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英雄の子であり復讐者イリス  作者: 海埜ケイ
9/20

常識の違い



 しばらく森の中を走り続け、少し拓けた場所に辿り着くと、リュウグは肩を上下させながら立ち止まった。フードを被った子供を抱っこして走っていた割に、リュウグよりも疲れを見せないイリスは異常だと思う。


「ここまで来れば安全かな」


「何が安全なんだ?」


 フードの子供を降ろしながら尋ねるイリスに、リュウグは若干の苛立ちを感じた。

 そもそもの原因は涼しい顔をしているこいつなのに、何故自分だけが気を揉まなければいけないのか納得がいかない。

 リュウグは長い息を吐き出すと、キッとイリスを睨上げた。


「なあ、何で獣族の子供を連れて行こうなんて考えたんだ? あの時は町の中だったから詳しい内容が聞けなかったし、ここでなら話せるだろ?」


「? 何故、町の中では話してはいけないんだ?」


 本気で分かっていないイリスに、リュウグは苛立ちを募らせ口調が荒くなる。


「人族の町に他種族がいるのは御法度なんだよ。いるとすれば、大富豪の家に売り飛ばされた孤児や奴隷しかいない。つまり、誰かしらの所有物になる」


「この子はものじゃないと、さっきも言っただろう」


「だから人の話を聞けって。東の大陸ではどうだったのかは知らんが、ここファルス大陸では、他種族は“もの”なんだ。唯一、同列に扱われるのはアインヘル王国だけで、他の竜族や妖精族の国でも、人族が入れば厳しい罰則か下手すれば極刑になる。ここの排外主義精神は強いんだ」


 イリスは何とも言えない顔で俯いた。納得ができないといった感じだろう。だが、それがファルス大陸の常識だ。受け入れて貰うしかない。





「あ、あの……」


 フードを被った子供が怖ず怖ずと尋ねてくる。そう言えば当人から話しを聞いていなかったことを思い出し、リュウグの瞳は彼を射抜く。


「あんたは、今まで誰の元で働いていたんだ?」


「え、えと、ワドマン豪商です。重い荷物を運んでいました」


 名前を聞いてすぐに顔が思い浮かんだ。


(あのハゲ親父か。確か、あの男の商品は王宮御用達にもなった家具をメインで扱っている。確かに、力自慢の獣族を一人囲っていれば人件費削減が見込めるな)


 何せ、獣族の子供一人で、人族の大人四人分の力があると言われている。しかも奴隷なので賃金を支払わなくてもいいし、アメとムチを使い分けてさえいれば長く使う事ができるだろう。

 フードを被った子供の健康状態を見れば、彼に最低限の生活が約束されていることくらい推測できる。


(本当に過酷な場所にいる子供の目でもないしな)


 奴隷ながらも大事にされていたのだろう。そんな事情を全く知らず、己の正義感のみで奴隷を持ち逃げしてしまったイリスは犯罪者になる。リュウグは怒りを越えて、呆れて溜息を吐いた。


「取りあえず、指名手配書が回らない内にミディレア王国に行って、このガキを置いて来なきゃダメだな」


「指名手配? 誰が?」


「あんただよ! 人のもの盗んだ窃盗人だろ!」


「窃盗、何故……」


「だあああああぁぁぁぁっ! さっきから説明してるだろ! 他人の奴隷を盗んだんだよ、あんたは! ファルス大陸では奴隷は非合法行為だけど、完全禁止はされていないんだ。このガキは裏取引で、ワドマン豪商に売られた奴隷で、あんたはそれを盗んだ。奴隷泥棒なんだよ! いい加減、現実を受け止めろ!」


 怒りに任せて、イリスの胸倉を掴み怒鳴り散らした。いい加減、物覚えが悪すぎる。自分がどれだけ危ない橋を渡り、人を巻き込もうとしているのか、全く理解していない。

 睨み合うリュウグとイリスに手を差し伸べる者がいた。


「!」


「……お前」


 フードを被った子供は涙が溜まった瞳を二人に向けた。


「ボクのせいで、お兄さんたちを犯罪に巻き込んじゃってごめんなさい。怖いけど、ボク戻ります。お父さんとお母さんには自分の力で会いに行くことにするから、…………ごめんなしゃい」


 ひゃっくり声を上げ、泣き出す子供をイリスは抱き締めて頭を優しく撫でた。フードが外れ、直接頭を撫でてあげると、彼は嬉しそうに鼻を鳴らし、イリスの顎に頬摺りした。


「……すまない、私にはどうしても納得ができないんだ。両親が生きているのに会いに行けない子供の気持ちというものが理解できない。会いたければ会いに行けばいい、もし会いに行く為の力が足りないのならば、私は力を貸してやろうと言ったはずだ。それをお前は今更、放り投げるつもりなのか?」


「!」


「常識や現実に従い、全てを諦めるには、お前はまだ子供だ。強く願うことで叶う願いがあっても良いのではと私は思っていたんだが、どうなんだ?」


イリスは彼の肩を掴み、まっすぐと彼の瞳と視線を交わした。


「ボク、は……」


 彼はイリスを見た後、リュウグを見上げ、またイリスを見つめた。


「お母さんとお父さんに会いたいです。力を、貸して欲しいです!」


 強い宣言に、イリスは満足した風に身体を離した。彼は名残惜しそうにイリスを見上げるが、イリスの視界にはリュウグしか映っていない。


「あなたにも迷惑を掛ける、だが協力して欲しい。私だけではこの子を両親の元へ送り届けることはできない」


「見捨てるってことは?」


「無理だ、約束した。あなたもそれは見ただろう?」


 確かに見た。どこの茶番劇かと思うくらいに白けるような安い芝居を。


(いや、こいつの場合は演技じゃなくて素だからタチが悪いな)


 強情っぱりで、無駄に正義感が強くて、弱いものに弱く、カリスマ性がある。世が違えば、彼は英雄になる素質の持ち主だ。

 だが、今の世に戦争はない。平和な世に降り立つ英雄は世間で言う“邪魔者”に成り下がる。

 リュウグは息を吐き、己の中で自問自答を繰り返した。目の前にいるこの男についていくべきか、それとも引き返せる内に縁を切るべきか。

 懸命な人間はここで手を引くのだろう。だが、リュウグの腰ベルトにある隠し財布にはイリスから貰った半銀貨がある。


(これを返せば、俺とこいつの繋がりは完全に消えるんだよなぁ)


 リュウグは腰ベルトに手を伸ばしたーーーー。




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