手紙と女を天秤に掛けても ※
描写に恐らくR15になりそうなものには、今回のように※を付けておきます。
人によってはどこが?と思う部分もあると思いますが、念には念です。
橙色に灯る灯篭が部屋の中を淡く照らす。
部屋には家具の類がほとんどなく、中央に置かれているベッドの上には、腰の辺りをシーツで隠した裸の男女が二人、並んで寝転んでいる。
女の容姿は美しく、長い髪を胸の前で垂らし、寄り添う風に男の腕に身を寄せていた。
対する男は自由な右手でひたすら白い便箋を読んでいた。
何度も何度も、行き来する視線を下から眺めていた女は呆れたふうに溜息を吐く。
「ねえ、隣にこんなにも良い女がいるって言うのに、手紙にばっかり興味があるなんて妬けちゃうよ?」
「あんたはそういうタマじゃないだろう」
「おや? あたしだって女だよ。男と寝るならそれなりに至福を味わいたいもんさ」
「なら、何もされない至福を喜んで寝ててもいいんじゃないか? 娼婦は寝不足で大変なんだろう?」
「あたしたちみたいな、高級館の娼婦は低娼婦館のように日に何十人も相手なんかしないよ。パトロンを一人から五人作っておけば充分さ」
「あんたの場合、二十はいるんだろう?」
「バカね、全員と寝るわけじゃないわ。あたしの美貌と技能と話術を欲しがる奴なら五十は固くない。もっとも、あんたもそのクチでしょ?」
女の赤い唇が弧を描く。
男は眉を寄せ、女から再び手紙の方へ視線を落とした。戯れの話しはここで終わりらしい。
つまらないと感じながら女は男の腕から離れた。
「……それで、あんたはまだこんな事を続けるつもりなんだい? いい加減に諦めちまえばいいのにさ」
「諦めるわけないだろ。これは俺のエゴだ、最後までやり抜くさ」
「ふぅん、“あの子”の気持ちも考えずにかい? ずっと、あんたのことで悩んでるんだよ? 自分のせいであんたに苦しい思いをさせている。いい加減、自分のことを忘れて幸せになって欲しいってあたし宛の手紙に綴られているんだけど?」
「――――っ、忘れるわけないだろ! 俺の、………大切な人なんだからな」
怒鳴り、絞り出して吐く言葉は、痛々しくて女は溜息を吐きたくなった。
(全く、この頑固者はこれだから手に負えないねえ。この子も、あの子も、どいつもこいつも自分を犠牲にして生きて何が楽しいんだか、あたしにゃ理解できないよ)
親に売り飛ばされて娼婦館に入ってから、女は自分を犠牲にするのを止めた。知らない男と身体の関係を持つことは仕事として割り切り、それ以外のことは我慢することなく何でもやるようになった。
料理、家事、勉強、楽学、稽古事。ありとあらゆる術を身に付け、女は僅か五年足らずで全ての借金を帳消しにしてくれるパトロンに出会い、低娼婦館を足抜けし、現在の高級娼婦館に異動することができた。
(あの時、足抜けしても良かったんだが、あんな家族の元へ帰るなんてごめんだからねえ。一人で生きていける自信もないし、あたしには才能があったからよかったもんさ)
だが、横にいる男の“大切な女性”は違う。娼婦が合っているとは思わないし芸者と言う柄でもない。平凡などこにでもいるような普通の女性だ。
彼女はまだ水揚げをしていない。女将は彼女を水揚げする予定はまだなく、着飾り純潔の象徴として、娼婦の頂点の座に置いている。
何故、そんな店の利益にもならないことをしているのかは分からないが、隣にいる男としては嬉しい知らせだろう。
“大切な女性”は男を知らない。だがいつ水揚げするのかと思えば内心、穏やかではいられないのだろう。
ささくれた心を癒してあげるために自分たちはここにいる。
女はゆっくりと手を伸ばし、男の頬を撫でて顔を近付けた。
「せっかくの娼婦館で遊ばなきゃ損だよ? 嫌なことは一時でも忘れて、元気におなりよ。あたしらはその為に、ここにいるんだからさ」
男は、この店の客の中でも、1,2を争うほどきれいな顔立ちをしている為、他の娼婦たちの中でも人気のある客だ。
だが、男が選ぶのは自分だけ。他の女には目もくれず、自分を指名してくれる快感をいつだってこの男は与えてくれる。
(これくらいなら許されるだろう?)
女は、男の“大切な女性”に内心、謝りながらも真っ赤な紅の引いた唇を男の唇へと近付けた。




