第三話 次への準備
第三話 次への準備
次の朝、シェイが目覚めると剣を持って早速鍛冶屋へ向かった。彼にとってはこれまで一度もお世話になったことの無い場所である。
シェイは鍛冶屋へ向かう途中で、空を見上げる。彼を照らす太陽はまだ低く暑さもそれほど感じなかった。
「すみません。誰か居ますか。」
シェイは鍛冶屋に着くと扉の前で挨拶をする。建物の煙突からは煙が出ているので居るだろうと思った。
「なんだい。」
しばらくすると扉を開けて店主が出てきた。店主は体中汗びっしょりで、先ほどまで仕事をしていたらしい。扉を開けた途端に中から熱い空気が流れ出てくる。
「この剣を治して欲しいんです。お願いできますか。」
シェイは店主にお婆さんから貰った剣を渡した。店主は受け取ると、剣を端から端まで見ていった。店主は一度頷くと剣から視線を離した。
「分かった。治しておいてやる。昼過ぎにでも取りに来な。」
店主はシェイの剣を持ったまま扉を閉めようとした。そこで、店主は動きを止めシェイを見た。
「そういえば、あんたの前に二人ほど剣を治して欲しいって奴が来たよ。何か始める気かい。」
シェイは「何か」を始めることは確かなので頷いた。すると、店主は突然口を大きく開けて笑い出した。
「そりゃ楽しみだ。待ってろよ。蘇らせてやる。」
店主はシェイにそう言うと、扉をしめて建物の中に戻った。
これでシェイは昼過ぎまで特にする事も無くなった。彼は、鍛冶屋を離れようとすると背後から声が聞こえてきた。
「お前も剣を渡したのか。」
シェイが振り返るとそこにはレンが居た。彼は鍛冶屋の壁にもたれかかっている。
シェイは先ほど鍛冶屋の店主が話していた「二人」がレンとサラだと思った。しかし、サラは此処には居ない。
「レンは既に渡したんだ。サラは何処かわかる。」
すると、レンはシェイに背を向けて歩き出した。
「こっちだ。」
シェイはレンの後について歩くと、サラを見つけることが出来た。
彼女はお婆さんから貰ったもう一つの武器を使って練習をしていた。彼女は的を狙い弓をしぼる。的と言っても、布を張った単純なものだ。
弓を引く手を自由にすると同時に、矢は的へ向かって勢い良く飛んでいった。そして、的に当たる。的に当たった時の音はせず、ただ布に突き刺さっただけだ。
「サラだけ、他の事が出来ていいな。」
シェイはサラに近づく。サラは弓を下ろしてシェイを見た。
「剣を治している間にこっちの方の腕も上げとかないとね。足ひっぱっちゃ悪いでしょ。」
サラはそう言いながら、的に向かって歩き出す。シェイも釣られて歩いた。
サラは先ほど放った矢を取って見る。
「練習しないと恐いの。今まで扱ったことなんて無いんだもの。」
サラは何かにおびえた顔をしていた。シェイはサラの肩を軽く叩く。すると、サラはシェイを見た。
「大丈夫。僕だってレンだって同じだよ。」
シェイはレンを見る。レンはその場に座って暇そうにシェイたちを見ている。
シェイはサラに視線を戻した。
「だけど、最後は実践で慣れていくしかないのかもね。大丈夫だよ。僕らが付いているから。」
サラはシェイの言葉にゆっくりと頷いた。シェイもサラに頷く。
「それじゃあ。邪魔したら悪いから僕はレンのところに行くよ。」
シェイはレンのところへ歩いていく。そして、シェイはレンの隣に座った。サラは矢を持って、先ほど矢を放った場所まで戻る。
「どうよ。サラは。」
レンがサラを見ながら言った。
「何が。」
シェイはレンを見る。彼はレンの質問の意味が良くわかっていない。
「何がって。サラの調子だよ。矢を撃ってるだろ。聞かなかったのか。」
そこでシェイはやっと分かった。何度か頷く。
「これまで矢を撃ったこと無いから怖いんだって。僕らが頑張るしかないね。」
「俺達も剣を扱ったことが無いけどな。」
レンはシェイを見て笑う。釣られてシェイも笑ってしまった。
「そりゃそうだ。」
ひとしきり笑うと、シェイはある事を思い出した。
「そういえば、鍛冶屋に何時剣が治るって言われた。」
シェイはレンを見て言った。
「昼過ぎって言われたな。」
「僕も同じこと言われたよ。」
シェイはレンの言葉にすぐ返答した。二人も昼過ぎでは、後になった僕のほうが遅れるのではとシェイは思った。
「昼飯食ってから渡したいんじゃないかな。サラは……。」
レンはサラを見る。今も的に向かって弓を引いていた。
「弓があるから一緒に取りに行けばいいな。」
サラの引く弓から矢が放たれ、的に当たった。
昼過ぎに再び三人は集まると、鍛冶屋の扉を叩いた。
「すみません。誰か居ますか。」
しばらくすると、扉が開いて店主が現れる。
「ああ、三人揃って来るとはね。ちょっと待ってな。」
店主は扉を閉めて建物の奥に消えた。しばらくすると戻ってくる。
「はいよ、出来てるよ。」
