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英雄の子であり復讐者イリス  作者: 海埜ケイ
20/20

リュウグの秘密?


「―――何をやっているんですか、リュウグさん!」


「うおっ!」


「きゃっ!」


 バンッと、開け放たれた窓から現れたのは、鼻先深くまでフードを被ったパンナだった。

 リュウグは女の肩を突き飛ばし、女はそのままかけ布団を肩まで引き上げて身を隠す。


「なんだい、あんた。どこから入ってくんのさ! こっちは取り込み中だよ」


「そんなことはどうでもいいです。それよりもリュウグさんは一体、何をしているんですか!」


 捲し立てる女を無視して、パンナは部屋に入り込みリュウグに詰め寄った。


「何って、情報収集だけど?」


「これのどこか情報収集ですか! 見知らぬ女性と淫らなことをして、恥ずかしくないんですか!」


「分かってねえなぁ、パンナは。美味い酒と絶世の美女と過ごす一夜こそ、冒険者や傭兵にとって極上のご褒美だってことをな」


「ケダモノです! 将来を誓い合ったもの以外との性行為は不純極まりません!」


「お前は俺の姑か」


 深々と息を吐くリュウグに、息巻くパンナ。その二人を眺めながら女は顎に指を当てた。


「……もしかして、その子って獣族かい?」


「!?」


 バッと身構えるパンナに、リュウグは額に手を当てて項垂れた。


「な、何で分かったんですか!」


「前に、客から聞いたんだよ。『獣族は生涯にたった一人の番しか認めない、何とも勿体ない種族だ』ってね。……あんたはリュウグの何なんだい?」


「僕は……」


「俺の連れの連れだよ。前の町で、偶然知り合ったカルスト出身の奴だ」


「へえ、東の大陸の人間か。どんな子だい? 可愛い?」


「かわ……少なくとも、その名称はあいつには合わないな。どちらかと言えば、あいつは」


「すごく格好いいです! 優しくて、格好良くて、素敵な方なんですよ」


 イリスの話題になった途端、パンナは我を忘れてマントからはみ出ていることに気付かないほど大きく尻尾を振り、フードで隠れて見えないが目を輝かせながら女の方を向いた。

 その様子だけで、リュウグの連れがどれだけ獣族に好かれているのかが分かる。

 女は笑みを浮かべたままパンナに尋ねた。


「その人のこと、好き?」


「大好きです! イリスさんは僕の恩人で、心の支えで、家族と同じくらい大切な人です」


 迷いなく言い切るパンナの姿が、女には眩しくて笑みを浮かべながら目を細めてしまう。


(いいね、この感じ。長らく感じていなかった感覚だよ)


 純粋な心は、この店に入った時に捨ててしまった。自分にはない美しい輝きだ。


「そうかい、じゃあ大切にするんだよ?」


「勿論です! ボクはイリスさんを不幸になんかさせません」


 ドンっと拳で胸を叩くパンナに、リュウグは呆れた風に頬杖をついた。


(お前を助けるために、もうあいつは不幸になってるんだよ)


 言ってやりたい気持ちもあるが、リュウグは敢えて口を塞いだ。

 パンナを助けることへのデメリットはすでにイリスに伝えてある。それでも尚、イリスはパンナを助けることを選んだのだ。

 これ以上の苦言を言う必要はないだろう。

 和気藹々と話し合うパンナと女を眺めていると、ふいに女と視線が合った。


「ねえ、あんた。あんたの連れってのは女なのかい?」


「は? 男だけど?」


 リュウグは聞いていなかったが、パンナとの会話で、イリスが女だと思う節があったのだろうか。だが、イリスは男だ。

 共に行水をしたし、言動や戦闘センスは女のソレではない。

 首を傾げるリュウグに、女はフッと笑みを浮かべた。


「そうかい。もし、イリスってのが女なら、確かにあんたのこの行為は浮気だねえ」


「阿呆か。そもそも、あいつが女だとしても欲情できねえよ」


 初めてイリスと会った時のことを思い出す。

 十八人の盗賊の内、十一人を気絶させた実力者。相手も相当手練れだったというのに、少しの乱れも躊躇なく地に臥していく姿はまさに“蒼の野獣”。そんな人間が実は女でしたなんて言ったら、世の中の男性の半数以上が失意の底に落とされるだろう。

