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残念な召喚士と、苦労する契約存在たち

作者: 綸津むぎ


「全部俺に任せて、お前はおとなしく横になっていればいいんだよ」


 右手で主の顎を掴み、顔を近付ける。

 こんなことをさせられているのは、契約獣サバラン。獣の時は、燃え上がるようになびく赤毛の、巨大な狼に似た炎獣だ。

 今は主の命令で人型になっている。赤髪に赤い瞳、整った顔立ち、ほどよい筋肉のついた体。百八十はあるだろう、高い身長。男らしく低い、甘く掠れた声。人を惑わせるために姿を整えた悪魔と言われたほうがしっくりくるほど、美しい男の姿だった。

 それが、強気な口調と態度で台詞を吐いたかと思うと、よろりと一歩下がって涙ぐんだ。


「はいオッケー、いってらっしゃーい」

「これ、毎回やらないとダメなのですか? ……依頼人の方、引いていますよ」


 冒険者ギルド内では人型にならなければ迷惑がかかる。そう主であるシュトリは言うが、実際には甘い声で台詞を言わせたいだけの変質者である。

 ギルドの一級召喚士、シュトリの性癖は有名だった。知っていても、こうして目の当たりにすればドン引きする依頼人は多い。

 宝石の魅力にも負けない、絹のように美しい薄紫の髪。儚げにも、力強くも見える、不思議な美貌。それでいて未熟な幼さがあり、可憐にも見える容姿。彼女自身が召喚された精霊だと言われても信じられるほど美しいのに、口を開けば残念すぎてモテないのがシュトリという女性なのだ。

 町民から一方的に頼られすぎないよう、わざとやっていると思われたこともある。実際に、依頼人に対して下手にでないよう雑な態度を演じている、というのは一部事実。だが、趣味は本物。


 田舎すぎる辺境の町レクエルは、人口五百人ちょっと。冒険者の数も少ないというのに、周辺の山にも森にも凶悪な魔物が発生する地域だ。

 昔は、金や名声のために冒険者が集まっていた。凶悪な魔物を倒せば、名声はもちろん、高価な素材を売って一生遊んで暮らせる。しかし、そう甘くはないレベルで魔物が凶悪すぎた。一人、また一人と夢を諦め、今では「命知らずしかあんなところへは行かない」と言われる場所になっている。町で暮らす一般人には失礼な話だが、現在ここで暮らす人々は、ほとんどが自分の意思でここへ来たわけではない。以前から暮らす者たちの子孫だから、生まれた時からこの田舎に住んでいる。他の町へ行こうにも危険が多く、古代技術で作られた壁から出たがらない。


 シュトリは自分の召喚した契約精霊や契約獣に、その時の気分で好みの台詞を言わせる変質者。けれど、変質者であっても、召喚されてくる者たちの実力はかなりのもの。町のためには頼らざるを得ない、悲しい現状があった。


「いいから、早く薬草採りに行きなさい。あ、最後にあれ言ってからねー」

「くっ……」

「ほら、はーやーくー」

「…………覚悟しておけよ。今夜は寝られないと思え」

「はい、いってらっしゃーい。いやー、実際寝られないんだよね、書類整理とかめんどくさっ」


 サバランは、涙を流して冒険者ギルドを出て行く。

 すぐ近くに召喚者がいなくても活動できるという利点を活かし、シュトリが町の外へ出ることはめったにない。他の召喚士たちの場合、離れたとしても壁の上から様子を確認したり、共に魔物と戦わねばならないというのに。


「さーて、ワインでも飲んで待つかー」

「あ、あの、本当に大丈夫でしょうか」

「大丈夫だって。薬草系の精霊じゃなくて炎獣にしたけど、鼻が利くから目当ての薬草はすぐ見つかるはずだし、ついでに魔物も間引いてくるでしょ。あー、森で炎が心配とか? あの辺なら火に強い木ばっかだし、簡単に燃えないから平気じゃない?」


