表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

6 探偵と報酬

一年八か月ぶりの更新です

階段を昇ってくる音が聞こえる。やっと来やがった。この古い雑居ビルは非常に風通しが悪い。残暑厳しい九月に来たい場所じゃない。

あの男、俺と闇無に黙って事務所移転しやがって。看板も出さないから、探すのにだいぶ苦労したじゃないか。

目当ての男が姿を現した。

グレーのスーツはヨレヨレで、とても上等には見えない。無精ひげは伸ばしっぱなし。歩く姿勢もひどい猫背だ。


「ん?」


男がドアの前に立つ俺の足元に気づき、顔を上げた。


「よう」


俺は努めて明るく言い、軽く手を挙げた。


「……」


私立探偵の加藤一は、一瞬固まった後、無言で回れ右をした。俺は慌てて追いかける。


「顔見て逃げるなよ!失礼なヤツだな」

「うるせえ!来るな!俺は金輪際、あんたとあの嬢ちゃんとは関わらねえって決めてんだ!」

「まあまあ、そう言わずに」


肩をつかむと同時に加藤の首に腕を回す。


「やめろっ!首に触るな!首だけはやめてくれ!誰かー!おまわりさーん!」

「おまわりさんは俺だ。いいからさっさと開けろ」


加藤は心底イヤそうな顔でため息をつき、ドアのカギを開けた。






「ふーん、ここがあんたの新しい城か」

「何が城だ。いやみったらしいこと言うなよ」


不機嫌に言いながらも、ちゃんとドリップでコーヒーを入れてくれている。意外と律儀なヤツだ。

俺はところどころ破れたソファーに腰を下ろした。


「繁盛してる?」

「してねえよ。見りゃわかんだろ」

「営業努力が足らんのじゃないのか?」

「探偵は顔がバレちゃ商売になんねえんだよ。一人でどうやって営業すんだ」


ガサツな手つきで俺の前にコーヒーカップを置き、加藤は正面に腰を下ろした。


「それに、それぞれの街に顔役っていうか、そういう裏の世界で幅を利かせてるヤツがいて、仁義切らなきゃいけねんだ」

「さっさと切ればいいじゃないか」


コーヒーを一口飲んで、俺は言った。

苦い。


「まだ越してきたばっかりで、会えてねえんだよ。飲み屋界隈で人づてに頼んではいるけど」

「ふーんそういうもんかね。自由業なのに不自由だな」

「うるせえ」


加藤は熱いはずのコーヒーを一気にあおった。どんな喉してるんだ。


「それで、わざわざ待ち伏せまでしてここに来た用事は何だよ」

「五十里浜」

「……は?」


加藤が怪訝な顔になる。


「出身なんだろ、あんたの」

「……何でそんなこと知ってるんだよ」

「そりゃ警察だからな。情報の宝庫だ」

「だったら何しに来たんだよ……おい、待てよ」

「何だよ」

「もしかして、こないだの水路で射殺体が見つかったっていうアレか?」

「勘がいいな」

「ふざけんな。誰だってわかるよ」


何を言ってもつっかかってくるな。早めに用件に入らないと、本格的にヘソを曲げそうだ。


「事件のことなら所轄に聞けばいいんじゃねえか?警察って、横のつながりあるんだろ」

「それがそうでもないんだ。もともと所轄はナワバリ意識が強いうえに、俺が今いるチームはあちこちに顔出す遊撃隊みたいなもんだから。

どこも様子見って感じで協力的じゃないんだ」

「はっ」


加藤が今日初めて笑った。


「あんたもよそもの扱いで苦労してるってわけか」

「そういうことだ。同情してくれたか?」

「するかよ」


俺はカップを脚の短いテーブルに置いて、言った。


「頼みがある。五十里浜のことを教えてくれ」

「五十里浜の、何だよ」

「全てだ」

「情報の宝庫にいるんだろ?何で俺が」

「資料じゃわからないこと、足で仕事する人間にしかわからないことを聞きに来た」

「……と言うと?」


お、ようやく乗ってきたか。


「『Seven Sea Warehouse』って知ってるか?海沿いの輸入雑貨店なんだけど」

「知らねえな」

「治部田成生っていう男が社長だ」

「じっ」


タバコに火をつけようとしていた加藤が、途中で固まった。


「知ってるのか」

「知らねえ」

「どんなヤツだ」

「だから知らねえって」

「そうか」


俺はコーヒーを一口飲んで、言った。


「治部田に会ったら、あんたのことも聞いとくよ。それで思い出すかもな」

「やめろ!」


ひと際大きな声を上げて、加藤が立ち上がる。


「何だよ、思い出したのか?」

「……厄介なヤツなんだよ、あいつは」

「聞かせてくれ」


加藤は首の後ろをポリポリかきながらドスンを腰を下ろす。


「一つ条件がある」

「言ってくれ」

「向こうで俺の名前は出すな。絶対にだ」

「わかった。約束する」


言って、俺はポケットから財布を出して、一万円札を二枚テーブルに置いた。


「これで今から二時間、五十里浜と治部田のことを教えてくれ」

「二枚か……」


加藤が札を手に取り、指でこすり合わせる。


「弁護士の初回相談料とほぼ同じだぞ。それが限界だ」

「ま、刑事の給料をアテにするほど俺もバカじゃねえ。サービスしとくぜ」


急に余裕を取り戻し、早速札を内ポケットにしまう。


「で、何が聞きたいんだっけ?」

「知ってる限りでいいから、五十里浜市のことを」

「知ってる限りって表現は適切じゃねえな。俺はあの町の全てを知ってる。二時間じゃ、ほんの入り口までだぜ」


加藤は笑った。

横に広げた口から、白い煙が漏れ出していた。









二時間後。


雑居ビルを出た俺は、スマホの履歴から”闇無乃衣くらなしのえ”をタッチした。


数度のコールの後、聞きなれた声が返ってくる。


「もしもーし?灰川さん、今どこですか?」

「新しい探偵事務所から出たところだ」

「探偵……?もしかして加藤さん?見つけたんですか?」

「ああ。ちょっと話を聞きに」

「だったら私にも教えてくださいよー。灰川さんて、そういうとこありますよね」

「教えないとは言ってないだろ。で、そっちはどうなんだ?」

「明智高校で、生徒会長の子に話を聞いたところです」

「どんなヤツだ?」

「賢そうな良い子でしたよ」

「会長ならそうだろうな」

「それで今から、当日遅くまで残っていた可能性が高い、吹奏楽部に話を聞きに行くところです」

「そうか。俺も今からそっちに向かう。後でくわしく聞かせてくれ」

「来られるんですか?ていうか今まで何やってたんですか?」

「ちょっと別件でな。何とか片付いたから、そっちに合流する」

「その別件の話、くわしく聞かせてくださいね!」


通話を終えて、俺は駅へ歩き出した。タクシーでもいいけど、距離が遠いと坂東チーフがいい顔をしない。


闇無はまあまあうまくやっているみたいだ。学校という場所はとにかく邪魔が多くて捜査がしにくい。

生徒と直接話せるだけ大したもんだ。誉めると調子に乗るから言わないが。



歩きながら、俺は加藤の話を思い出していた。


あいつの話が本当なら。

確実に、もう一件殺人が起きる。






つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