第六話 最後の依頼
第六話 最後の依頼
まだ太陽が昇らない早朝。シェイたちは小さな船に乗って沖に出ていた。太陽が出て居ないためか昼間と違って肌寒い。三人はそれぞれ何時もよりも少し多めに服を着ている。それでも何も覆っていない顔に風があたると小さく震えた。
「なんで僕たちこんな事してるんだっけ。」
シェイは体に当たる風を我慢しながら他の二人に聞いた。
「魚を釣ってこいって仕事でしょ。」
サラの返答から、彼女のやる気が全く見えてこない。
三人はそれぞれ竿を持っており、海へ糸を垂らしている。しかし、先ほどから反応が全く無い。
「一応これも素材なんだな。料理の素材か。」
レンが何かを納得したように言った。その言葉に、サラが反応する。
「魚なんて自分で釣って来なさいよね。これじゃただの何でも屋でしょう。この間だって海塩作らされたのよ。」
サラの言葉から、触らぬ神に祟り無しと思ったシェイとレンは静かに魚がかかる時を待った。
しかし、三人ともなかなか釣れない。先ほどから全く反応が無いのである。餌をしっかり付けたはずである。
「なんか嫌な予感がするんだけど。」
サラはそう言いながら海から糸を引き上げている。
シェイとレンはサラの独り言として聞き流して海を見た。海は本当に静かで、もう少し暖かければ眠れそうだ。それに何時もはまだ眠っている時間である。
「あ、やっぱり。」
サラの声に、シェイとレンはサラを見る。サラの手にある釣針には餌が無い。
「餌だけ持って行くとはな。頭の良い魚だ。」
レンが冷静に反応している。
「落ち着いてないであんた達の針も見なさいよ。餌無しじゃ意味無いわ。」
レンの反応がサラにはしゃくに障ったようで、少し怒った口調でシェイとレンに言った。
サラの言葉にシェイとレンは自分たちの糸を海から引き上げる。今彼女に逆らうとどうなるか分からないからだ。
シェイが自分の釣針を見ると、案の定と言うべきか餌が全く付いていない。それは餌が付いていないためか、悲しいくらいに綺麗な針に見えた。
「なんてこった。」
レンの手元を見れば同じように餌が付いていなかった。
シェイとレンはそれぞれ新たな餌を付けて再び海へ投げ込む。再び静かな時が訪れた。
それからしばらくしてサラが一番最初に魚を釣り上げた。その魚は以外と大きく、シェイが自分の竿を置いて手伝うほどである。
その後も三人は大漁目指して粘ってみたものの、結局成果はサラの釣った一匹だけだった。
三人は太陽が昇り始めると、サラの釣った一匹を持って村へと戻った。
三人が依頼主の家に近づくと、誰かが家から出てくる。さらに近づくとお婆さんだということがわかった。シェイたちがしっかり頼み事を行ってきたかの確認かもしれない。
「おはよう。そして、お疲れ様。」
お婆さんは三人に挨拶をするとそのまま依頼主の家の中に入って行った。
「お前達も早く入りな。」
お婆さんの声に三人は家に入る。
中に入って座ると、お婆さんは奥のほうに居る誰かを呼んでいる。しばらくして、奥から夫婦が現れた。男の方は具合が良く無いらしく。女に支えられてシェイとお婆さんの傍に着き、腰をおろした。
「大丈夫かい。」
お婆さんが心配そうに男を見ている。女はお婆さんを見て、男を見た。
「心配しなくても大丈夫ですよ。」
男はなんとか笑顔を作ってお婆さんやシェイたちを見る。
「魚は釣れたか。」
男の言葉にシェイたちは顔を見合わせる。
「あの、ごめんなさい。魚が一匹しか釣れなかったんです。」
サラは釣り上げた魚を男に渡した。男は受け取った魚をじっと見た。一度頷くとシェイたちを見た。
「ありがとうよ。こんな状態じゃなければ自分で釣りに行けるんだがな。」
男は体の具合が悪くなったために食料の調達が出来なくなり、お婆さんを通じてシェイたちに頼んできたらしい。
三人はお婆さんを介して頼まれたために、相手がどんな状況かを理解していなかった。シェイは、ふと自分たちで依頼主と面と向かって仕事を受けたいと思った。そうすれば、何故頼まれたかを理解出来る。今のままでいいのだろうか。
「これがお礼だ。受け取ってくれ。」
男は懐から取り出した袋を開いて、シェイたちそれぞれにお金を渡した。
「ありがとうございます。」
三人はお礼をありがたく頂いた。
シェイはお金を眺める一瞬の間に視界の端でお婆さんが動いた事がわかった。すぐにお婆さんを見る。
「それじゃあ。私は帰るよ。朝早くからありがとうね。」
お婆さんは夫婦にそう告げるとシェイたちを見た。
「三人とも、あとで私の所に来なさい。」
お婆さんはそのまま家を出て行ってしまった。
三人は夫婦にお礼を言うと、それぞれの家に戻って休んだ。
シェイは家に入ると、多めに着ている服を脱いで床に寝転がった。朝から動いたせいか、今日という日が長く感じられる。
シェイは寝転がりながら依頼主の家で考えた事を思いだした。やはり、お婆さんを介さずにこれからは三人だけで依頼を受けるべきなんじゃないだろうか。
そこで、お婆さんが言った言葉を思いだす。
「お婆さんの所に集まるなら、言ってみよう。」
