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運命の終わり




――なんつーアホ面さらしてんだよ・・・・・・


見下ろせば間抜けに呆けた顔がある、思わず出るのはため息だ。間抜け面、アホ面、半開きの口と丸くさせた瞳から受ける印象は、まさしくそんな言葉とピッタリだ。

しかもその男は無様に腰を抜かして尻もちなんてついているもんだから尚のことだ。これで職業が兵士なのだから目も当てられない。

兵士と言っても軍隊の中では下っ端の下っ端、鎧も正面を守るプレート一枚だけの胴当てが当てがわれ、腰の剣は短い片手剣、主に使う武器は騎士の持つ槍とは比べ物にならない粗野な矛。

それでも外国の軍隊や民族から国土を守り、盗賊と戦い、時には魔物なんかとも戦わねばならない兵士の見せていい姿ではない。


――とはいえ、あんまり強くもいえないんだけど。


言いたいことはまあそれなりにあるが、それらをまとめてぐっと少女は喉の奥で飲み込んだ。なんとも歯がゆいものだ、言いたくても言えないというのは。ここで一発この男に喝を入れたらばどれほど胸がスカッとするだろうかと思うが、それもかつての自分へのブーメランになるから黙るしかない。

男はまだ少年と呼べる年恰好をしている。大人になる一歩手前、成年への階段を登ろうかという直前。徴兵されてまだ日が浅く、十分な調練と実戦を経ていないのは想像に難くない。田舎からの徴兵には、よく少年が駆り出される。この男もそうだった。

だからまぁ、大目にみてやらんでもない、という気持ちは少女にもあった。というか大目に見ないといけない。いけない理由がある。至極個人的な理由からだが。

見下ろす少女と、見上げる少年。その周りには数人の遺体が転がっている。そっらすべてが鎧を身に着けているが、二名ほど装いの異なる遺体があった。胴当てだけでなく、籠手や兜などの防具を見るに、彼らは騎士だろう。おそらく指揮官とそれを補佐する者か。どちらにしろすでに事切れているようなので、問いただしようもないのだが。

騎士は兵士と違う。確かな戦技と意識を持って、戦場に立つ者たちだ。ましてや雑兵とはいえ兵を指揮するからには、ある程度の実力を認められていたはず。それが少年兵一人残して死んでしまっている。

なぜか? それは少女の背後で動かなくなっている白い塊のためなのだが、そちらもそちらで、すでにただの遺骸と化している。

遺体の損傷は激しく、四肢を千切られたものもある。凄惨なことこの上ない、周りの草木に飛び散っている赤い痕跡は兵士たちのものだろう。

彼らに関してはご愁傷様という外ない。魔獣討伐に来て死んでしまうのは、ある意味で兵士騎士の宿命だ。良心としては墓でも立ててやりたいが、その道理もないし時間もない。せめて死後の世界へ亡霊となることなく旅立てるようささやかに祈りを上げて、少女は右手に握る下級兵士ご用達の片手剣を手放した。騎士の剣に比べて軽いと言え、それでも少女にはかなりの重さだ。

ガランッと鉄が石にぶつかって跳ね返る。その音に男が肩を大きく震わせた。ビビりすぎだろ、と少女はますます情けない気持ちになる。


――ああ、クソッ、なんで・・・・・・


見れば見るほど、歯がゆさも情けなさも、沸々とした怒りに変っていくようだ。頭を掻きむしり、地団太を踏んで、天に向かって叫びだしたい。いっそ喉が潰れるまで!


――なんで【マリオン(オレ)】が!


「なんで【マリオン(オレ)】が【ジオ(オレ)】を助けなきゃなんねぇぇんだよおおおッ!!」


少女の叫びに、少年ジオの肩はまた大きく跳ねた。




 ◆  ◇  ◆




旅は長く、つらく、様々な出会いと別れに満ちていた。

帝都サーランからはるか遠い辺境の村で育ったジオは、16歳の時、辺境を警備する地方軍に召集され兵士となった。国令で15歳~23歳の健康な男女は、3年間の兵役を義務付けられる。15歳の時はたまたま足を怪我してしまっていたため徴兵を免れることができただけだった。任期を終えても有事に際しては召集される、それが帝国の軍隊である。

ジオの暮らすアネー地方は首都の西にあり、隣国をカレッサ王国という。

カレッサは異民族の建てた王国で、統治するアグス王は賢君として臣民に愛されていた。しかし異民族は異民族、他国は他国、帝国にとっては領土を接した危険な存在で、ゆえに国境警備は必然だったのだろう。

