馬車の中で
ガタゴトと揺れる馬車の中、リュウグたち三人は誰一人として言葉を発しようとしない。
それはリュウグが苛立ちながら外を眺めていたり、イリスが腕を組んで目を閉じていたり、間に挟まれたフードを被った子供が居心地悪そうにしていたからかもしれない。
他の乗客は五人程で、内二人は商人のような服装をし、残り三人は新婚夫婦と赤ん坊だ。
赤ん坊は母親と楽しそうに笑いあっているが、そこまでうるさく感じなかった。
(それにしても、獣族の子供なんかを連れて行くことになるとはねぇ)
ファルス大陸は五つの国で成り立っている。
現在リュウグたちのいる人族の住まうルケミア王国。
南東に位置する竜族の住まうグリシア王国。
南西に位置するミディレア王国。
大陸のどこかにあると言われている妖精の国フィーネ。
そして北東に位置するアインヘル王国。
アインヘル王国は異種族共存国家とされており、様々な種族の人々が暮らしていると言われている。その分、検問が難しく人の出入りが厳重警戒となっているが、身分証明書と保証金さえ支払えば誰でも入ることができる。
(もし、このガキの親がアインヘル王国に居れば話は早いんだが、どうにもミディレア王国の方っぽいしなぁ)
詳しい事情は後々、聞くつもりだが、今はイリスとの旅路においての最短ルートを考えなければならない。
この馬車の終点地はルケミア王都になっている。本来ならば、そこでアインヘル王国国境付近までの馬車に乗り換えるつもりだったが、獣族を連れている以上、ルケミア王都へは行けない。
イリスは知らないようだが、ファルス大陸はとてつもなく閉鎖的な大陸だ。それは国内においても同様で、各種族達は異種族を忌み嫌っている。過去、星の数だけ内戦を起こし争い続け、内戦に疲れた人々が安寧の地としてアインヘル王国を創立させたとも言われている程だ。
(だから異種族であるこいつを連れての旅は危険だ。さっさと親元へ帰すか、その辺に置いていくのが一番なんだけどなぁ)
ジッとフードの子供を眺めていると、フードの子供はビクッと肩を揺らしフードの端を強く握った。怖がらせてしまったらしい。だが、構わない。好かれようと思っていない。
(しっかし、こいつも何を考えて、獣族の子供を連れて行こうと考えたんだが)
通常、異種族が異種族の国にいる場合、何かしら訳ありだと決まっている。子供の場合は人身売買、大人の場合は国外逃走。どちらも非合法だが、完全に取り締まることはできず、毎晩どこかの国で異種族たちが泣いているのをリュウグは知っている。
(多分、こいつもそうなんだろうな)
奴隷として雇われたのだとしたら、イリスの行為は持ち主から奴隷を盗む窃盗罪に値する。早急に何か考えなければならない。
――ガタン
ふいに馬車の揺れが止まった。おかしい、まだ街道沿いで中間地点ではないと言うのに。
業者が馬車から降りて、外にいる誰かと会話をしている。
「何かあったのか?」
「オラぁ、さっさと次の街に行きたいって言うのによぉ」
「……あなた」
「大丈夫、僕が付いてるよ」
他の乗客達がざわめく中、フードを被った子供も世話しなく頭を左右に振っているのに対し、リュウグは彼の頭を肘掛けに使い動きを止めた。
「あんまり首を動かすな、フードが落ちるぞ」
「ぴいっ!?」
注意すると、フードの子供はフードの端をがっしり握ってガタブルと震え出す。
「何があったと思う?」
「……あんまり良い予感はしねぇな」
リュウグは上唇を舐め、僅かに身体をズラして前方方向を見つめ舌打ちした。
「警邏隊だ」
「警邏? 町の外にか?」
「この国の警邏は優秀でね、ちょっとの犯罪も見咎め無しなんだよ」
チラリと視線をフードの子供に移すが、イリスには伝わらなかったようだ。キョトンと瞬きを繰り返している。
「あんた、そのガキを連れてくる時、ちゃんと持ち主に許可は取ったのか?」
「この子はものじゃない。それに、子供が親元に帰ることに何の罪がある」
やっぱり考え無しの馬鹿だ。
恐らくフードの子供の持ち主が「うちの奴隷が逃げ出した!」と騒ぎ、警邏隊を買収したのだろう。もし、このまま馬車に乗っていたら、「乗客全員、顔を見せろ」と言われてフードの子供は敢え無く御用となるのが目に浮かぶ。
フードの子供が持ち主の元に行けば、こっぴどく折檻され、下手をすれば死んでしまうかもしれない。だが、そんな未来よりももっとリアルに想像できる未来がある。
「……こあいよ」
「安心しろ、お前は私が守る」
この正義感を全面に出した世間知らずの阿呆が、警邏隊に乱暴を振るってから逃亡し、指名手配される未来が……。
(どうする。アインヘル王国にはいる為には身分証明書が絶対必須。もし犯罪者なんて肩書きが付いたら、俺はともかくこいつがアインヘル王国に入ることは絶対に無理だ)
どうして予定通りにいってくれないのか。
リュウグはもう一度、前方方向を見て、警邏隊が馬車の荷台の方を指差している姿が見えた。もう時間がない。
「あんたら、ここで降りるぞ」
「? 何でだ」
「何でも何も、前の町に大切なもの忘れちまったからだよ。馬車が止まっている内に取ってこようぜ」
周りの乗客からは不自然にならないように外へ出ようと促すが、イリスは動こうとしない。
「なら、私とこの子は待ってる。あなた一人の方が身軽だし、すぐに戻ってくるだろ?」
それじゃあ意味がない。
地団駄踏みたいのを馬車の骨組みを握りしめながら耐えて、額に青筋を立てながら無理矢理笑みを象る。
「あんたは俺の依頼主だろ? さっさと来い」
滲み出る怒気に、フードの子供がガシッとイリスの腰にしがみつき、乗客の赤ん坊が鳴き声を上げる。このままではマズい。
リュウグはイリスの手を取って走って逃げた。
イリスは腕を引っ張られた瞬間、フードの子供を片手で抱えて走ってくれた。とても助かる。これで子供に合わせず全力で走ることができた。
背中の方で、馬車内がパニックになっている気がするが全無視だ。今はこの状況を打破することだけを考えて走った。