 突飛な想像を膨らませる女性に溜息を吐きたくなり飲み込んだ。

 このままパンナを居座らせ続けたら何を話されたり想像されるのか分かったものではない。

 何か追い出す方法をと考えたリュウグはパンナの肩掛けバッグに目を付けた。


「ところで、お前。あいつから何か用事とか頼まれてるんじゃないのか?」


「え、はい。お昼ご飯を頼まれました」


「あら? けど、今はもう夜に近いわよ? 大丈夫なの」


「へ?」


 パンナはキョトンと瞬きを繰り返し窓の外を見る。既に茜色の空は消え、群青色の空に星が点々と瞬いていた。パンナはサアッと顔を青褪めた。


「ああああ、どうしよう! こんな、こんなに遅くなってしまいました。イリスさんに怒られてしまうか呆れられてしまいます!」


「まあ、あいつのことだから怒りはしないだろうが、呆れられる可能性はあるな」


「ふええぇぇ~~」


 完全に時間を忘れていたのだろう。パニックを起こし半泣き状態になっているパンナに、リュウグは今度こそ大きなため息を吐き、立ち上がり身支度を始めた。


「あら? もう帰るの。時間はまだたっぷりあるのに」


 分かっている癖に、女は意地の悪いことを言う。


「仕方ないだろう。こいつ一人で帰すわけにはいかないからな」


 正直、追い出して終わりにしたかったが、泣いている子供を追い出したらロクな事にはならないだろう。一応は雇い主が助けると言っていた子だ。

 変に外に出し、良からぬ奴らに騙され連れ去られたりでもしたら契約違反になりかねない。


(ったく、面倒臭ぇな)


 始終、オロオロしているパンナの頭を軽く叩きリュウグは荷物を背負って部屋の出入り口に向かった。


「俺は正面から出るから、お前は入ってきた時と同じように窓から出て店の正面で待ってな。俺が来るまで目立つんじゃないぞ」


 念には念を押して言うと、パンナはようやく涙を引っ込め直立に立った。


「はい!」


「よしっ。……って、何見てんだよ」


「えぇ~~、別にぃ。あんたってばそんなに子供の扱いが上手かったんだねぇ」


「上手くねぇよ。ただ余計なことをされたら、こっちに不利益が生まれるだけだろ。こいつもバカじゃない、ちゃんと一から説明すれば理解する頭がある。……どっかの誰かさんのように言っても理解せず暴走する奴もいるしな」


「へぇ~」


 にやにや笑みを浮かべる女を一瞥し、リュウグは今度こそ部屋を出て行った。

 部屋に残されたパンナは再び所帯なさ気に、女の顔を伺う。


「あのぉ」


「何だい?」


「ボクはお仕事の邪魔をしてしまったのでしょうか?」


 娼婦の仕事が何なのかは知ってはいたが、相手がリュウグだったため頭に血が上って乗り込んでしまっただけなのだろう。確かにリュウグの言う通り、ものの分別はできるようだ。

 女は笑みを浮かべ、シーツを体に巻き付けたままベッドの端に足を投げ出して座った。


「別に邪魔じゃないさ。あたしたちは時間で買われてるんだ。むしろ、損をしたのはあの子の方。あたしはこれからあの子が買ったお金の分だけ悠々自適にこの広いベッドで寝てられるのさ」


 リュウグは一晩分のお金を支払った。それだけ女と長く話したかったのだろう。


(まあ、目的はあたしというよりもあたしの持つ手紙みたいだったけどね)


 手紙はリュウグの手に渡ったから、リュウグがここに長居する理由はなかったが、根が真面目で優しい分、女に自由時間を与えてくれたのだ。


「ねえ、坊や。お願いがあるんだけど良い?」


「? 何ですか」


「もし、あの子に困ったことが起こったら、この手紙を娼婦館に持って行ってやってくれないかい? ただし、オンボロなところじゃなく、ここみたいな高級店にね」


 女は二つ折りにした手紙とも言えないメモをパンナに手渡した。


「どうして?」


「そいつは秘密。因みに、渡す相手はあたしみたいな娼婦にね。店のババアや従業員に渡しても意味がないから、気を付けるんだよ」


「……分かり、ました」


 女は笑みを浮かべ、投げ出していた足をベッドに戻り掛布団の中に戻った。


「さあさ、出て行った、出て行った。あたしはしばらく惰眠を貪りたいんだよ。用がなきゃ出ていきな」


 虫を払う風に手をパタパタさせる女に、パンナは頭を下げてお礼を言った。


「ありがとうございました。……お姉さんの名前は?」


 女は億劫気に顔だけを上げてパンナに笑みを見せた。


「ユリナ。さあさ、獣族の坊や。さっさと出ていきな」


「ボクの名前はパンナです。ユリナさん、さようなら」


 パンナは窓から飛び降りた。

 獣族の脚力なら、この高さもものともしないだろう。

 一人残された女――ユリナは両腕を額に押し付け、天井を見つめた。

 蝋の明かりで赤く染まる天井が、まるで呪いの色のようにユリナに押しかかる。


「……サリサ。あたしじゃあ、あの子の呪いは解けなかったよ。けど、願いは託したかんね」


 遠くの地にいる友人へ。

 ユリアは届かぬ言葉を吐いて眠りについた。




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