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夢と現実と






その流れるような剣線は無垢なまでの怖気すら感じさせ、はじき返すことも受け流すことも容易ではない。こちらが必死に剣を奮うのに、その男はどこまでも涼やかだ。憎らしいという感情すら抱く暇も与えてくれないほどの実力の差が、そこにはたしかにあった。

一撃はどこまでも重く、一振りは果てしなく速い。むしろ十数合の打ち合いについていけていることが奇跡に近く、しかしそれももう長くないことは自分自身がよく理解できてしまっていた。

ダメだ、このままでは負ける、殺される! その認識は絶対的な直感だった。

横合いからの薙ぎ払いを受け止めても、その威力の腕の骨がばらばらに砕け、筋肉の繊維がすべて千切れてしまうのではないかと錯覚させられる。こちらが攻めに転じることは不可能だった、ひたすら防御に徹するしかなかった。

強いことはわかっていた、初めから。それこそ心から敬意を払えるほどの男だったし、ある種の尊敬と共に目標としてもいた。いつかはオレもこうなりたいと。

だが敵として立ちふさがるこの男は、予想の遥か上を往った。実際に剣を交えるとそれが良くわかる。

刃がぶつかり合い火花が散る。鍔迫り合いの向こうで男は意外そうな顔をしている。


「よくも持ちこたえるな、ジオ」


その声はどこまでも余裕を含んでいる。


「私も本気で相手をしてやっているんだが、成長とは恐ろしいものだ」


「――っ、バ、カに、しやがってッ!」


「これは賛辞だよ。ああそうだとも。正直いって君がここまで私についてこれるとは思っていなかったよ。数合で斬り伏せる自身があったんだがね」


本気でそう思っていたのだろう。簡単に倒せると。我の敵ではないと。それを覆したジオに送る賛辞は間違いなく本物だった。

それがかつてなら――仲間だったころなら、喜びをもって受け入れただろう。しかしジオにはもうそれが出来ない。出来るわけもない。

この男は裏切り者なのだから。

いっそう鮮やかな火花が咲いた。両足が地面から浮き上がる。身体全体が後方へと退がった――のではない、吹き飛ばされたのだ。刃にヒビのはいるのを見た。

背中から叩きつけられ、肺の中身がすべて吐き出される。一瞬視界のすべてが真っ白になる。意識も思考もその瞬間に途切れた。

仰向けに倒れて動かないジオに、ゆったりとした歩調でその男は近づいていく。


「名残惜しいけどもう時間もないんだ。そろそろ終わりにさせてもらうよ」


その言葉はもうジオには聞こえていない。それでも男の口はなお言葉を紡ぐ。好敵手とも呼べない相手ではあるが、意外なほど食らいついてきたことへの、これもまた賛辞だ。


「よくやったよ。このフェルミナークの剣をここまで捌いたのは君が初めてだ。誇るといい、その死を」


それを別れの言葉として、男――フェルミナークは剣を掲げる。煌びやかな装飾の施された騎士剣は、その美しさを持ってジオの命を絶とうとしている。

ジオはまだ目覚めない。

剣は死神の鎌となって振り下ろされる。しかしジオの鮮血が舞い散ることはなかった。

驚きの表情を浮かべたフェルミナークが、歓喜に笑んだ。


「そうか・・・・・・まだ貴女がいたな!」


2人の間に割って入った少女が、フェルミナークの剣をいなした。

白銀に舞う前髪の奥で、強い意志と覚悟をもった瞳が鋭くフェルミナークを射抜く。


「ジオを殺らせはしないッ」


「マリオン、やはり貴女は最高だッ!!」


両雄の剣が交わる。その音がジオの意識を刺激する。それでもまだ目覚める気配がない。


その様子を【ジオ】は俯瞰的に眺めていた。


――ダメだ、マリオン


マリオンの剣は速い。その刃は質量を持った風となってフェルミナークに襲い掛かる。


――逃げてくれ、マリオン、ダメなんだ


対するフェルミナークも、膂力と速度で対抗する。その剣はさながら暴風となってマリオンの剣を迎え討つ。


――起きろ、目を覚ませ、オレよ、マリオンをッ!


