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英雄の子であり復讐者イリス  作者: 海埜ケイ
15/20

今後の予定


「すまない、遅くなった」


 ガチャリとシャワー室から出てきたイリスもローブ一枚だったが、その姿にリュウグは息をするのを忘れた。

心臓が高くなり、砂を囓る音が奥歯でする。

 サラサラになった艶のある長い髪に、ローブの端から伸びる手足は思った以上に細くて綺麗だ。一瞬、娼婦館に迷い込んだ錯覚になったが、その顔はここ数日、寝食を共にしている男のものだ。

 硬直するリュウグとは裏腹に、パンナは尻尾を振りながらイリスに近付いた。


「イリスさん、洗濯物を干しました!」


「そうか、ありがとう」


「えへへ、お役に立てて嬉しいです」


 イリスに軽く頭を撫でられるパンナは本当に嬉しそうだ。リュウグは人差し指と親指を眉間に当てて深く息を吐き出した。


「大丈夫か?」


 尋ねられ、顔を上げると無表情な顔で首を傾げるイリスの姿がある。

 ポタポタと毛先から水を垂らすイリスに、リュウグは再び息を吐き、乾いているタオルを持ってイリスの頭に乗せて思い切り掻き乱した。


「髪を洗ったら、ちゃんと髪を拭け! 風邪を引いたらどうするんだよ」


「風邪は、あまり引いたことがない」


「あまり、って言ってる時点で引いたことがあるんだろ? 風邪のせいで逗留が長引くなんて真っ平ごめんだぞ」


 ガシガシと拭いてやると、ようやくイリスの髪から水が滴り落ちることが無くなった。パンナは床に飛び散った水を雑巾で綺麗に拭いている。


「考えていなかった、すまない」


「考えてなかったのかよ」


「ああ、今までは一人旅だったからな。それに師と旅をしている時は置いて行かれないように必死で風邪を引いている場合ではなかったんだ」


「風邪を引く場合じゃないって言い方、おかしくないか?」


 風邪は病気だ。好きでなるものではない。


「? そうか、適切な言葉だと思ったんだがな」


「イリスさんの気持ち分かります。僕も、ご主人様に叱られないよう、ずっと気を張っていたので風邪なんて引いている場合ではありませんでした」


「そうだよな、私もだ」


 やはり、この二人の常識とリュウグの中の常識には齟齬がある。生まれ育った環境のせいなのか、それともこの二人の元々の本質なのか。

恐らく後者だろうが、リュウグには到底理解しがたいものだった。


(自分の体調より優先するべき事なんかないだろ、普通)


 誰だって一番大切なモノは我が身、我が命だ。見返りもなく他者の為にくれてやるものなど何一つない。

 リュウグが息を吐いている間に、イリスはテーブルに備え付けられていた椅子をリュウグの向かいに置き、パンナもイリスの横に椅子を置いて座った。

 正直に言おう。何だ、この図は。

 話すわけでもなく、お茶をするわけでもなく、ただ向かい合って座ることに何の意味があるだろう。どうせ服が乾くまでは暇なのだと、リュウグは思考を巡らせ、立ち上がった。

 ガタンと、あまり大きくない音を立て、リュウグは荷物の中から地図を取りだして再び椅子に座り直した。


「これからの予定を話すぞ」


「ああ」


「はい!」


 返事の良い声に複雑な想いになりながら、リュウグは説明する。


「今、俺たちはトドンの町にいる。ここから更に南西に下降していき、2つほど、小さな村を通って、この国での最終目的地であるカラードの町を目指す」


「西の国境を目指すんじゃないのか?」


「お尋ね者が国境の国境を通れるわけないだろ?」


「お尋ね、者?」


 未だに自分の立場が分かっていないのか、それともようやく実感してきたのか、イリスは口の中で何度か呟いた。


「話しを戻すぞ。ルケミア王国とグリシア王国の国境は高い山脈で隔てられていて、そこは国が管理している鉱山があり、夏の仕事場として夏から秋に掛けて大いに賑わっている。俺たちはそこを利用するつもりだ」