 契約獣を信頼している、と言えば聞こえは良い。悪く言えば、めんどくさがりの引きこもりだから契約獣に押し付けている。

 依頼人が心配しているのは、薬草の入手が成功するかどうかだけでなく、シュトリの人格ではないだろうか。


「じゃ、あとは帰ってきたらギルドに薬草預けとくから、もう店に戻っていいよー」

「は、はい。よろしくおねがいします……」







「あ、シュトリ。召喚したやつら、二体か三体くらい借りれないか?」

「ギルマスじゃん。何に使うの?」

「隣町まで物資の仕入れ。食料は今年も町内の生産量で足りてるんだが、どうしても金属類が少ねえ……」


 目の下にクマを浮かべた筋肉質な中年男性が、雑に頭をかいて溜息を漏らす。冒険者ギルドのマスター、ロベルトは、徹夜明けで起き続けて疲れていた。徹夜なんて普段ならめったにないが、運悪く仕事が集中してしまったようだ。必要な物資の計算もようやく終わったばかり。隣町と言ってもかなり遠いため、運搬についても考えることは残っている。周辺は危険地帯なので、途中に食料補給できるような村もない。


「黒鉱石以外の金属も、この辺りで採掘できりゃいいんだがなあ」

「んー……いらない土砂ってある? 鉄かミスリルで良ければ、変質させちゃうけど」

「おめえそんなことまでできたのかよ……もっと早く言え」

「隠してたんじゃないよ。先月くらいに契約したやつが、そんなことできるって言ってた気がするなーって」

「また増えたのか。……悪癖がなけりゃ、優秀な召喚士なんだよなあ」

「そんなこと言ってると、協力しないよ?」

「悪かった。今シュトリが欠けたら困る。勘弁してくれ」

「じゃあ、お詫びってことで……一言よろしくー」

「…………あんまりおっさんをからかうな。理性が飛んでからじゃ、遅いんだぞ」


 ロベルトは気合いで演じきって、崩れ落ちた。


「くそっ、うちには性格の歪んだやつしかいないのか……」


 レクエルで冒険者として安定した稼ぎを得られるような者は、皆実力者ではある。しかし、皆性格に問題があった。ただの戦闘狂ならマシなほうだ。レクエル周辺でしか手に入らない素材を使って薬の研究をするため、自分で素材調達できるまで鍛えた頭のおかしい研究者。大型の魔物の臓物を浴びないと快感を得られない異常者。わざと毒を受けるうちに強力な毒じゃないと効果がなくなってしまい、レクエル周辺の魔物を求めてきた変態。数人思い浮かべただけで頭痛がしてくる。


「まともな冒険者なら、他の町でそこそこ稼いで暮らせるらしいじゃん。正義感があるやつだって、狂ったほどの正義感でもなければここじゃ続かないし。別の目的っていうか、自分の欲望を満たすためでもなければ、レクエルで冒険者なんて続けないよ。変人ばっかり」

「おい、シュトリ……おめえが言うな」

「私もそうってこと。自覚があるから言ってるんだよ?」


 金や名声程度では精神が持たない。金や名声で満たせない、特殊な欲求があってこそレクエルに残っているのだから。


「あ、そろそろサバランが帰ってくる」


 契約している繋がりで、現在地を把握することができるため、サバランが冒険者ギルドへ入ってくるのがわかった。


「おかえりー」

「…………むりやり突っ込まれたくなかったら、早く自分で入れろよ」

「薬草五十ね、オッケー。確認して籠に入れとくから、テーブルに出しといてー」

「あの……言わせるだけ言わせて、反応する気がないなら……なぜ毎回毎回……」

「え、楽しいから」


 サバランは何かの返り血と涙を拭い、主シュトリの横で体育座りをした。レクエルの冒険者ギルドでは珍しくもなくなった、普段からよくある絵面だ。


「ちなみに魔物ってどれくらい遭遇した?」

「……小型のアースドラゴンが二体、シルバーウルフの群れが三つ、ブラックボアが七体。ワイバーンの群れは、下が薬草の密集地帯だったので、避けていたら五体しか落とせませんでした」

