旅支度
イリスsideです。
リュウグが道案内をしてくれることになり、イリスの幸先は良好だ。
正直、たった一人でどこにいるのかも分からない叔母を捜す行為は困難極まるものだと思っていたからだ。
(けど、私にはもうそれしか目的がないんだ)
大好きな母を殺され、兄とも生き別れ、普通の町で普通に生きていくこと何て自分には到底出来ない。痛みのない背中の傷を鏡越しで見る度に、怒りで目の前が真っ赤になり、叫びたい衝動に駆られることは少なくない。
寝間着から服に着替えようとしてところで、イリスはふと考え込む。
「……見られたらマズいか」
戦士の背中に傷があるのは不名誉なことだ。背負い袋から救急袋を取りだし、胸の辺りからヘソ当たりまで包帯でグルグル捲きにしておく。窮屈だが、道中何があるか分からない。
他人と旅をするのだから、いつかはバレることかも知れないが、今のイリスにリュウグを信じ切りことはできなかった。
――コンコンコン
扉がノックされ、イリスは手早く身支度をしてから扉を開けた。
「迎えに来たぜ」
扉の向こうには、すでに準備万態のリュウグの姿があった。対するイリスはまだ鎧を付けていないし、荷物が乱雑している。
「すまん、まだ準備ができていない」
「……みたいだな。じゃあ、町の馬車広場で待ち合わせにしよう。俺も少し野暮用があるからさ」
「馬車広場?」
「南門の近くにあるんだよ。少し拓けた広場みたいなところ、まあそれなりの数の馬車が行き交ってるから、行けばすぐに分かるはずだ」
「分かった」
取りあえず南門を目指せばいいようだ。
リュウグは片手を振って、宿の入り口の方へ向かっていく。イリスも急いで準備しなければならない。
寝間着を袋に入れ、救急袋も適当に詰めて入り口の紐を思い切り引っ張る。
「これで準備は良い、後は武器と防具だな」
防具は胴体に鎧と両腕に籠手、マントを羽織り、左肩のみに袖を付けて留め、ブーツの上にも膝当てを填めた。
最後にくすんだ赤い紐を額に巻いて、防具は完成だ。
ベッドの枕元近くに立てていた大剣を鞘から出し、刃こぼれしていないか確認する。銀の刃に自身の顔が映り、目を伏せたくなった。
無機質で表情のないつまらない顔。イリスは下唇を噛み、焦点を合わせないように真剣な眼差しで武器の手入れを始めた。