 リュウグは地図上の山を叩き、二人の意見を待つ。


「あの、お兄さん。どうして鉱山が夏の作業場なのですか? 密閉された空間で石を掘るのは自殺行為だと思うのですが……」


「お国柄って言うヤツだ。ルケミア王国の北方は冬の間、雪で外に出られない日が多く、皆が手持ちぶさになる。その為、家の中で作業ができる鍛冶職人や細工職人たちは自らの腕を思う存分に振るい最高傑作を作ることができる。期限も春までと、かなり長い期間だから質も作りも良くて高く売れる。だから、鍛冶職人や細工職人は冬に備えて鉱石を大量に欲しがり、金のない貧乏人は春から夏にかけて鉱山へ籠もって採れるだけ鉱石を採るんだ。依頼所にも『鉱山採掘』なんてのがあるくらいだ」


「へぇ、そうなんですね」


 パンナの感嘆に、イリスの吐息も混ざる。


「夏の鉱山採掘が自殺行為だと言っても、冬よりはマシな方だ。冬は雪崩や落石の恐れがあるし凍傷にもなりやすい。何より鉱山に行くまでの道程が雪や吹雪で覆われていて作業ができないと言われているからな」


「そっか、冬は雪が降るんですよね。ミディレアでは雪が降らないので、不思議な感覚です」


「南だもんな。……ルケミアで冬は越えたことあるのか?」


「はい。とても寒くて、作業するのが億劫でした。寝る時だけは宿舎に薪を焚いてくれていたので、暖かくして寝ることができて、その時が一番幸せでした」


「冬の薪は命線だからな、私にもパンナの気持ちが分かる」


 ワドマン豪商は、本当に上手い奴隷教育をしていたらしい。奴隷と言っても、使い捨ての消耗品としてではなく、細く長く忠義を芽生えさせるように教育していたようだ。


(ワドマンの失敗は、孤児ではなく両親の元から買い取ったことと、正義感丸出し男に見つかった所だろうなあ)


 運が悪いとしか言えない。


「さて、何度目になるかは忘れたが話しを戻すぞ。国境沿いにある鉱山にはいくつか廃坑があり、そこを通ってミディレア王国へ行くつもりだ。運が良ければ十日から二十日で着くことができる。そこから先の予定は廃坑の中で話す、今は当面についてだが、あんたら二人は明日、買い出しに行ってくれ。必要な物は口頭で言うからメモをするんだな」


「分かった」


「リュウグさんは何をするんですか?」


「情報収集と、金策として道中に採取した蛇の皮と薬草を売ってくる。適材適所ってヤツだ。いいな」


「分かりました」


 納得したパンナを見て、リュウグは頬を緩ませる。リュウグはイリスにペンと紙を渡し、必要な物を連ねていく。途中、イリスの助言で干し肉を買うことになったが、肉が好きなのか?

 今までの道は街道沿いだったから、野生の動物はあまりでなかったが、ここから先は街道を外れ、森の中を歩くことになる。別に入らないと思うが、珍しくイリスが頑なだったので、リュウグが折れて干し肉を購入することになった。


(まあ、別に厄介事に首を突っ込むわけでもないし、少しはイリスの要望に応えてやらねえと、爆発しそうだもんな)


 感情の落としどころは大切だ。ちゃんとガス抜きをしてあげなければいけない。

 ふと、窓の外に視線を向けると、日の色が橙色に変わり山の向こうへ沈んでいくのが見える。

 随分と話し込んだものだ。

 リュウグは干してあった半乾きの服に着替え、手早く身支度を整えると入り口へ向かう。


「リュウグさん、どこへ行くんですか?」


「ん? 情報収集も兼ねてちょっとな、明日の夕方には戻る。ここのベッドは二人で使って良いからな」


 だから、敢えてダブルベットの部屋にしたのだ。イリスが不安気に「大丈夫か?」と聞いてきたが、これから行く場所に危険はない。初心者以外には……。


「別に大丈夫だ。こういう事には慣れてる。それより、おまえ達の方こそ、余計なことには首を突っ込むんじゃねえぞ」


「気を付ける」


「いってらっしゃい」


 二人に見送られて部屋を出るのは少し心苦しいが、リュウグにだって息抜きは必要だ。


(さてと、美味い酒と美女の元へ行くかな)


 リュウグは上唇を舐め、鼻歌交じりに宿を後にした。





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