表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

扉前の応酬



馬上の男どもの威圧的な眼光がジオとマリオンを交互に見定める。抜き放たれた剣の切っ先は、それでいて相手もわからずにゆらゆらと揺れるばかりだ。ただ脅すためだけに剣を握っていることは明白だった。

マリオンは背負った剣の柄尻に手を添えたまま、ここで抜くべきかどうかを逡巡する。抜けば間違いなく戦いになる。それがわかっているからグイードもまだ抜剣していない。相手の出方を見極めようとしているのだ。ならば自分が先走るわけにはいかない。それがわかる程度の冷静さは持ち合わせている。

――こいつらも騎士か。相手は騎士剣を構えている。そして先ほどの言葉『騎士3人を殺害した』と言っていた。思い当たる節は一つしかなく、こいつらが駐屯地から来たと思われることは容易に推察できる。

不味いな、とマリオンの背筋が冷たくなる。騎士を殺したことは紛れもない事実だ、その理由がどうであれ。言い逃れはいくらでもできるけど、やや旗色が悪いのも確かだ。

それにジオはすっかり狼狽えて、助けを求めるようにマリオンへと不安そうな視線を寄こしてくる。ただでさえ騎士を手にかけた罪悪感から立ち直り切っていないのに、それに追い打ちをかけられた格好だ。

どうする、どうする。マリオンが行動を起こせずにいる中で、グイードが一歩二歩と前へ進み出る。


「話しがまったく見えんのだが、まず貴官らの所属を述べよ」


それは駐屯地に努めるグイードとしては当然の対応である。馬上の騎士たちはいきなり館の扉前まで馬で乗り付けてきたかと思えば、剣を抜いて喚きだしたのだ。それを無礼非礼と呼ばずにどう呼ぶべきか。

そこのところを問いただす意味もあったが、騎士たちはなおも居丈高な態度を崩そうとしない。


「貴様にこそ関係のないことだ。そこの罪人2人を寄こすのか、寄こさないのか、はっきり応えろ!」


「まずはそちらが子細を話すべきであろう。ここはチェーク砦である、まず貴官らの所属を述べよ」


「関係ないと言っている!」


まるで取り付く島もない、というよりもかみ合っていない。グイードは忍耐強く相手をしているが、騎士たちには取り合うつもりは欠片もなさそうだ。

そのような応酬がしばし続くと、とうとう騎士たちはグイードにまで切っ先を向けだした。


「貴様も罪人の一味とみなしていいのか!」


そういえば黙るだろうと本気で思っている声音である。剣で恫喝すれば言うことを聞くだろうという自信の表れ。

それなりに慕っていたグイードに剣を向けられ、さすがのマリオンも手に力がこもる。今にも剣を抜きたい衝動が爆発的に膨れ上がり、知らず右足が前に進んでしまう。

だがその動きを止める人の声が後ろから、静かに場の全体へと響いていく。


「ほう、私の騎士を罪人呼ばわりするか」


――この声は。聞き覚えのあるその静かな声に、マリオンが思わず振り向く。オレは知っている、この男を、その威厳を。

そうだ、そうだった。ここはチェーク砦だ。ならばいるはずだ、この男が。


「リヒルト様」とグイードの上げた名前が、ゆっくりとマリオンの胸に吸い込まれていく。

――リヒルト・アデイラ。その名は声にこそ出さなかったが、唇は自然と動いていた。

供の騎士をつれたリヒルトは白い外套をはためかせながら、石畳の音を鳴らして歩いてくる。すでにその存在感は場を飲み込もうとすらしている。それほどの威厳が彼にはあった。


