野宿
日が暮れる前、野宿ができそうな少し拓けた場所を見つけると、リュウグは手早く辺りを散策しつつ薪を拾い集め、虫除けの香を焚く。その間、イリスはパンナにその場から動かないことを言い聞かせると、リュウグの拾ってきた薪と火付け石を使って火を熾した。
「火を熾しても大丈夫なんですか?」
白い煙が空に上がっていくのを不安気に見上げながら口にするパンナに、リュウグは水筒の水を小鍋に移しながら答えた。
「火を熾さなきゃ、野生の動物たちが寄ってきて野営はできない。追っ手の心配をするだけ無駄だ。俺たちが本当にお尋ね者になっているか何てまだ分からないし、心配するだけ無駄なんだよ」
高確率でお尋ね者になっているだろうが、それを心配して火を焚かずに一夜過ごすのは無謀だ。
イリスとリュウグだけならば、おそらく木の上で眠り、野生動物をやり過ごすことができるだろうが、ここにはパンナがいる。
彼がいる限り、自分たちに無茶な野宿はできない。
お湯を沸かし、カップに乾燥させた栄養剤を入れて、イリスとパンナに手渡し、自分の分もすぐに作る。
イリスも乾燥パンをパンナとリュウグに渡した。これが今日の夕飯だ。
「いただきます」
「恵みに感謝を」
「頂戴いたします」
リュウグ、イリス、パンナはそれぞれの祈りの言葉の後、夕飯を口にした。乾燥パンは堅くコリコリとした歯ごたえで、リュウグはカップに入っているスープに浸しながら食べる。
イリスとパンナはボリボリと乾燥パンを噛み砕いては口にスープを含む食べ方をした。
スープは塩味と野菜の風味が濃厚で喉が渇く。乾燥パンと一緒に食べると丁度良いと思ったが、少し塩っ気が強過ぎた。
リュウグは空になったコップに茶の葉を入れると、水を足した。すると、物欲しそうにイリスとパンナが見てくるので二人にも同じ物を用意してやった。
夕飯が終わり、荷物を整理しながら、リュウグは不安を口にする。
「……マズいな、このままだと水が足りない」
「三日分あるんじゃないのか?」
「スープとお茶に結構使っちまった。明日は川を探しながら移動した方が良いな。もし、水の音が聞こえたら教えてくれ。道に迷わないことも大事だが、水不足で脱水症状になるなんてごめんだからな」
「? だっすいしょーじょ?」
首を傾げるパンナに、リュウグは短く説明する。
「身体の水分が少なくなり、倒れる病気だ。水を飲んでいればなる病気でもないが、肝心の水が心許ないからな。獣人は特に耳がいいんだ、期待しているぞ?」
パンナに役割を与えてやると、パンナは嬉しそうに両手の拳を握った。
「ボク、頑張って見つけます!」
耳を揺らしながら意気込むパンナを横目にし、リュウグはイリスに向き直る。
「後、予想は付いていると思うけど、あんたに言いたいことがある」
「………」
「そう睨むなって、俺はただこれ以上のやっかいごとに巻き込まれるのが嫌なだけなんだ」
「やっかいごと」
自分が事の根元だと自覚しているパンナが項垂れ、イリスから射殺すような殺意めいた視線を送られることになったが、リュウグは鼻で笑った。
「あんたのそういうところがやっかいなんだよ。常識知らずの癖に正義感が強くて無鉄砲、人の話し何ざ禄に聞かない行動派。違うか?」
自覚はあるのだろう。イリスは睨むのを止めて、無言で視線を落とした。意外と分かり易いかもしれない。
「つまり、次の町や村では俺の言うことを聞くこと。もし、疑問や不快感があった時も必ず俺に相談してから行動すること。これが守れないなら、俺はあんたもそいつも置いてトンズラするからな」
「分かった。相談すれば良いんだな」
「……言ってすぐに行動するなよ。俺が考えを纏めて口にするまでは絶対に動くなよ」
「だが、それで間に合わなかったら」
「間に合わなかったら諦めろ。あんたの正義を全て貫くにはこの世界は広すぎる。己の正義だけを信じて生きていたいなら、人の居ない山奥に引き籠もって隠居生活を送るんだな」
「それは無理だ。私にはやりたいことがある」
間髪入れずに、真っ直ぐ濁りなき眼を向けられ、リュウグは苦笑を漏らした。
生粋の我が儘なガキだ。
「じゃあ、世の中の理不尽を飲み込めるように努力するんだな。これでも俺は、多少の妥協案を提示したつもりだぞ?」
本来なら、有無を言わさずパンナを突き放して、イリスをアインヘル王国まで送り届けてしまいたかった。他人の厄介事に巻き込まれるなんてごめん極まることだ。
パチパチと火花が立ち、時間だけが過ぎていく。
流石に疲れたのか、パンナは一足先に横になり寝入ってしまった。それを見て、イリスとリュウグも各々、好き勝手に横なり寝入ることにする。
見張り番が居ないのは、二人とも一人野宿になれており、浅い眠りで充分に回復できる身体になっているからだ。勿論、三日以内に町や村に辿り着くことを前提とした行動だ。
リュウグが浅い眠りに入ったのを見て、イリスは薄らと瞼を押し上げ、彼の寝顔を覗き見する。
「……私はあなたの優しさに付け込むズルい人間だ。私を許さなくて良い、だから今だけは私に力を貸して欲しい。……復讐を成し遂げる為にも、叔母さんに手紙を届けるまでは」
イリスの独白を、リュウグは聞いていないフリをして狸寝入りを決め込んだ。
先に意識を夢の世界へ旅立たせたのはイリスの方だった。