「やったあ、今夜はブラックボアで焼き肉かなー。素材は持ち帰ってるよね?」

「ワイバーン五体のうち、一体は持ち帰れる素材が残りませんでした。他は回収してあります」


 炎獣でありながら、サバランは亜空間倉庫が使える。


「窓口に預けといて、ドラゴンとワイバーンの魔石は売らないって伝えてね。アースドラゴンの魔石があれば、サバランも少しは回復するかな。ご飯の時には呼ぶからー」

「呼ばなくても、いえ、ご一緒させていただきます」


 読まなくても良い空気を読んだ。


「次は……そうそう、金属が必要だったっけ? えっと……『我シュトリが求める、望みを聞き入れよ、アラザン』っと」


 一般の召喚士よりも複雑な光の文字が円に並び、立体的な魔法式を描いて空間を変質させる。呼び出すための言葉も、かなり省略されて最低限になったものだ。何も願わなければ名前だけでも呼び出せるのが、残念なことにシュトリだった。


「呼びましたか? 主様」


 身長の低い細身の少年が、にっこり微笑んで首を傾げた。柔らかそうなクセ毛の金髪を揺らして、キラキラした青い目をシュトリに向ける。


「さっそくだけど、これよろしくー」

「えっと、え? ……お姉ちゃん、ボクだって男なんだよ?」


 半ズボンというのもポイントが高い。


「はーい。それじゃ、そこで床を叩いてるオジサンの手伝いしてね。指示された岩とか土とか砂とかを、オジサンが欲しがる金属に変えればオッケーだから」

「わ、わかりました、主様。その……通常から、お姉ちゃんとお呼びするべきでしょうか?」

「んー、指定した時だけでいいよー。お姉ちゃん以外も言わせるかもしんないしー」


 アラザンは困ったように笑ってから、ロベルトに駆け寄った。金属不足が解消すれば、勝手に戻ってくるだろう。


「あー、書類整理してくれる精霊とか、聖獣とか、いないかなー」


 だるそうに薬草の確認を始めたシュトリは、仕事的な意味で都合のいい男を求めていた。


 シュトリには、レクエル周辺に孤立しても生き残れるほどの契約獣たちがいる。

 町一つと言わず、二つ三つでも守れるほどの契約精霊がいる。

 思い付きで台詞を言わせたいのも本音だが、そのためだけにレクエルにいる必要はない。他の町でも同じことはできるし、他の町へ一人旅することだって召喚術があれば簡単だ。レクエル周辺の魔物でも問題なく倒せるからといって、倒せることがレクエルに残る理由にはならない。

 町を守るという純粋な正義感も持ち合わせていない。

 シュトリがレクエルに残る理由は、契約獣や契約精霊たちを消滅させないため。凶悪な魔物を屠ることで得られる力を、契約獣や契約精霊たちの世界に与えるため。

 他の召喚士では喚び出せない高位の聖獣や精霊を喚び出せるからこそ、精霊界や聖域に干渉できている。

 もしもシュトリが彼らを召喚できていなければ、こちらの世界から自然に流れる魔力だけでは足りず、聖獣や精霊たちは人知れず消滅していただろう。独立した世界ではなく、繋がった世界での出来事だから、万が一消滅すればこちらの世界にも悪影響がある。

 逆に彼らの世界からこちらの世界へ力を流す必要もある。

 世界がバランスを取り戻せるように、強い魔力を循環させているのだ。

 それにも関わらず、シュトリはどこまでも残念だった。欲望は表向きではなく本心からのもので、自分の欲求を満たした結果、救っているだけとも言える。それがシュトリ。


「報告書とか、本人が書いたほうが早くない? えっと『我シュトリが求める、望む姿を見せよ、ノエル』」


 またも解読不能というか、目で文字を追うのも難しい量の魔法式が展開された。

 シワ一つない高貴な服を着た、長身細身の眼鏡男が現れる。黒髪、琥珀色の瞳、整った顔で紳士的に微笑んだ。


「シュトリ様、相変わらず顔と魔力だけはお綺麗ですね。今回のご用件は……あの、嫌な予感がするのですが。姿だけ呼び出して何をさせるおつもりですか?」

「昨日の報告書お願いー。今日の分はサバランに書かせるから、一緒にがんばってー」

「……まだ昨日の報告書を終えていなかったのですか」


 声では呆れながらも断らず、ノエルは記入が終わっていない報告書を受け取る。

 主になってしまったシュトリの内面は残念だと思っているが、心底感謝していることも本当だから逆らう気はない。それはノエルに限ったことではなく、契約した皆のうちほとんどが諦めている。諦めていない者は、諦める必要のない、むしろ喜んで受け入れている同類くらいか。