「朝も早くから騒々しいと思えば、なんだ貴様らは」


言葉こそ静かだが、その視線はそれだけで相手を切り裂かんばかりに鋭い。

馬上の騎士たちはその凄みに一瞬だけ気圧されるも、どこに根拠があるのかわからない優越を持って、リヒルトを見下している。


「わ、我々は駐屯地司令官であるラザール様の騎士だ! ジオとマリオンと名乗る両名を逮捕するために来た!」


「罪状は?」


「ラザール様の騎士が3名、その2人によって殺された! ラザール様は大変なお怒りであり、よって駐屯地へ連れ帰り厳しく罰する。渡すのか否か、どっちだ!」


「ふむ、ラザール、な。どうやら男爵殿の三男坊に付き従う騎士は礼儀をわきまえていないらしいな」


そう言うリヒルトの言葉には明らかな侮辱の色が滲んでいる。グイードも供の騎士も頷いて認めた。

それはラザールへの侮蔑でもある。一介の騎士が、男爵家の3男を侮辱している。そう受け取った馬上の騎士たちの顔が怒りに赤くなる。

だがさらにそれにかぶせるように、「そうだな」とリヒルトが続ける。


「渡すか渡さないか、という答えに対しては、断ると言っておこう」


「な、なにッ!?」


予想外の返答に騎士たちが鼻白む。


「貴様らのような下賤な無礼者の言うことなど聞いていられるか」


「なんだとッ」


「まずは馬から降りて首を垂れるのが筋というものだ。それすらも出来んから無礼者だと言っているんだぞ」


やれやれとあからさまに肩をすくめて見せる。

そこまで言われていよいよ我慢できなくなったのか、今度はあろうことかリヒルトに刃を向ける。その瞳は侮辱されたことへの憎悪を隠そうともしない。

しかしその蛮行には、さすがのグイードも、そしてマリオンも黙ってはいられない。同じタイミングで剣を抜くと、揃ってリヒルトの前に出る。どうしたらいいのかわからないジオも、わからないなりに場の流れを感じて剣を抜いた。


「無礼者が! 貴様は今アデイラ侯爵家に刃を向けているのだぞ!」


グイードがいつもの優し気な雰囲気を怒りに変えて叫ぶ。アデイラ侯爵家、という言葉に、馬上の騎士は目を見開いた。その家名を知っているからだ。


「こちらのお方はアデイラ侯爵家の出自にしてここチェーク砦の司令官、リヒルト様である!」


「つまりは貴様らが仕えるラザールの上官でもある、ということだ。家格としてもこちらが上なのだが、な」


そういうとリヒルトが腰の剣を抜く。


「当家と戦争がしたいというのなら相手になってやろう。帝国の部門の名家の実力、身をもって知るいい機会だな?」


事ここに至れば、騎士たちは完全に勢いを失ってしまっている。ラザールは男爵家の生まれだが、リヒルトはそれよりも上位の上流貴族である。

逆らえばどうなるのかという事くらいはわかる頭を持っているらしい。悔しさを滲ませながらも、騎士たちは馬を降りて跪いた。


「貴様らの無礼は見なかったことにしてやってもいい、さっさと帰れ」


「し、しかし、そちらの・・・・・・」


「聞こえなかったかな? 私は、帰れと、言ったのだがな」


――ヒタッと、美しく彩られたリヒルトの騎士剣の刃が、騎士の首筋にあてられる。その冷たさに心底から怖気がして、騎士の顔面から血色が消えうせる。


「し、承知、しまし、た」


震える騎士を前に、リヒルトはニヤリと笑みを浮かべる。

首筋から刃が離されると、騎士は急いで馬の鞍にまたがって走り出してしまう。ほかの騎士たちもそれに倣って場を後にし、嵐はこうして過ぎ去っていった。

ホッと胸をなでおろしたマリオンが剣を背中にしまう。争いにならなくてよかった。ここで戦いになろうものなら、大問題となるところだった。それも自分たちが原因となると、到底笑い話にもならない。


「――で?」


こちらも剣を鞘に戻したリヒルトが、マリオンに向き直る。


「ラザールの騎士を殺したというのは本当のことか?」


その問いにマリオンは幾ばくか迷う。正直に答えるべきか、はぐらかすべきか。はぐらかす方がいいだろう、とも思うのだが、リヒルトの瞳はまるですべてを見透かしていそうなほど深いブルーを煌めかせている。

到底隠し通せる、騙しとおせるとも思えない。それはかつての記憶からもわかっている。リヒルトは間違いなく優秀で有能な騎士なのだから。

だからマリオンは、この後の流れに身を任せる覚悟を決めるしかなかった。


「ラザールの騎士かはわかりませんが、たしかに騎士と思われる者たちから襲撃を受けたので、これを迎え討ちました」


「君とそこの少年の2人でか?」


「はい。ですがほとんど相手をしたのは私一人です」


その申告はジオを貶しているのではなく、少しでもジオの罪を軽くするための方便だ。これから先の旅にジオは必要不可欠な存在、不安要素は少しでも減らしておくしかない。

とはいえ罪が自分一人に集中するのも困りものだが、現状ではジオを優先するしかない。

リヒルトはしばし考え込むと、「わかった」と言い、


「詳細は後で聞こう。とりあえず騎士を殺したというからには、牢にはいってもらおうか」


「ええッ!?」


驚きの声を上げたのはジオだ。牢に入れられるということは罪人として認められた、ということになる。


「マ、マリオンさん!?」


「ここは大人しく従えジオ。大丈夫だ」


――たぶん。


その一言だけマリオンはぐっと飲み込んだ。少なからずマリオンにも、この先の不透明さが不安だったからだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