店主の手には二本の剣があった。どう見ても昨日渡された錆びた剣とは思えない。持ち主であるレンとサラはそれぞれ受け取り、お金を払っている。
「あの、僕の剣は。」
二人からお金を受け取って扉の向こうに消えようとする店主を引き止めた。
「あんたのは良い剣だ。だから、もう少しここで待ってな。」
店主はそれだけ言うと扉の奥に消えた。
レンとサラを見れば、うれしそうに治った剣を思い思いに振っている。シェイは扉の傍に座ってレンとサラの動きを見ていた。
「シェイの剣はまだなの。」
しばらく剣を振っていたサラが剣を収めてシェイの隣に座る。
「良くわからないけど、僕のは良い剣なんだって。」
シェイは先ほど店主から言われたことをサラに言った。
「良い剣ね。何かが良いんでしょうね。」
サラは今も一人で剣を振っているレンを見た。
「何が良いのか、僕にはわかんないや。」
シェイは座ったまま背伸びをした。
その時、扉の開く音が聞こえる。扉を見れば店主が顔を出していた。その手には、長い剣がある。
「出来たよ。はいよ。」
店主は立ち上がったシェイに剣を渡した。
「おおっ。」
シェイはその剣をまじまじと見た。他の二人よりも長く待ったためか、凄く良い剣に見える。具体的にどのあたりが良いのかはシェイ自身には分からない。
シェイは店主にお金を渡す。
「大事に使えよ。」
店主はそれだけ言うと建物の中へ戻っていった。
シェイは再度自分の剣を見た。昨日とは全く違う姿に、ただ驚くばかりである。
「さっそく振ってみれば。」
背後から聞こえるサラの声に、シェイは剣を構えた。
「えいっ。」
勢い良く剣を振り下ろすも、支えきれず地面に刺してしまう。
「重いなこれ。」
シェイは地面に刺さった剣を引き抜きながら言った。刃の部分が長いために、重さが増しているようだ。
シェイはもう一度、今度は地面に触れないように剣を振り下ろす。地面手前で剣を止める事は意外と辛い。それでも、今後お世話になるこの剣を扱うために何度も剣を振った。
「大丈夫か。シェイ。」
レンの声に、ふと我に帰るといつの間にか夕方になっていた。三人ともその場で振り続けていたらしい。
「ああ、大丈夫だ。夢中で振ってたみたいだ。」
シェイは太陽を見る。赤く光る太陽は、地平線に向かってどんどん沈んでいた。
「剣も治ったことだし、そろそろお婆ちゃんのとこへ行こうよ。」
サラはシェイとレンを見て言った。シェイは二人と共にお婆さんの家に向かった。
シェイたちは、お婆さんの家に集まっていた。お婆さんが三人の剣をそれぞれ見ていく。
「ふむ、あいつも良い仕事をしたね。」
お婆さんはそれだけ言うと、剣をそれぞれの持ち主に返した。
「さてと、武器も治った事だ。次の頼み事を聞いてもらおうかね。いいかい。」
お婆さんの言葉に、三人は頷く。
「そうだね。せっかく剣が手に入ったんだ。森に行って大蜂の針の部分を採ってきな。」
お婆さんの言葉に、三人が反応する。
「大蜂って。蜂なの。」
レンは素直にお婆さんに聞いている。シェイは蜂を見たことがある。だけど、大蜂というものは見たことが無い。
「名前の通り、大きい蜂だよ。尻尾に毒針があるやつさ。そいつの針を採って来て欲しいんだよ。」
毒針と聞いて、レンやサラはあまり良い顔をしていない。
「大丈夫さ、あいつらは動きが鈍い。刺す前に体を横に真っ二つにすればおしまいだよ。刺されなければ危なくないさ。」
お婆さんが言うには、出来れば大丈夫という事らしい。何処までも出来ればの話である。
シェイはふと自分の剣を見る。このままでは、剣があっても無くても変わらないのではないかと思った。
「わかりました。やります。」
シェイはお婆さんに言った。少しの間を置いて、レンやサラもそれに続いた。
「そうかい。じゃあ決まりだね。今日はもう無理だから。明日行ってくるといい。」
そこで、お婆さんは何かを思い出したらしく言葉を続けた。
「そうだ。大蜂の針の部分に小さな袋も付いているから、それも忘れずに採って来るんだよ。破裂していたら針だけでいいからね。」
お婆さんの話では、その小さな袋に毒が入っているらしく針よりも重要らしい。
「気をつけて行って来るんだよ。」
その後、お婆さんと少し話をすると、三人は家を出た。
「シェイ。大丈夫なのかよ。」
お婆さんの家を出ると、レンが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫かは分からないよ。だけど、剣を使わないなら持っている意味が無いよ。それに、昨日今日に剣を持ったんだから、それほど強い奴じゃないと思うけどね。」
レンはシェイの言葉に何度か頷いている。
「そうだな。やるしかないか。」
レンも覚悟を決めたようだ。
「二人とも。今日は暗くなるまで練習しようよ。」
サラの声で、三人は練習を始めた。練習といえど、剣を振るぐらいである。
その日は、外の空気が冷えるまで剣を振り続けた。