 こちらの世界に召喚されるだけでも意味があるのだから、シュトリを失うわけにはいかないが、精神存在ですら精神的に傷付く。

 昔はシュトリと同じくらい実力のある者が、複数人はいたというのに。減ってしまった今、世界のバランスのためには現状を受け入れるのも必要なことだった。もし他にいたとして、世界の崩壊を願う者には、従いたくもない。


「あとよろしくー。あ、ついでに元気が出る一言を」

「はあ…………今は笑ってくれるだけでいい、戦いが終わったら……他の顔も奪いに来る」

「エッロい顔とか?」

「普段は聞き流すくせに、たまにからかうのは止めてください」

「はい、もう一言」

「っ……! 苦しい愛もあるって知った。でも、相手が君なら苦しくてかまわない」

「んー、ギリオッケー。じゃあ自分の部屋にいるから、報告書終わったら教えてねー」


 台詞だけ聞いて、抱きしめられる前に避けたシュトリは、ヒラヒラ手を振って自分の部屋へ帰ろうとする。レクエルに宿の需要はない。冒険者はギルドと繋がった建物に住んでいた。


 シュトリにとって彼ら契約存在の意図的な言葉は、魔力を回復させる薬だ。思い込みではなく、言葉に力が宿っている。

 契約・召喚の魔法式を自在に操れるけれど、消費魔力も大きいため回復は重要だった。召喚で消費した分を少しでも回復して、別の契約存在を召喚する。繰り返すことで、彼らにこちらの世界の力を吸収させることもできた。ただ、自然に回復する分もあるし、甘い声と台詞である必要性はない。ギルドマスターに言わせているのは薬ですらない。

 回復のために力を使わせたら消耗するだけではないか、最初は心配した時期もあった。今では珍しいしおらしさだ。しかし、彼ら契約存在はこちら側にある力も吸って使っているし、彼らの力がこちら側の世界へ流れ込むのも循環には良い影響がある。


「さーて、今夜は寝る前に誰を召喚しようかな……」


 残念なことに、選ぶ基準は気分と好みだったが。


「あ、サバランだー。魔物預けられた? また倉庫に入りきらないからとか言われて、断られてない?」

「主様。今回は大丈夫でした」

「お疲れ様の一言よろしくー」

「……お前のいない未来なんて考えたくもない。全てを刻むのも、癒やすのも、俺の役目だ」


 サバランはシュトリが逃げる前に捕まえ、首筋に獣の牙を刺した。

 流れる血を舐め取ると傷も消えて、サバランがシュトリから離れる。


「今回は消耗していますので、召喚主の血液も報酬にいただきます」

「いただきますっていうか、いただきましたって事後報告じゃん……」

「もっと、他のものでもかまいませんが?」

「……なんか、最近性格変わったよね」

「求める言葉の影響で、誤解しているのでは?」


 聖域の炎獣が、似合いすぎる悪魔の笑顔で微笑む。


「……そっか。おかしくなったわけじゃないなら、気にしなくて大丈夫だよね」


 言わせるのやめようかな、とはならなかった。サバランがシュトリの性癖から解放される日は遠い。


「俺様係、続けないといけませんか?」

「え、別のでもいいよ?」

「訂正します。このやりとり、続けないといけませんか?」

「うん」


 シュトリが平和に暮らしたいこの世界、聖域、精霊界、三つの世界がバランスを取り戻すまで。

 安定した循環を取り戻すまで。

 契約存在たちの苦労は続くらしい。




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