トドンの町
川から離れて再び森を歩いてから三日後、イリスたちは予定通り、中継地点の一つーートドンの町に辿り着くことができた。
町に入る前に、リュウグはパンナに「くれぐれも顔を見られないように」と厳命し、イリスにも「何かあれば必ず俺に報告すること」を厳重注意をした。
ルケミア王国は二十年前の悪政から治安がとても悪く、町一つ一つに対しても頑丈な外壁を設けるように義務づけられているため、出入りできる門は一つしかない。
イリスたちは商人に紛れて待機列に並び、門番にはリュウグの身分証明書を見せて中に入ることができた。
(警備が緩くて助かったな)
まだイリスの人相書きが出回っていないのか、思った以上にすんなりと入ることができた。ただし、背後や雑多の中から来る視線は、明らかにイリスやパンナを不審人物として見ている節がありそうだ。
「宿を探した方が良いんじゃないか?」
肩を叩かれ、リュウグはハッとイリスたちの方を向く。二人とも泥だらけで微妙に異臭がする。川から離れてから水浴びもせず、ずっと土の上で寝ていたのだから仕方がない。
おそらくリュウグ自身も同じ臭いがするのだろう。もしかしたら、周囲の視線は不審者ではなく不快感を返しているだけのものかもしれない。
「そうだな、まずはこの臭いを何とかした方が良いな」
リュウグは道行く人に声を掛けて宿屋を探していることを伝えると、通行人はパンナを見て、とても安くて良い宿屋を紹介してくれた。個室なのに一泊三人で銅貨五枚という破格な値段だ。
幼いパンナが二人の兄の手伝いのために旅をしていると思われたらしい。
(今度から、その設定を使わせて貰おう)
宿の女将さんにお願いして、宿の裏庭で泥を落としてから、部屋内にあるシャワーで脂汗を落とした。シャツもパンツもお湯で良く洗ってから部屋の隅に干しておく。
これが乾くまで、リュウグは宿屋で貸し借りしている寝間着のローブ一枚だ。
「日当たりの良い部屋だし、すぐに乾くとは思うけど、外に出られないのはつまらん」
リュウグは窓辺に椅子を置いて座り、窓枠に肘を付きながら、今度の予定に思い馳せる。
夜は宿屋の一階で夕飯がてらに酒を一杯飲み、パンナが寝静まった辺りで夜のお楽しみに行き、明日の買い出しは途中合流にさせて貰う。
この間の傭兵稼業のお陰で金はまだある。少しくらいの豪遊は許されるだろう。
リュウグが鼻歌を歌いながら予定を立てていると、次にシャワーに入っていたパンナが出てきた。尻尾の関係でリュウグたちと同じ型のローブを着ている。
「リュウグさん、イリスさんの分の洗濯物も持ってきました。一緒に干しても良いですか?」
「そっちの空いてるところを使え。……あれ、あいつは?」
「イリスさんならシャワーです。えっと、一緒にシャワーは浴びたくないそうで、一人で入りたいみたいです」
言いにくそうに俯くパンナに、リュウグの反応は「ふぅん」と関心が薄かった。旅の疲れが出たのか、それとも身体を見られたくないのだろう。
特に激戦をかいくぐってきた戦士には多くの傷があるという。中には戦士の勲章だと誇る者もいるが、イリスのような華奢な人間にとっては敵にやられた屈辱的な跡に感じるのかもしれない。
(人によっては女々しいって罵倒されたりするが、俺てきにはイリスの気持ちが分からなくもないな)
過去、戦場地で傷を負った時、傭兵仲間に「軟弱者!」と斬られた肩の傷を思い切り叩かれた思い出がある。はっきり言って、泣きたくなった。
今では薄く、目を凝らさなければ分からない程度の傷になっているが、あの時の屈辱と痛みは忘れることないだろう。
リュウグはロープにイリスと自分の服を干していった。
「終わりました」
「ご苦労さん」
適当な労いの言葉を掛けると、パンナは嬉しそうに尻尾を振って破顔した。犬みたいな顔だが、性格も犬っぽいなとどうでも良いことを考える。