幾重にも重なる耳をつんざく金属音に、沈んでいたジオの意識がゆっくりと浮上する。閉じられていた瞼がうっすらと開き、ぼやける視界が鮮明になる。そしてその目に映ったのは。

フェルミナークの剣に身体を貫かれ、おびただしいまでに流血させているマリオンの哀れな後ろ姿だった。




「――ッは」


それは自らの鼓動の音だった。ドクンッドクンッと脈打つ心臓の音色は早鐘のようにうるさく鳴っている。それにつられてか呼吸も荒くマリオンを苦しめる。

空気を吸い吐き出す、何度も何度も。ぼんやりとまだ思考が回らず、ただ無意味に天井を見上げる。――それが天上であると気づくまでに、ややしばらくかかった。

右手が顔を覆う。それも無意識に近い行動だった。しっとりと汗ばんでいる。額にはりついている前髪が鬱陶しい。

――いやな、夢を見た、ような気がする。

夢を見ていたのはわかるのだが、それがどんな内容だったのかはっきりとは思い出せない。線が歪み、滲み、形を成さない。色は混ざり、動きを追うことも出来ない。そして、心のどこかが、思い出したくないとがなり立てるように夢を拒絶している。

それはきっと悪夢だから。身の毛もよだつほどの悪夢だから。

どうやら自分はベッドの上にいるらしいということまで認識が及ぶ。薄い布が身体にかけられている。窓は黒に塗りつぶされている。

ふと横に首をめぐらすと、黒い髪が見える。無造作で整えられていない、黒い髪。


「ジオ・・・・・・」


顔を見なくともわかる、何しろそれは自分自身でもあるのだから。マリオンが横になっていたベッドのすぐ傍で、イスに腰を下ろしたまま、ジオがその頭をベッドにうずめて眠っている。

なんとなくあちこちに髪が跳ねるその頭を撫でる。少しばかり硬い髪質が不思議と今は心地いい。

たしか自分は封書を持ってチェーク砦まで来た。そこで出迎えた中年の騎士、グイード。その顔を思い出したマリオンが大きくため息を漏らした。

なぜグイードがここにいる。少しずつよみがえる夕暮れ前の記憶。否定したい気持ちはいまだ強くマリオンの中で燃えている。

それと同時に、否定したい、拒絶したいがために、自分はきっと気を失ったのだろうということも、認めたくはないがわかってしまった。


「ああもう・・・・・・情けない」


そう言葉にせずにはいられない。これでは完全な思考放棄だ。情けない、情けない、情けない!

眠ったことで落ち着いた精神が、否定と拒絶の前に立つ。燃え盛る炎をまえに、別の自分が冷静に見つめている。

手のひらに伝わる、ジオの髪の感触。それが今という現実をマリオンに実感させてくれる。これは夢ではないんだ、と。

ならば考えねばならないのだ。この世界に来てから考えてきてことを、もう一度考えねばならない。

時間を遡ってきた、その世界は自分の知るものとは幾ばくかの差異がある。符合する部分もあれば、まったく異なるところもある。今回のグイードとラザールの存在はその最たるものだ。

グイードのことは知っているけれど、ラザールは知らない。そんな人物は記憶にない。そんな人間がグイードに成り代わって駐屯地の司令官を務め、グイードはチェーク砦にその身を置いている。

それも3年も前に。マリオンが時間を逆行してくる3年前に。

たとえば。例えば自分の行動が、未来に影響を与えるのではという考察は、当然のようにマリオン自身も考えはした。当然だ、全開の記憶、歴史通りに進むのであればマリオンはジオと結ばれ、そしていずれ命を落とす。その未来を変えると決めたのだから。

だけどグイードは違う。大本の過去が変わってしまっている。その原因を考えて――ふと、思い出す。


「時空に、干渉する――」


それは女神ネスの言葉だったか。宇宙を貪るものは、時空に干渉する能力を持つ。それによって世界を滅ぼすのだと。

これも、これが、そうだというのだろうか。すでに宇宙を貪るものの干渉が始まっているのだろうか。やつが時空を、時間を、因果と運命を捻じ曲げてしまったのだろうか。

だとしてもそれはおかしい。そもそもアレは自分が倒した。間違いなく倒したはずだ。ならばもう、宇宙を貪るものの脅威は取り除かれているはずだ。

それとも。オレは、やつを倒せていないのか?