そうは言ったものの、シェイはそのまま眠りについてしまった。
サラは昼まで家で休むと、おばあさんの家へと向かった。
「お婆ちゃん。来たよ。」
サラはお婆さんの家に入ると、お婆さんがサラを見た。
「良く来たね。レンも来てるよ。」
お婆さんの傍にはレンが既に座っている。レンがサラを見た。
「あとはシェイだけか。仕方ない。呼んでくるか。」
レンは立ち上がり靴を履こうとした。サラはその行為を止めようとする。
「いいわ。私が連れてくるから、レンはお婆ちゃんと一緒に居てよ。」
サラはレンにそう告げると、お婆さんの家を出てシェイの家へ向かった。
サラがシェイの家を覗くと、、シェイは靴も脱がずに床に寝そべっていた。
サラはその光景を見てため息をつく。
「シェイは居ますか。」
既にサラの視界に入っているにも関わらず尋ねた。
すると、ゆっくりとシェイは体を起こす。目を擦り眠そうである。
「お邪魔します。」
サラはそのままシェイの家に入り込み、シェイの前に立つ。
「おはよう。」
サラは満面の笑みでシェイの顔を覗きこんだ。
「お、おはよう。」
シェイはサラの挨拶とは対照的に今にも消え入りそうな声で言った。シェイの視線はサラを見ているわけでは無く、地面をじっと見ているように見える。
シェイがゆっくりと視線を上げるとサラと目が合う。シェイはサラの顔がすぐ近くにある事に驚いた様子ですぐに視線を逸らした。
「な、何。どうしたの。」
サラはシェイから顔を離すとシェイを見下ろした。
「ほら、お婆ちゃんの家に行くわよ。レンだってもう集まってるんだから。」
シェイは一度サラを見ると、ゆっくりと立ち上がり背伸びをした。
「じゃあ、行こうか。」
シェイとサラはシェイの家を出てお婆さんの家へ向かった。
「連れてきたよ。」
サラはシェイの背中を押してお婆さんの家に入った。そして、シェイとサラはそれぞれ座る。
お婆さんは三人をそれぞれ見た。
「三人揃ったね。今日は朝から大変だったね。お疲れ様。」
「あの。」
シェイの声にその場に居た全員がシェイを見る。
「今日の依頼主って何か具合が悪かったから僕らに頼んで来たんですよね。」
シェイはサラやレンを見る。サラやレンもシェイを見ていた。シェイはすぐにお婆さんを見た。
「それなのに、僕らは釣りをしている間依頼主が自分で採って来ればいいじゃないかと思ったり言ったりしてました。これって、素材を採って来る僕らが依頼主と面と向かって依頼を受けて無いからこんな事になると思うんです。だから、今度から僕らだけで依頼を受けたほうが良いんじゃないかと思います。」
シェイは言い終えると一度大きく深呼吸をした。
お婆さんはシェイの言葉に何度も頷く。
「そうだね。お前達には相手の状況なんて伝えて無かった。だけど、私だってお前達三人だけで他人から依頼を受けてやっていけるか心配だった。だからみんなから一杯依頼が来たけど、その中から私が良いと思ったものだけを受けたんだ。」
お婆さんは三人を順に見ながら続けた。
「それでも、そろそろお前達だけでやっていくべき時期に来たんだろうね。だから、もう私は必要ないだろう。これからは自分たちでやっていきな。」
お婆さんは寂しそうな顔で三人を見ている。三人はそれぞれに頷くものの声は出さなかった。沈黙が四人を包み込む。
「よし、最後にお前達に採って来て貰いたい物があるんだ。頼めるかい。」
お婆さんは何かを決意したように笑顔で三人を見る。
「今度は何を採ってくるの。お婆ちゃん。」
サラがお婆さんに尋ねる。サラの言葉にお婆さんは彼女を見て微笑んだ。
「ほらほら、依頼主に対してそんな接し方じゃ駄目だよ。今度からは親しい相手とは限らないんだからね。」
サラはかしこまってお婆さんを見た。
「お婆さん。今回は何を採ってくればいいんですか。」
サラの他人行儀な言動に、シェイとレンは驚いてサラを見る。
「うん、そんな風にするといいよ。それで、今回採って来て欲しいのは花だよ。森のずっと奥にある岩に生えている花。花びらは四枚で薄い赤色をしていているやつさ。昔知り合いが採って来てくれて、凄く綺麗だったのを覚えている。だけど、最近じゃ採りにいける人間が居なくてね。また見たいよ。」
お婆さんの視線は何処か遠くを見ている。シェイがお婆さんの顔の前で手を何度か振ると、お婆さんこちらの世界に戻ってきたようだった。
「おっと、ごめんよ。それじゃあ、その花を三本採って来ておくれ。報酬は……。」
「報酬は要りません。」
お婆さんの言葉を遮ってサラは言った。そして、サラはシェイとレンを見る。シェイとレンはサラの言いたい事を理解したようで、それぞれ頷いている。
「報酬は要らないです。お婆さんには色々お世話になったから。」
シェイは真っ直ぐにお婆さんを見る。お婆さんは納得したようで何度も嬉しそうに頷いた。
「ありがとうね。今日は朝まで仕事をしていただろうからゆっくり休んで、明日採ってきておくれ。待ってるからね。」
お婆さんの言葉に返事をしつつ、シェイたちはお婆さんの家を出てそれぞれの家へと戻った。