異民族の脅威に備える、という名目で集められた。しかし盗賊やら野獣魔獣を相手にすることの方が多いというのが実際のところである。

ジオは徴兵されて初めて『任務』に従軍した。魔獣の討伐である。とある村の近くまで魔獣が出てきたため、それを討つという。


それがジオの旅、その始まりだった。不思議な少女に助けられ、彼女に導かれるようにして、彼の運命は動き出した。


一人生き残ったジオは、やがて少女と旅に出る。始まりは一人生き残ったジオに与えられた伝令としての仕事で、事態の報告を近くにある砦の騎士隊長まで届けるというものだった。

なぜあのとき、少女はついてきてくれたのか、ずっとジオは不思議だった。たずねてみても少女は多くを語らなかったし、話してくれても不思議なよくわからないことを言うだけ。それでも少女はジオを何度も窮地から救ってくれた。

旅の終わりは新たな旅の始まりとなり、時に事件に巻き込まれたりしながら、かけがえのない仲間と出会い、やがてジオは世界を覆いつくそうとしているとてつもない危機を知っていく。


マハルの街の悲劇。


カレッサ王国との戦争。


騎士フェルミナークの裏切り。


ナゲール丘の戦い。


女神ネスが告げる“宇宙を貪るもの”の存在。


そして自分が生まれた意味、少女の死――


その果てにたどり着いた“宇宙を貪るもの”との決戦場。





旅は終わった。“宇宙を貪るもの”を斃したのだ。これで世界は救われる。

そのことに満足しつつも、閉じられていく時空の隙間をぼんやりと見つめながら、悲しくつらい気持ちがないと言えば嘘になる。

先ほどまで握りしめていたはずの神剣は、いまや姿かたちもない。その役目を終えて光の粒子となって消えてしまった。


――おれ、死ぬのか・・・・・・


時空の隙間、その向こうにはジオが生まれ、育ち、そして守り抜いた世界がある。帰り道はその隙間を通る他にないのだが、すでに指一本動かすこともままならないほど、ジオの身体は疲れ切っていた。

この空間はやがて消滅するらしく、それはもちろん脱出しない限り、閉じ込められているジオの運命もまた然りということだ。

死ぬ・・・・・・そう思うと、脳裏によみがえるのは、恋をした今は亡き大事な少女の姿だ。未熟な少年兵でしかなかった自分を救い、導き、そしてかばって命を落とした少女。腕の中で息を引きとった瞬間をジオは決して忘れることがなかった。


「死ね、ば・・・・・・いけるのか、君のところ、に」


それはそれでいいと思う。あの恋は本物だったのだ。本気で好きになって、本気で恋を追って、そして全力で愛したのだ。それなのに守ることが出来なかった自分を呪いながら、その怒りを力に変えてここまできた。

彼女――マリオンがいなければ、ジオはその使命を果たせず、世界も食い尽くされていたのだろう。

彼女の死は悲劇だが、世界のための必然だったのかもしれない、認めたくはないが。

死後の世界で再会できたら褒めてくれるだろうか。彼女は戦い方の師でもあった。厳しくも優しかった。労ってくれるだろうか、よくやったと言ってくれるだろうか。

笑顔で迎えてくれるだろうか、やり切ったオレを。

自然と笑みがこぼれる。もはや指先一つ動かせず、視界もぼやけてきている。消えゆく空間とともに、身体が溶けていくようだ。死への恐怖より、こんな自分が世界を救い、大好きだった少女に逢いに行けることの喜びの方が、大きくなっている。

狂ってしまったのか。それでもいい、狂って結構。

世界は救われた。“宇宙を貪るもの”が干渉しなくなって世界には、平穏が訪れるはずだ。ともにここまで戦ってきた仲間たちの無事がきになるが、それはもう確認のしようもない。この空間にいないのなら、元の世界へ帰れたかもしれない。そうであってほしい。

自らの死を嘆く気持ちより、他者を想う気持ちの方が次第に強くなるなんて。なにやら胸の奥が暖かくなって、それがとても心地よい。

もう後悔はなくなって、悲しみも辛さもない。

いよいよ最期の時が近づいている。


「女神・・・・・・ネス・・・・・・これで」


いいんだろう? その最後の言葉は、もう口にできなかった。

意識は半ば溶けかけて、ジオがジオでなくなりつつある。

時空の隙間は完全に閉ざされ、空間が消えようとしていた。






意識がどこかを揺蕩う。水に溶ける墨のように、形なく。


そして、辛うじてジオである意識は、その声を聴いた。





――ジオ、苦難の旅路、ご苦労様でした。




――これでひとまず、今回も“宇宙を貪るもの”の力を削ぐことが出来ました。




――やはり結末は変わらず、“宇宙を貪るもの”を滅ぼすまでは至りませんでしたが。




――マリオンの死もこれまで通り、回避することができなかった。もう可能性はないのでしょうか。




――これで何万回でしょう。いつになれば時を進めることができるのでしょう。




――時を戻します。【次のジオ】に期待しましょう。“宇宙を貪るもの”を完全に葬り去ることができることを。




――そしてジオ、あなたは私とともに、再び――




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