに突っ込んできたのがリヒルトたちだ。その行いが本来正しくないことくらい、ジオにだってわかるというものだ。


「マリオンさん、なんかこれってマズくない?」


左右の様子を眺めながら馬の足を進めさせていたマリオンも、それには同感だった。


「まぁマズイだろうな」


駐屯地の兵士たちの慌てぶりときたら、まるで敵が侵入してきたのかと慌てるもの、よくわからず傍観する者、十人十色と様々である。門番からしてそうだったが、事態を理解している者は1人もいない。もちろん、マリオンも把握しかねている状況だ。

リヒルトが何を考えてこんな無茶苦茶なことを仕出かしたのか、それがわからない。いくらラザールの上官に当たるとはいえ、やっていることはあまりに正当性を欠いているように見受けられる。

それはまぁラザールにしてもそうなのだろうが、そんな2人が互いにいがみ合うようなことをしているのだから、ことが穏便に決着するとは到底思えない。

嫌な予感がヒシヒシと肌で感じられる。過酷な戦いの旅で培った経験が、この先に待っている一悶着を予感している。


「覚悟だけはしといた方がいいぞ」

「えっ、なんの?」


キョトンとするジオに、明確な答えを返すことはまだ出来ないけど。


「とにかく何かしらの覚悟をだよ。これだけの騒ぎになって何も起きないと思うか?」


そう言われるとジオの中の言い知れぬ不安はますます大きくなる。


「た、たしかに・・・・・・」


駐屯地内のざわめきは大きくなるばかりだが、それを止めようとするものは1人もいない。それはリヒルトたちが敵襲者にしてはゆったりとし過ぎているからかもしれないから、警戒はすれど脅威と感じている者がいないからでもあった。とにかく誰もがよくわかっていないまま、止もせず止まりもしない。

この状況を唯一理解して動いているだろうリヒルトは、駐屯地の内部、建物や設備などを馬上から眺めながら、グイードを呼びつけた。


「なにか」

「前任者から見て、ここは何か変わったところはあるか?」


そのように問われたグイードは、本人も思うところがあったのだろう、すこし声を潜ませるように低くさせる。


「気になる点はいくつか」

「申してみろ」

「まずは建物の傷みでしょうか。修繕されてはおりまずが、場当たり的なものばかりなようです。崩れた個所を布で覆って釘で打ちとめているようなところもありましたな」

「そうだな。他には?」

「もっとも気になりましたのは兵装です。どれも古いものばかり。新調されたものは、見る限りではありませんでした」


それはグイードがもっとも最初に気づいた違和感。自身がこの駐屯地で司令官を務めていたころ、兵舎が壊れればすぐに直したし、兵士の命を守る兵装に関しては特に気を付けていたものだ。

それがここではどうだろうか。壁の崩れた土づくりの小屋があり、とにかくテントが多くみられる。テントは木造や石造りの建物に比べてはるかに安価ではあるが、すぐに移動させたり緊急的に使用するものであって、常設するものではない。

それがここではまるで当たり前のように、長期間設置されて移動も解体もされていないようだ。天幕はすっかり日に焼かれ、泥と砂ぼこりに汚れてしまっている。衛生的にもよろしくはない。

壊れた建物はそのまま、新しく建てないでテントで長期間代用している。後任のラザール様は何をしているのかと、なかば呆れるような思いをしていた。

それらグイードの感想を聞いたリヒルトは、自信を口元に浮かべた。


「やはり真っ黒だな。これらも証拠のうちというところだろうが、なんとまぁ大っぴらにやるものだな」


嘲り、と呼んでいいだろう、その言葉は。






「決して門を通すな、何が何でもだ! どう言われようと門番には柵の外で待たせるよう伝えろ!」


礼服に袖を通しつつそうラザールは唾を飛ばす。金色に煌めく刺繍が美しい礼服は、貴族らしく豪華である。青を基調とした礼装を整えながら、なぜここにきてリヒルトが動いたのか、それを考えるのに必死だった。

リヒルトは上官であるし、貴族位も男爵家の生まれである自分より格上だ。出迎えるには礼装をしなければならない。そんなことは心情的にしたくはないが、形だけでもやっておかなければならない。

ラザールの怒号に突き飛ばされるように、騎士が司令棟を飛び出していく。内心の焦燥はあまりに激しく、胸元のボタンを留める指は震えて思うとおりに動いてくれない。それがまた焦りを募るが、ラザールにはどうすることもできない。

ラザールは薄々わかっていた。リヒルトがなぜ駐屯地へ来たのか。もっと言えば、なぜ自分と敵対するような立場にあるのか。しかしそれは、ラザールにとっては理不尽なもののように感じられて仕方がないのだ。なぜなら自分がしていることは、ごく当たり前のこと。同じ立場、同じ境遇にあれば、誰もが同じようにするはずだ。

例えそれが公には禁じられたものであったとしても。


――貴様だって、私と同じになればッ!


そう思うからこそ、ラザールは――リヒルトが憎くて仕方がない。


「クソッ、こんなことで、私はッ」


外套の留め具に緒を挟み込み、彩飾された騎士剣を腰に佩く。足遣いも忙しなくラザールは指令棟のドアを開ける。

外はすでに大騒ぎになっていた。騒然とした空気の中、怒鳴り声を上げながらラザールは歩みを進める。やれ落ち着けバカ者どもが! やれさっさと持ち場に戻れクズがッ! と、罵詈雑言が口から飛び出す。

ラザールの心はこれでもかとささくれ立っていた。ほとんど怒号は八つ当たりに近かった。それでもざわつきが収まることはなく、なおさら火に油を注ぐ。


――やつらはまだ門の外にいるはずだ。なのにこうも慌てふためいて、やはり下民は無能ばかりだ! 


こんな連中のお守りを押し付けられた自身の境遇の不幸を嘆くも、それはリヒルト襲来からの逃避に他ならない。それで現状を打破できる手立てが思い浮かぶわけもなく、ただ思考は空転を繰り返すばかりだ。なんにしろ、事態があまりに急すぎる。

しばし考え込みながら歩いていると、異様に人の集まりが濃くなってくる。兵士たちはラザールに気づくと左右に分かれて道を作る。それはとても自然な動きで、そして向こう側でも同じことが起きていて。

海が割れるように裂かれた人垣の向こう、開けた視界の先に、彼らと彼は歩を止める。

ラザールは愕然とした。愕然として、思った。なぜここにいる?

リヒルトは馬上で泰然を見下ろす。口元は弧を描いている。いかにも意地の悪い形をして。


「やぁ男爵の三男殿。ご機嫌は如何かな?」


小馬鹿にしたような声音で、リヒルトはそう嘲った。





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