そう考えると、この時間の逆行にも納得できる。あくまでそうであるならば、という仮説にすぎないが。

宇宙を貪るものは、滅ぼされる直前に何かをやった。その結果時間が戻り、事実が捻じ曲げられた。

アレなら、それもできるかもしれない。ゾっとするほどの悪寒がマリオンの腹の底でした。

やはりあの旅を、もう一度やらねばならないのか。マリオンとして。


「んぅ――」


隣からくぐもった声が聞こえた。どうやら自分はずっとジオの頭を撫でていたらしい。思いのほか撫で心地が良かったが、そのせいでジオが目を覚ましてしまったようだ。


「マリオン、さん」


「ああスマン。起こしてしまったか」


「マリオンさん大丈夫!?」


ガバッとジオが体を起こす。耳元で炸裂した大声が頭に響く。


「ッ――いきなり叫ぶなバカ!」


「あっ、ご、ごめんッ!」


怒られて項垂れるジオを見上げて、まったくとマリオンが呟く。心配してくれるのはありがたいけど、どうも落ち着きがない。

そう、心配してくれていたのだろう。


「ずっとそこにいたのか?」


「そりゃ・・・・・・いきなり倒れるんだもん、心配するよ」


そういうジオの瞳はまさにこちらを案じているのがわかる。夕暮れ前、まだ日もそれなりの高さにあるころから沈み眠気に負けるまで、ジオはずっと眠り続けるマリオンを見守っていた。

館の一室を与えられ、そこのベッドにマリオンを横たえさせてから、ジオはずっとそこにいた。食事も用意されたが喉を通らなかった。ただ、このまま目覚めないのではという不安を拭い去るので精いっぱいで、出会ったまだ日の浅い少女をこうまで杏お会いする自身の不可思議さには気づけなかった。

あんな風に取り乱すマリオンは見たことがない。それは少なからずショックだった。


「そうか・・・・・・」と、それだけマリオンが応える。


「もう、大丈夫なの?」


気遣わしそうに尋ねるジオを安心させるようにマリオンが優しく微笑む。


「そう心配するな、もう平気だ。・・・・・・疲れがたまっていたのさ、きっと」


たしかに心労は溜まっていたのだろう、あり得ない出来事の連続に心が疲れていたのだろう。それが今回のことが決定的だとなって、感情の防波堤を崩してしまったのだ。

それでジオに心配をかけてしまったというのだから格好がつかない。

本当に、情けない。

もう大丈夫だとジオに言い聞かせ、ジオは自らのベッドにもぐりこんだ。こちらもこちらで精神的に疲れていたのだろう、すぐに寝息を立て始める。

しずかなその呼吸音を聞いて、マリオンは静かに目を閉じる。

受けいれるしかな、現実を。そう胸に思いながら、再び睡魔がマリオンを眠りの海に沈めていく。





「では出発します、お世話になりました」


翌早朝、旅支度を済ませたジオが、グイードに感謝の言葉を述べる。その隣にはすっかり調子を取り戻したマリオンが立っている。

グイードは相も変わらず優し気な表情で、2人を交互に見やる。


「お嬢さんももう大丈夫そうだね」


「その節はご迷惑をおかけしました」


マリオンもまた、こちらは謝罪の意味を込めて。


「無事に駐屯地へ戻れるよう、女神ネスに祈りを捧げよう」


さして困難な道のりというわけでもないが、そういうところがこのグイードという男の優しさだ。誰かを思いやれる心が彼にはある。


そうして別れを済ませ、帰路に就こうとした時だった。


2頭の騎馬が駆け寄ってきて、館の前に止まった。


「何事か」


グイードが訪ねるも、それを騎馬たちは無視して、


「ジオとマリオンとは貴様らか!」


と声高に叫んだ。


なにやら剣呑な雰囲気と声音に、怯みながらジオが首肯すると、あろうことか騎馬が腰の剣を抜いてジオにその切っ先を向けてくる。

それに反射的に反応したマリオンが背中の剣に手を伸ばす。ただならぬ展開にグイードも剣の柄を握る。

ジオは怯えている。


「何事かと聞いている!」


あの優しいグイードが声を荒げた。チェーク砦でこのような狼藉を働かれては黙っていられない。

しかし騎馬の次の言葉が、ジオとマリオンの身体を硬くさせた。


「両名を、騎士3人を殺害した罪で捕える!」


「なっ――!?」


これにはさすがのマリオンも、絶句するしかなかった。




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